二百七十二話 過去回想――コンスタティナ姫
予定では、騎士国の王城で一夜を過ごした後、翌朝に出立することになっていた。
しかし朝食時に、騎士国の執事が伝言を持ってきた。
「コンスタティナ姫様が、ミリモス王子とパルベラ姫様、そしてお二人のお子様とお会いしたいと」
唐突な申し出に、俺は判断がつかず、パルベラの様子を伺う。
しかしパルベラの方も、困惑している様子だった。
「御姉様は、私たちのことなど、気にしない気風の人だったはずでは?」
「確かにコンスタティナ姫様は、強者との戦いと悪人を狙うことしか興味のないお方ではありますが……」
執事の視線が俺に向けられていた。
彼がいままさに語った内容を加味して考えると――
「――なるほど。俺と手合わせしてみたい、ということですか」
「パルベラ姫様とその御子に会いたいという言葉に嘘はないと思われますが、ミリモス王子が察してくださった理由が目的の大半かと」
「俺は、強くなんてなんだけどなぁ……」
コンスタティナの要望を拒否して、ノネッテ国へ帰ることは出来た。
でもそれで、コンスタティナが俺に対して失望して興味が消える、とはどうしても思えなかった。
むしろ聞いていたコンスタティナの性格を考えれば、逃げた獲物に執着するように、俺たちを追ってくる可能性の方が高い気がした。
だから俺は、帰国を少し先延ばしにして、コンスタティナと面会することにした。
朝食後、さらに食休みを経てから、俺はパルベラとファミリスとマルクと共に、コンスタティナの待つ場所へと向かった。
国の姫が居る場所に案内される場合、その姫の部屋へ向かうことが普通だろう。
しかし俺たちが進んでいる廊下は、明らかに建物の外へと向かうためのものだった。
やがてたどり着いたのは、王城にある庭園の一画。
生い茂った高い生垣に囲まれた、二十メートル四方ほどの石畳が敷かれた場所。
野外のダンスフロアとも見える場所だけれども、石畳の上に鎧を着て剣を携えた人物が立っていると、どうしても闘技場にしか見えなかった。
そして、その鎧を着ている人物こそが、騎士国の長女姫であるコンスタンティナだろう。
「我が予想した通り、呼びかけに応えて、来てくれたようだな」
コンスタンティナは、自信に溢れた表情を持つ女性だった。
頭髪は、パルベラのものよりも色の濃いピンク色。しかし髪型は、戦いやすくするためか、後ろ頭にお団子状にまとめられていた。
顔立ちは、可愛らしさと凛々しさが同居した、可愛らしさの後で精悍さも感じ取れて、男女共に好かれそうな感じがあった。
身につけている鎧は、ファミリスのものに似た、真っ白な全身鎧。多数の薄い傷が見て取れることから、通常から愛用している品だとわかった。
そんな女性に対し、俺はどんな言葉をかけるか迷ってしまった。
その間に、彼女と旧知の仲なファミリスが、マルクを腕に抱いた状態で前に進み出た
「コンスタンティナ姫様、お久しぶりです。昔と変わらず、悪漢どもを倒す毎日を送っているのですか?」
「うむっ、相も変わらずにな。ファミリスが手伝ってくれなくなったから、少し大変になってはいるぞ」
「残念ながら、いまの私は、パルベラ姫様に忠誠を誓い、そしてこのマルク様をお護りする立場です。誘われても、もう手伝いませんよ」
「分かっている。だが、愚痴らせてくれるぐらいは良いだろう。それで、それがパルベラの産んだ子か?」
「マルク様です。将来が期待できる、肝の太さをお持ちです」
「確かに。我ら二人に挟まれて笑っている赤子なのだ。肝は据わっている」
気安い間柄なのだろう、二人は言葉に花を咲かせている。
その会話の中で気になった部分について、俺はパルベラに問いかけることにした。
「『悪漢を倒す』ってどういう意味?」
「コンスタンティナ御姉様は、日夜国内を馬で移動して回り、見つけた悪漢を成敗しているのです。民草の日常を守ることが、王家の姫として正しい事だという信念を持ってのことです」
俺の頭の中に浮かんだのは、前世日本でテレビに映っていた時代劇――越後のちりめん問屋の隠居とか、貧乏旗本の三男坊の姿だった。
「世直し旅をして回っているってこと? 騎士国の姫が?」
「御父様も許可しているんです。御姉様が動き回れば、後ろ暗いモノを抱えている者たちが隠蔽に動くため、裏で動く黒騎士が悪漢たちの悪事の証拠を集めやすくなるからと」
つまり、コンスタンティナは悪事を行う者たちの目を引き付けるための、輝かしい見せ札なんだ。
コンスタンティナの大っぴらな世直し行為を、悪漢たちが警戒して注意すればするほど、どうしても他への警戒は甘くなってしまう。その甘くなった場所を作ることで、黒騎士が証拠を掴む労力を減らすという構図だ。
美味いことを考えるもんだと感心している間に、コンスタンティナとパルベラの会話の矛先が変わっていた。
「それで、あれがミリモス王子か。天然モノなのは本当か?」
「ええ。神聖術と共に、魔法も使ってきますよ」
「ファミリスが言うからには、本当に天然モノのようだな。それは楽しめそうだ」
「天然モノの上、私が手ほどきをしていますからね。コンスタンティナ姫様と言えど、油断はなさらないように」
「誰にモノを言っているのか。我が油断などするはずがないだろう」
「油断はせずとも、楽しむ癖はあるでしょう?」
「相手の力を出し尽くさせずして、闘争の楽しみは得られぬものだ」
「訓練ならいざ知らず。戦いの中では相手の力が出せない内に倒すことこそ、戦闘術の根幹でしょうに」
「相変わらず、この点だけは、ファミリスと意見が合わぬな」
そんな会話の後で、コンスタティナの目は、じっと値踏みするように俺を見てきたのだった。