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二十四話 戦勝の祝い

 俺とアレクテムが王城に帰ってきて、チョレックス王に戦争の顛末を報告すると、メンダシウム国の侵攻を退けた祝賀会が開かれた。

 とはいえ、小国の懐事情と、もうそろそろ冬になろうという時期なため、盛大には祝えない。

 ノネッテ王家の家族と国家運営の重鎮のみが参加する、豆と芋の料理の他には獣の丸焼きが一つあるだけの、ささやかな宴となった。

 その祝賀会の中で、俺の父であるチョレックス王は上機嫌だった。


「ミリモスの初陣が無事に終わったことも目出度いが、目障りだったメンダシウムが国ではなくなったことが大いに目出度い!」


 大笑いしながら、芋から作った酒をパカパカ飲んでいる。

 あー、顔真っ赤になっているよ。大丈夫かな。

 まあ、この会は身内しかいないから、国の王様が酔いつぶれるなんて醜態をさらしても、目を瞑ってくれるだろうけどね。

 俺は十二歳とあって、飲酒は自粛しているため、鹿に似た獣の丸焼きからアバラの部位を切ってもらい、骨から齧り取るようにして肉を食っていく。

 アバラ骨一本分食べつくし、お代わりを貰おうとしたところで、アレクテムが豆料理が入った器を差し出してきた。


「ミリモス様は成長期。肉もいいですが、豆を食べねば大きくなれませんぞ」

「……分かったよ、食べるよ」


 器を受け取り、色とりどりで模様様々な豆がゴロゴロと入っている煮込み料理を、匙で一掬い。

 この世に生まれて散々食べてきた味を想像しながら、料理を口にする。

 ……うん。豆ごとに、ボソボソしたり、ホクホクしたり、ちょっと甘かったりする、変わりない味だ。

 肉で上がっていたテンションが急降下する実感を得ながら、もそもそと豆の煮込みを食べていく。

 そうやって食事を続けていると、近くに誰か来る気配がした。

 顔を向けると、俺の母――七人もの子供を一人で生んでみせた女傑である、モギレナ妃がいた。

 モギレナ妃は、茶色い髪をアップにまとめた、豊かな胸と大きなお尻をドレスに包んでいる、艶めいた三十代後半の女性だ。

 七人の子供を産んだためか、少しお腹の肉があって腰のくびれは乏しいけど、それが逆に大人の色香となって昇華されている雰囲気を持っている。

 俺は久しぶりに顔を合わせる母に挨拶しようと、必死に口の中の豆を噛み砕いて飲み込もうとする。

 その俺の奮闘ぶりが面白かったのか、モギレナ妃から慈しみ溢れた微笑むを向けられた。


「元帥となり初陣で勝利を収めたというのに、ミリモスはまだまだ子供ね」


 モギレナ妃は微笑みながら、俺の頬を撫でてくる。

 撫でられる心地は、くすぐったいながらも、慈しむ温かさが伝わってくるものだった。

 俺は照れと恥ずかしさから顔が赤くなるのを自覚しながら、ようやく口の中の料理を飲み下すことができた。


「母上。お元気そうでなによりです」

「ミリモスも、戦争の直後なのに食欲があって良い様子ですね」

「兵として訓練してきた中で、食が一番の楽しみだとも学びましたので!」


 子供っぽく元気よく返事すると、モギレナ妃は楽しそうな微笑みの中に、少しの後悔を混ぜたような表情になった。


「それほど楽しそうに語るのですから、兵士の皆によくしてもらったのですね」

「はい。一人の兵士として分け隔てなく接してもらいました」


 訓練はきつかったが、総じて楽しい思い出しかない。

 そう答えると、モギレナ妃の表情が明らかに曇った。


「末の王子だからと王となる教育がされず、ミリモスが好きな魔法の勉強を止めさせてまで兵士として生活させたことで、お父さんやお兄さん、お姉さんを恨んではいない?」


 モギレナ妃は、父や兄姉の思惑から俺が王となる道を断たれてしまったことを、いまでも気にしているようだ。

 優しい母だ。一国の王妃とは思えないほどにね。

 そして俺の返答は決まっている。


「恨んでなんかいませんよ。僕は、王になる気が、もともとありませんし」

「それは本心からの言葉よね?」

「もちろんです。僕は王様になる器じゃないですから、次の王様は兄や姉の誰かがなればいいと考えてます」


 あえて『僕口調』で明るく語ると、モギレナ妃に抱き寄せられてしまった。


「本当に、ミリモスは良い子ね。自慢の息子の一人だわ」

「母上。あまり強く抱きしめられると、苦しいのですが」

「ふふっ。兵士の訓練を積んできた子が、これぐらいで苦しがるはずがないでしょう」


 抱きしめられたまま、よしよしと頭まで撫でられてしまう。

 どうしたものかと困っていると、天の助けがやってきた。


「おい、ミリモス。十二歳にもなって、まだ母上の乳房が恋しいのか?」


 訂正。天の助けじゃなかった。

 この少し嫌味な喋り方は、俺と八歳離れた次兄である、サルカジモだ。

 俺が言い返そうとすると、先にモギレナ妃が厳しい言葉を放った。


「サルカジモ。歳が十近く下の弟に威張ろうとするなんて、恥ずかしい真似は止めなさい」

「だって、母上」

「だってではありません。歳の差を引き合いにして優位に立とうとするなんて、一国の王子たる者の行いではありません」


 真っ向からの正論に、サルカジモは二十歳にもなって、子供のようにムスッとした顔になる。


「ケッ。どうせ次の王は、フッテーロ兄に決まったも同然。オレが王子の態度を取る意味なんてないでしょうよー」

「サルカジモ、あなたって子は!」


 サルカジモの発言が、モギレナ妃の怒りのスイッチを押してしまったようだ。

 怒りに燃えるモギレナ妃の表情を見て、俺はこれはいけないと思い、宥めに入る。


「母上は笑顔が素晴らしく美しいのですから、怒らないでください」


 俺が子供っぽく、事態を把握していな様子でお願いすると、モギレナ紀の怒りのボルテージがするすると下がっていった。


「もうミリモスったら。美しいだなんて、お世辞まで言えるようになっちゃってー」


 モギレナ紀はまんざらでもない表情で、猫かわいがりしてくる。

 その手つきを甘んじて受け取りながら、俺はサルカジモに目を向けると、睨み返してきた。


「ふん。無駄な点数稼ぎしてよ、ミリモスは馬鹿だよなー」


 サルカジモは捨て台詞を残して、さっさと離れて行った。その台詞で、モギレナ紀の機嫌が悪くなって目が座ったこととも、離れて行った一因だろうけどね。


「全くあの子は。どうして、ああもひねくれて育ってしまったのかしら」


 そんなモギレナ紀の愚痴が耳に入ったが、俺はサルカジモの気持ちはわからなくはなかった。

 なにせ俺の長姉と長兄は、とても出来がいいと、国内でもっぱら評判の王子と王女だからだ。


 七人兄弟のうちの一番上である長姉ソレリーナは、姫という存在を絵に描いたような、民を愛する美姫でありながら高い知能を持つ傑物である。その魅力で、とある小国の第二王子の心を射止めて、その国で幸せに暮らしている。現在二十三歳。

 そして二番目の子である長兄フッテーロは、礼儀作法が完璧なコミュニケーション能力が高い美男子。勉学も優秀だったけど外交的駆け引きに長けていて、他の小国との駆け引きを一手に任される、ノネッテ国の屋台骨を支える柱として、現在も外交役として他国で活躍中だ。ちなみに二十一歳である。

 そんな出来過ぎた兄姉が直上にいれば、サルカジモはどうしても自分との出来を比べてしまう。

 サルカジモも勉学の出来は悪くはないらしいが、取り柄というものもないため、凡愚という印象が強くなってしまう。

 結果、サルカジモは兄姉への劣等感を抱くようになり、ひねくれた性格になり、年下の弟妹に強い態度にでることでプライドを守る小物に成り下がった。

 ちなみに、ここまでの評価や背景語りは、アレクテムや兵士たちが教えてくれたこと。どの王子や姫が国のトップになったら嬉しいかっていう、雑談の中でね。


 そんな性格のサルカジモだから、末弟の俺がメンダシウム国の侵攻を撃退したことが面白くなくて、つい嫌味を言ってしまうんだろう。母のモギレナ紀に怒られると分かっていてもだ。


「もしかしたら、甘えの裏返しで、母上に怒られたかったのかも?」

「ん? なにか言ったかしら、ミリモス?」

「いいえ、なんでもないです。でも、そろそろ放してはくれませんか」

「嫌よ、って言いたいところだけど、宴の主役を独り占めするのも悪いわよね」


 モギレナ紀にしては、あっさりと放してくれた。

 俺がほっと安堵していると、唐突に左右から同時に誰かから抱き着かれてしまった。


「「お母さまの次は、わたくしたちの番ですわ!」」


 左右から異口同音にステレオで喋ってきたのは、四番目と五番目の姉で双子の少女、ガンテとカリノだ。

 可愛らしい見た目の一卵性双生児で、十七歳。

 前世に二人がいたら間違いなくアイドルとして人気者になったであろう、容姿と性格をしている。

 そして、この天真爛漫の極致と言える二人の姉は、俺にとって天敵である。


「「ミリモスったら、ちょっと戦いで活躍したからって、キリッとした顔になっちゃってー。もっと可愛らしく笑いなさいよ、ホラホラ」」


 左右から伸びてきた手が俺の頬を掴むと、ぐにーっと引き延ばす。

 ガンテとカリノは末っ子の俺のことを、いつもこうして人形オモチャのようにかわいがってくる。

 酷く迷惑なのだけど、力任せに跳ね除けると泣き出すし、放置しておくとエスカレートする。

 唯一の解決策は、姉たちの要望に飽きるまで応えてあげることだけ。

 この宴の席は俺の戦勝祝いだったはずなんだけどなーっと益体もないことを考えながら、双子姉の指示通りに子供っぽく笑って見せるのだった。

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