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二百七十三話 長女姫との模擬戦

 俺はコンスタティナと模擬戦をすることになった。

 ファミリスとの訓練では真剣を使っているけど、今回は相手が一国の姫ということもあって、刃引きされた剣を使うことになった。


「それにしても、生垣に武器が隠してあるとは……」


 生垣の中に木箱があり、その中には真剣と訓練用の剣が収められていた。

 ファミリスが言うには「突発的に訓練したくなったときに便利」だから、誰かが生垣に武器入りの箱を置いてあるとのこと。

 詳しいことは聞かなかったけど、同じように武器を隠している場所は、この王城の至るところにあるに違いない。

 ともあれ、俺は模擬戦用の片手剣を手に取り、短剣を一本腰帯に挟んだ。

 一方でコンスタティナはというと、剣身が長い両手剣を選んだ。


「ふむっ。愛剣より、少し軽いか」


 コンスタティナが剣を試し振りする。女性の身で重量のある両手剣であるにも関わらず、体の軸が確りとしていて、振り慣れている感じがあった。

 これは両手剣の間合いの広さに気を付けた戦い方をしないといけないと、俺は気持ちを引き締めた。


「それでは、両者。向かい合うように」


 審判はファミリス。その号令に合わせて、俺とコンスタティナは十歩分の距離を空けて対峙した。

 開始の号令を待っていると、ファミリスがコンスタティナに言葉をかけた。


「コンスタティナ姫様。ミリモス王子は初見殺しが得意なので、気を付けた方がよろしいですよ」

「……なぜ、そのような情報を伝えた?」


 そんな情報派知りたくなかったと言いたげのコンスタティナに、ファミリスは平然と言い返す。


「私はミリモス王子にコンスタティナ姫様の実力のほどを伝えてましたので、公平を期すためですよ」

「むぅ。そういうことなら、致し方ない」


 コンスタティナは気分を害した様子のまま、両手剣を構えた。どっしりと腰を落とし、両足を地面にペタッと付けた、迎撃に向いた構え方だった。

 俺はいつもの通り、右手で剣を持った状態で軽く足でステップする、機動力で相手を翻弄する戦い方を選んだ。


「両者ともに準備が出来たようですね。では、始め!」


 ファミリスの号令と同時に、俺は神聖術を全開にかけてコンスタティナへと走った。

 十歩の距離を一秒もかからずに走り寄り、走る速度と全力の腕力を乗せて、剣の一撃を叩き込んだ。

 しかしコンスタティナは、平然とした顔で、剣の腹で俺の攻撃を防いでみせた。


「思い切りの良い、全力の一撃。戦闘が始まって立ち上がりの時に狙うとは、初見殺しが得意なのは確かなようだ」

「当り前のように受け止めたら、褒め言葉に聞こえませんけど、ねッ!」


 俺は腰帯に挟んでいた短剣を左手で逆手抜きし、コンスタティナの剣を持つ手を狙って斬りつける。

 しかしこの攻撃も、コンスタティナは手甲で防いだ。

 そして、こちらの攻撃の切れ目に割り込むようにして、コンスタティナは両手剣を繰り出してきた。

 斜め下から切り上げる攻撃。振り始めからトップスピードに乗っている、目の覚める一撃だった。


「チッ」


 俺は舌打ちしながら剣と短剣をクロスさせてコンスタティナの攻撃を防ぐ。そして、身に受けた衝撃に逆らわず、後方へと跳んで距離を空けた。

 追いかけてくるかと思ったが、コンスタティナはその場に留まって両手剣を構え直した。

 あたかも、王者である自分が動く必要などないと示すかのようだった。

 その姿は、訓練時のファミリスの戦い方を彷彿とさせる。


「共に訓練してたって言っていたから、戦い方が似るのは当たり前か……」


 俺は短剣を腰帯に挟みなおすと、剣を肩の上に置くように持ち直した。

 その構えのまま、再びコンスタティナに走り寄っていく。


「そのような構えでは、そちらがどう攻撃するか、こちらに知らせるようなものだ!」


 コンスタティナは指導するように言いながら、両手剣の間合いの広さを生かした、遠い間合いからの斬り下ろしを放ってきた。

 これで、俺は真っ直ぐにコンスタティナへ近づくことができなくなり、剣で受けるか、身で躱すかの選択を迫られることとなった。

 でも、こうして強制的に選択を迫ってくることは、想定内だった。

 俺は剣を躱すことを選び、横方向へ一歩跳ぶ。横の空間を、コンスタティナの剣が上から下へと通過した。


「それで避けた気になるのは、早い!」


 コンスタティナの声と共に、両手剣の軌道が変わる。上から下に振られた剣が翻り、俺の足元から斜め上へと斬り上げる方向へ。

 ここで跳び退けば安全に仕切り直しが出来るが、俺はあえてコンスタティナへ近づくことを選び、足に力を込めて前へと跳んだ。

 斜め下からくる両手剣の一撃を剣で受け止める。両手剣の軌道は変わった直後であり、両手剣の重量が乗りきらない中ほどの部分を押さえたこともあり、体に受けた衝撃は小さかった。

 こちらの剣を合わせた状態で、両手剣の剣身に沿って進むように前へ。

 剣同士が擦れ合い、金属が擦れる高い音が鳴った。

 俺は左手の人差し指の部分だけ神聖術を解除すると、剣同士が奏でる音に紛れるように小声で呪文を唱えていく。


「煌めきは光に。眩き光よ、あれ。ルチェ・エスペンダ」


 指一本分の魔力で賄える程度で行使可能な、単純に一瞬だけ強い光を放つだけな、攻撃力皆無の魔法。

 その魔法を、俺はコンスタティナの眼前で放った。

 強めのマグライトを目に受けたような眩しさが、コンスタティナを襲った。


「魔法で、目つぶしとは!?」


 神聖術は、魔法を防ぐ特性を持っている。

 しかしそれは、増強された生命力が魔力を弾く特性を生かして、魔法の攻撃力を減衰させるもの。

 俺が使った発光のような、攻撃力が皆無の現象を防ぐことには向いていなかった。


 光の魔法による目つぶしで、コンスタティナは一秒ぐらい目が眩むはずだ。

 そのことはコンスタティナも分かっていた。目がまともに見えない時間、俺から攻撃を受けないようにするため、こちらに蹴りを放って牽制してきた。

 牽制といっても、神聖術で強化された脚での蹴りだ。まともに食らったら、立っていられなくなってしまう。

 そこで俺は、さらにコンスタティナに近づき、肩からぶつかるように体当たりする。それと同時に、コンスタティナの地面についている軸足を左手で抱え込んだ。


「ぬぁ!? 組み打ちを狙っていたのか?!」


 蹴りで片足を上げていたことと、軸足を俺に持たれたこともあり、コンスタティナは後ろに倒れていく。

 その最中、俺は右手の剣を手放し、その代わりに腰帯に差していた短剣を引き抜いた。

 コンスタティナが地面に倒れ終わった後、その首に短剣を突きつければ、勝ちの判定が貰えるからだ。

 しかしコンスタティナは、騎士国の騎士であるファミリスが同等と認めた人物だ。このままやられるような相手ではなかった。

 コンスタティナも倒れかけながら剣を手放すと、その空いた両手で俺の襟首を掴んだ。そしてコンスタティナの体が地面に着いた瞬間、俺が抱えていた方の足を上へ振り上げた。


「――『巴投げ』だって!?」


 俺は予想外に発揮されたコンスタティナの対応の仕方に驚いたことで、巴投げへの対処が遅れた。

 あえなく投げ飛ばされ、千載一遇の好機を逃すことになった。

 俺は投げ飛ばされた先で、素早く立ち上がった。手には短剣がある。コンスタティナは立ち上がるより先に、身近に転がっていた両手剣の確保しようと動いている。

 ここは博打だ。


「食らえ!」


 俺はあえて大声で叫び、手の短剣を投擲する。その直後、飛んでいく短剣を追いかけるように、俺はコンスタティナへ向かって走っていった。

 俺の声が聞こえたのだろう、コンスタティナはこちらに顔を向け、飛んできている短剣を視認した。


「この程度ッ!」


 コンスタティナは地面に座った状態で両手剣を振るって、飛んできた短剣を弾き飛ばす。しかし万全でない状態で剣を振るったことで、体勢が崩れた。

 そこへ、俺が駆け寄った。


「食らえ!」


 俺は拳を握りしめて、がら空きになっているコンスタティナの顔を殴ろうとした。

 当たる、という直前で、横から甲冑が付いた手が伸びてきて、俺の手を受け止めた。


「なッ!?」


 誰の手だと驚いている間に、俺は投げ飛ばされていた。

 そして投げられた感触から、誰に投げられたか理解した。

 俺は地面に背中から落ちると、落下の衝撃で詰まりそうになる呼吸を無理やり行いながら、立ち上がった。

 俺がコンスタティナの方を見ると、予想通り、彼女の傍らにはファミリスが立っていた。


「……ファミリス。審判が模擬戦を止めたということは、俺の勝ちってことで良いんだよね?」


 俺が確認するように問いかけると、コンスタティナが待ったをかけた。


「先ほどの一撃、こちらは額で受け止めてから、反撃にて両手剣で切り伏せる気でいたのだ。ファミリスが勝手に入って来て負けるなど、承知できない!」


 負け惜しみ――に聞こえなくはないけど、コンスタティナの両手には確りと両手剣が握られていて、振るうためのためも出来ていた。

 仮にファミリスが止めなかったら、俺の一撃でコンスタティナを仕留めきれるか、コンスタティナが反撃で俺を切り倒すかの勝負になっただろう。

 そのことは、審判のファミリスが理解していないはずはなかっただろうけど、ファミリスにも言い分はあった。


「コンスタティナ姫様が、単なる騎士であるなら、止めたりはしませんでしたよ。ですが、コンスタティナ姫様は騎士国の長女姫様。その顔に傷がつけられることを、騎士国の騎士たる私が許せるはずがないでしょう」

「それは、そうかもしれぬが……」


 ファミリスは、コンスタティナに諭すように言うと、今度はこちらに顔を向けた。


「ミリモス王子も、相手が騎士国の姫であることを考えて、戦法を作りなさい。抱き着き倒したり、短剣を投擲したり、顔を殴ろうとしたり、一国の姫を相手に選ぶ行動ではないでしょう」


 言われてみれば、確かにその通り。

 模擬戦では全力で相手と戦うことは当然のことだが、手段を選ばなくていいというわけでもないんだから。


「戦い方が似ていたから、ついファミリスを相手に選ぶ行動をしてたよ」

「両者、反省しましたね。では、この戦いは引き分けということにしてください。戦い足りないというのなら、私が行った注意を留意したうえで、再戦です」


 ファミリスの提案に、俺はまた戦わないといけないのかと呆れつつ、コンスタティナに行っても良いような手札を考えていく。

 一方でコンスタティナはというと、地面から立ち上がると、肩をすくめた。


「いや。ミリモス王子の実力は十二分に分かった。なるほど、ファミリスが「初見殺しが得意」と評するわけだと納得した。そして、パルベラを任せるに足る夫であると理解も出来た」


 コンスタティナの言葉に、いち早く反応したのは、マルクを抱えたパルベラだった。


「もしかして、御姉様はわたくしのことを心配して、ミリモスくんと模擬戦をしたのですか?」

「当然であろう。天然モノの神聖術者とはいえ、実力は未知数。パルベラと子を守れる実力がないのならば、騎士国で二人を匿わなくてはならぬだろう」


 コンスタティナなりの姉心だけど、パルベラはそれが迷惑そうだった。


「御姉様。言っておきますが、私はミリモスくんが弱くても、ミリモスくんと離れて神聖騎士国に戻る気はありません」

「なんだと。ミリモス王子の力不足で、死んでしまっても良いというのか!」

「御姉様。私は惚れた男性と生死を共にする覚悟を、すでに済ませているのです。だから御姉様の心遣いは、無用の長物なのです」


 きっぱりとしたパルベラの否定に、コンスタティナの表情が情けないことになった。


「気弱だったパルベラが、こうもハッキリと言い返すとは。色恋は女性を変えるとは、良く言ったものだ……」


 愛しの妹に拒否されたことで、コンスタティナは落ち込んでしまったようだった。

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