二百七十七話 出産と侵攻準備
ホネスとジヴェルデの出産は、無事に終わった。
ジヴェルデの方は、陣痛が始まってから四半日と経たずに赤ん坊が出てきた。
初産でこれほどの安産は、予定日より少し前での出産で赤ん坊が小さかったためだろう、と赤ん坊を取り上げた産婆は語っていた。
そしてホネスはというと、予定日を過ぎて赤ん坊がさらに育ったからか、かなりの難産だった。
「う゛ぐうぅぅぅぅぅ~~~~~!!」
口に手拭いを噛まされた状態で、大きく呻きながら生み落とそうとしても、長いこと赤ん坊の頭すら見えない状況が続いた。
ホネスの難産に、隣で後産まで終えたジヴェルデは、俺に「ホネスについていてくださいな」と告げて、生み落とした赤ん坊と共にアテンツァを始めとする侍女たちに連れられて部屋を出ていった。
その後、俺はホネスの手を握って、付きっ切りで立ち会った。
途中でホネスに水分補給のための休憩時間はあったものの、結局出産は丸一日かかった。
そんな大仕事の果てに取り上げられた赤ん坊は、これは難産になるわけだと納得させるほど、大きく立派な赤ん坊だった。
それこそ俺が戦争から帰ってきて初めて見た頃のマルクより、ホネスの赤ん坊は大きいように感じられた。
「はぁ、はぁ。やりましたよ、センパイ」
疲労で意識が朦朧としているのか、俺のことをセンパイ呼びに戻っている。
確かにホネスは疲労困憊で顔色が青くなっている。しかしながら、その表情には無事に出産を終えた安堵が滲んでいた。
俺はホネスの頭を抱き寄せて、その額に感謝のキスをした。
「ホネスと子供も、無事に終わって良かった。大変だっただろうから、ゆっくりと休んでくれ。あと、栄養のあるものを多く食べるんだぞ」
「そうですね、疲れました。お言葉に甘えて、しばらくゆっくりさせてもらいます。執務の方は、任せますね」
「……そういえば、執務を任せていたホネスとジヴェルデが産休でいなくなるのか」
「頑張ってくださいね。センパイ――じゃなくて、この子の、おとうさん」
茶目っ気を含ませた笑顔でのホネスの言葉を受けて、俺は頑張るしかないと腹をくくることにした。
そうして、事務系の取りまとめ役だったホネスとジヴェルデが産休に入ったことで、俺の執務が倍増した。
幸い事の後の忙しさだから、嬉しい悲鳴というやつだし、二年の間に文官も育っている。だから過労死するほどの忙しさには、幸いなことになっていない。
でも、二人の出産が終わったことで、フンセロイアとの約束を履行しなければいけない時間にもなってしまっていた。
「侵攻のための大義名分を作るため、色々と工作はしているけど……」
侵攻理由を楽に作れる筆頭の相手は、カルペルタル国だ。
元『聖約の御旗』に加盟していた国であり、今は別の小国連合に加盟している、騎士国の領土と国土を接している国だ。
だから、『聖約の御旗』関連の事情を理由付けにしてもいいし、騎士国に取り込まれる前に攻めたいという理由で帝国に動いてもらうこともできる。
でも俺が――というよりかはノネッテ国が、そうやって大義名分を作れる状況にあることを、カルペルタル国も承知していたのだろう。こちらが宣戦布告を行った直後に、騎士国に帰順を求める使者を出せるよう、万全に準備している様子があった。
仮にカルペルタル国を攻める場合、騎士国が出張ってこないように、使者が騎士国に渡らないよう事前に街道封鎖をする部隊をカルペルタル国内に配置する必要がある。
そうすれば、カルペルタル国を攻め落とすまで、騎士国が出てくることはないはずだ。
しかしながら、使者を殺す方法を取ると、後に騎士国に死者殺しを理由につけ込まれることが起こりかねない。
なにせ『騎士国へ向かう使者を殺す』のだ。
いわば戦争回避のための手段を潰してから、戦争で国を滅ぼすようなもの。
その行いが、騎士国の判定で『正しい』か『否』かは、俺には判断が難しい。
パルベラやファミリスに相談してみたが、二人とも考え込むほどに判断が難しかった。
「いたずらに人死がでないように戦争回避をする姿勢は、神聖騎士国は『正しい』と判断するはずです。なので、その使者を殺すことは『正しくない』のかもしれません」
「ですが姫様。ミリモス王子が語った状況では、カルペルタル国に宣戦布告をした後のこと。いわば、ノネッテ国とカルペルタル国は戦争状態に移っているのです。戦争中、第三国へ向かう者を殺すことは、不確定要素の排除という面から『正しい』のではないかと」
二人は意見をぶつけ合ったが、結局のところ結論は出ず終い。
要は、騎士国の次女姫であるパルベラと、その御つきの騎士であるファミリスであろうと、判断を下せないほどに難しいということ。
そして万が一にも、現段階で騎士国と戦いになることは拙い。
だからこそ俺は、カルペルタル国への侵攻は諦めることにした。
となるとだ、次に狙うべき相手国はというと、アコフォーニャ地域ないしはルーナッド地域やフォンステ地域と接している小国たちとなる。
それらの国に侵攻しようと、大義名分さえあれば、騎士国が出張ってくることがないことは、各種方面からの報告で確定していた。
さて、どこから攻めるべきだろうかと、俺は地図を睨むことにしたのだった。