二百七十八話 経済混乱
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小国郡へ侵攻する。
そう予定を立てた日から、俺は侵略の大義名分を得る準備を始めていた。
今まで俺が参加した戦争では、大義名分は、敵への反攻と征服した国に存在していた他国との因縁を理由としていた。
理由が反抗な部分はまだ良いとしても、過去の因縁を引っ張り出したのは素早く相手国へ侵攻する必要に迫られたため。あまり良い侵攻理由とは言えなかった。
それこそ、理由付けに間違いがあったら、騎士国が出張ってくるかもしれない危ない手段だった。
もしかしたらだけど、俺が征服地を穏当に治めて続けているからこそ、騎士国は『元の国主に任せるよりマシになりそうだ』と目こぼししてくれている可能性もある。まあこれは、俺の完全な予想なので、会っているかは疑わしいけど。
ともあれ今回は、ノネッテ国側が自主的に小国に攻め入って起こる戦争になる。
大義名分ぐらいは、確りとしたものを用意しておいた方が後々のためになるだろうと、俺は判断したわけだ。
では、どうやって大義名分を得るかというと、経済格差によって引き起こされる事象を用いることにした。
どういうことか簡単に言うと、俺がルーナッド地域に着任した当初から、アコフォーニャ地域、ルーナッド地域、フォンステ地域に接する小国たちに、多数の行商人を派遣したのだ。
もちろんその行商人は、ロッチャ地域で生み出された鋼鉄の道具とガラス細工、ハータウト地域とフェロニャ地域で作られた乾燥果物、砂漠の通商路を越えてきた大陸東側の珍しい物品を運ぶ。
それら、良い道具、上手い甘味、砂漠越えの珍品は、小国で大いに受け入れられ、大いに売れた。
ここで、俺の企みの一つが発動する。
ノネッテ国の行商人が行く場所は、各小国の国境の際の村や町までとしたのだ。
表向きの理由として、それらの町村までで全ての物品が売れてしまうから、小国の首都にまで行く必要がないからとした。
そうして各小国の国境の村や町は、ノネッテ国からの交易品を買い集め、自国の行商人に売り渡すことで経済的に潤い始めた。
俺が行商人を派遣するようになってからの最初の一年は、各小国は単純に嬉しがっていた。
しかし一年を超えて、各首都に税収の報告が来る頃になった頃に問題――俺が張った罠が浮き彫りとなる。
最初の問題は、各小国の税収が落ち込んだこと。
なぜ税収が落ちたかというと、要は質のいい輸入製品に圧迫されて、自国の製品が売れなくなったからだ。
詳しく説明するとだ。
本来なら、原材料を作る人、製品を作る人、流通させる人、店で売る人たちから、国に税金が入る。しかしノネッテ国の製品を買った場合、流通と店売りの人以外から、税金を貰うことができなくなったわけだな。
続けての問題は、国にある貨幣の数の減少だ。
ノネッテ国の行商人は、受け取った代金をそのままノネッテ国に持って行ってしまう。すると小国の中で流通する貨幣の数は減少していくわけだ。
行商で思い扱う硬化は、多くが銅貨であり、銀貨も多少。金貨は、ほんのチョビっと。
つまりは、国の中から銅貨が多く消えていくわけだ。
経済知識がない人だと、銅貨の数が少なくなることのなにが悪いのかと思うだろう。
だけど、この世界では金属の価値で貨幣の価値を担保している、と説明すればピンと来る人もいるんじゃないだろうか。
そう。『銅貨』が少なくなるということは、『銅』が希少になり価値が高まるということ。
例えば、以前は銅貨五十枚で銀貨一枚の交換だったとする。しかし銅の価値が高まると、銅貨二十枚で銀貨一枚と交換するような経済になってしまうわけだ。
消費者としては、少ない銅貨で銀貨と交換できるから、嬉しく感じるだろう。
しかし統治者や商人にとっては、蔵に大量にため込んだ銀貨や金貨の価値が相対的に低くなってしまうため、何もしていないのに大きな損失を得てしまうことになる。
税収の減少に、貨幣価値の混乱が加わったことで、各小国は対応に迫られた。
アコフォーニャ地域の隣にある『フラグリ国』は、ノネッテ国の行商人が問題なら排除すればいいと、短絡的に入国禁止措置を発動した。
ルーナッド地域に接する『テピルツ国』と『プネラ国』は、関所の通行税を上げることで、行商人が持ちだす貨幣を回収しようとした。
フォンステ国に接する『コル国』と『ピシ国』は、金銀銅の貨幣の交換比率を一定にすると御触れを出した。
フォンステ国の南にある『グラバ国』は、周辺国にノネッテ国の行商がもたらした物品を国が主導して売り払うことで、税収と貨幣経済の安定を図った。
そうした各国の動きを見て、俺はそれぞれの国に対して、別々の措置を行うことにした。
行商人を排除したフラグリ国には、俺の名前で『我が国の行商人のみを排除することは不当である。撤回するように』と要望書を送った。
関税を上げたテピルツ国とプネラ国には、行商人を送らなくした。税金が高くなったからから、税金が安い別の国で売るという理由でだ。
貨幣の交換比率を一定にしたコル国とピシ国には、大量の行商人を派遣して物品を売ることで、大量の銅貨を合法的に回収させた。
他国に品を売り始めたグラバ国には、その販路に一口噛ませてもらえないかと、商売の協調路線を取った。
そうした経済的な混乱を狙ってから、一年が経過。
各小国の状況はというと、以下の通りになった。
フラグリ国は経済は安定しているものの、ノネッテ国の行商人のみを不当に扱い続けているという、ノネッテ国に喧嘩を売っていると見てとれるような状況になっている。
テピルツ国とプネラ国も経済は安定しているし、行商人も自主的にやってこないことでノネッテ国と敵対もしていない。しかし、ノネッテ国の質のいい物品が入ってこなくなったことに、民の間で不満が出ている。そういう意見が出るよう、俺が工作員を使ったこともあるけどね。
コル国とピシ国は、もう貨幣経済が破たん気味だ。銅貨の数が少なくなったことで、民は苦肉の策として銀貨で取引をしている。しかし、銅貨でお釣りが払えないため、商品を大量に買い込む羽目になって不便だと不満を漏らしている。
グラバ国は、交易で生み出される税収に魅入られ、いまやノネッテ国の中間貿易地に堕して、ノネッテ国の機嫌を伺わずにはいられない状況だ。
そんな現段階の各小国の情勢を見て、ノネッテ国が攻め取れる小国は、既に二国あると判断できる。
まずは、フラグリ国。この国は、ノネッテ国の行商人を不当に排除し、さらにはノネッテ国から要望を再三に渡って無視した。これは外交儀礼上大変に失礼な行為であるため、懲罰的な侵攻の理由として十分に機能する。
次は、グラバ国。こちらは既にノネッテ国の属国となりつつある。だから平和裏に吸収できるように働きかければ、落ちるのも容易いだろう。
その他の国には攻め入れないかというと、そうでもない。
テピルツ国とプネラ国からは、密貿易人がルーナッド地域に入って来ていると知らせがある。買っていく品は、主にガラス細工だという。
そういった密貿易人の雇い主は、各国の貴族や王族であると下調べがついている。
少しテコ入れを行えば、この密貿易人を利用して侵攻理由を仕立て上げることが出来るだろう。
コル国とピシ国は、暮らしにくさから民の離散が始まっていて、フォンステ地域にも流民が流れてきている。
もう少し流民の数を確保した後で、彼らから『生まれ故郷に帰りたい』と証言が取れれば、圧制を敷いた国主を討つことで民を故郷に帰すのだという『正義』を旗印に侵攻することが可能になる。
その証言を得る前に、離散する流民に惨い真似を行ってくれれば、それはそれで侵攻の理由になる。
そのため、まだ少し時間が必要だな。
こうした経済的な嫌がらせの数々を思い返し、俺は自分に対して苦く笑う。
「帝国にせっつかれているとはいえ、酷い手段を用いるイヤなヤツになったもんだよね、まったく」
後悔して愚痴ったところで、いまさらか。
俺は後ろ暗さを振り払い、大義名分作りに邁進することにしたのだった。