二百七十一話 過去回想――神聖騎士国
赤ん坊の息子であるマルクを連れて、俺とパルベラとファミリスは、神聖騎士国家ムドウ・ベニオルナタルへ向かった。
この人馬一体の神聖術を使っての高速移動での旅程の中で、マルクの精神の図太さが判明した。
半日ぐらいパルベラに抱えられて馬の上にいたのに、ずっと寝っぱなしだったのだ。
あまりにも静かに寝ているため、具合が悪くなったのではと危惧したのだけど、馬を降りての食事休憩に入ると、マルクはパッと起きてパルベラにお乳をねだって泣いた。
「そうして元気よく乳を飲んでいるから、元気なのは間違いないか」
「ふふっ。ミリモスくんは心配し過ぎですよ」
「その通り。一方でマルク様は、多少のことでは動じない気性をお持ちの様子。これは将来が楽しみです」
パルベラとファミリスの呑気な様子を見ると、俺の心配のし過ぎのように思えてくる。
「まあ、馬に揺られて泣かないぐらいだから、マルクは騎士王様と会って泣いたりはしないだろうね」
「そうですね。御父様も安心して、マルクのことを見ることができるはずです」
「安心してって、どういうこと?」
「御父様は神聖騎士国の王ですから、新年の挨拶などで重臣の方たちのご家族と面会することがあるのです。その際、子供には恐れられてしまうみたいで」
パルベラが苦笑いで言った説明に、ファミリスが付け加える。
「騎士王様が持つ強者の風格を見て、子供は理解するのだ。自分の両親よりも、騎士王様は上に位置するお方なのだと」
子供は気配に敏感なところがあるから、分かる話だった。
騎士国の王城に入ると、事前にマルクを見せに行くと知らせを入れていたこともあり、すぐに騎士王との面会となった。
今回は、王の執務室に案内された。
謁見の間ではないことから、今回の俺たちの訪問は非公式か私的なものと位置づけられているようだった。
「御父様。これが私とミリモス王子との息子。マルクで御座います」
挨拶もそこそこに、パルベラがマルクを抱えた状態で、執務机の向こうに座る騎士王へと歩み酔った。
騎士王は抱き上げることはせず、パルベラの腕の中にいる状態のマルクを見た。
騎士王とマルクはお互いを見続け、やがて騎士王からパルベラに向けて言葉が出た。
「こちらを見て笑うか。なんとも肝の太い子だな」
「ふふっ。自慢の息子です」
「……初孫の顔見せ、大義であった。下がってよい」
「はい、御父様。御前を失礼いたしました」
パルベラは一礼すると、視線で俺とファミリスに部屋を出ると意思表示してきた。
もう面会は終わりなのかと、俺が内心で首を傾げている間に、騎士王の執務室から俺たちは出ていた。
初孫の顔見せは、たった数分だけ。それも、騎士王が喜んでいるようには見えなかった。
俺が面会は失敗だったかなと思っている一方で、パルベラとファミリスが笑顔を浮かべていた。
「御父様、嬉しそうでした」
「マルク様の肝の太さをお気に召した様子で、お見せして良かったと胸をなでおろしました」
二人の感想に、俺は驚いた。
「あの様子で、あれだけの短時間なのに、喜んでいたの?」
「ミリモスくんの言いたいことは分かります。御父様の感情の動きは、分かり辛いですから」
「騎士王様の感情を知るには、表情や態度を見るのではなく、揺れた気配を読むことが肝要なのです」
「王たるもの、無暗に配下に感情を見せてはならない。それが『正しい』ことだと、神聖騎士国では考えられています。それに、マルクは御父様の孫であっても、他国の子供。あまり長々と面会すると、依怙贔屓だと受け取られかねませんから」
「騎士王様に気に入られたと見られた場合、有象無象が寄って来ます。その騎士王様に近づきたい者たちの多くは、神聖騎士国に国を捧げて服従を誓った者たちですが」
面会時の様子と時間の短さの理由は分かった。
ともあれ、パルベラとファミリスが言うには、どうやら騎士王はマルクとの対面を喜んでいたようだ。
そういうことなら、たった数分間とはいえ、孫の顔を見せに来たのは良かったんだろう。
騎士王との面会を終えた俺たちは、王城の客間で一晩宿を借りた後、早朝にでも帰る予定だった。
しかしその予定は、俺たちが借りた客間に、騎士国の長女姫でありパルベラの姉である、コンスタティナがやってきたことで変えざるを得なくなった。