二百七十話 二年の時間経過
俺が、ロッチャ地域とルーナッド地域の領主となって二年が経過し、俺は二十歳になった。
この二年の間、ノネッテ国の各地は戦力増強作業と戦後復興で大忙しだった。
なぜ戦力増強が必要だったのか。
それは、大陸中央から西にかけての小国郡では領土侵攻が活発になり、本格的な戦国時代へ移行したからだ。
そしてルーナッド地域、フォンステ地域、アコフォーニャ地域という、小国と接する場所の防衛に戦力が必要となったからだった。
戦国時代に突入した小国郡では、小国の勃興と凋落が入れ代わり立ち代わり行われた。
一つの小国が滅んで吸収され、一つの国の中で反乱が起きて国が二つになったりもする。
それこそ、たったの二年間で国の名前が書かれた地図を一新させないといけないほど、情勢は混沌を極めている。
そんな戦国の混乱が降りかからないよう、防衛戦力を国境に張り付ける必要があり、戦力増強を急いだわけだな。
ノネッテ国の各地から兵士を招集して、アコフォーニャ地域とルーナッド地域とフォンステ地域の三地域に振り分けたり、ロッチャ地域で武器と防具を増産させたり、ドゥルバ将軍に兵士を鍛えて貰ったりと、取れる手段を行い続けた。
その甲斐もあってか、小国が攻めてくるような事態にはならなかった。
少し強引に兵力を集めたから、他の地域の兵数が少ない状態ではあるけど、これは問題にはなっていない。
なにせ、ノネッテ国の領土に多く接している国は、帝国だ。
もし帝国が本気で攻め入ってこようものなら、今のノネッテ国では太刀打ちできない。
なら、戦力の多くを対帝国に保持する意味はないと判断して、治安維持に必要な分以外の兵力を各地域から集めたわけだからね。
この方策の下で極端なことをしたは、ペイデン地域だ。
『騎士国と帝国に挟まれては、いかなる軍を保持しても意味はない。軍は解散し、治安維持専用の部隊――警邏隊に再編する。その際に出た余剰人員を、ミリモス王子にお預けする』
というペイデン地域の領主の手紙と共に、千人規模の正規兵が送られてきた。
俺は申し出を有り難く受け取って、兵士を三地域に振り分けさせてもらった。
そして兵士を送ってくれた見返りに、騎士国と帝国の会談が行われるような事態になったときのために、相応しい会場を建設する材料と人員を差配してあげた。
最近になってようやく、会談会場の落成式が行われたと報告があったっけ。
戦後復興の方も、順調だ。
サグナブロ、ペイデン、アコフォーニャ、ルーナッド地域は、大陸中央に位置し、肥沃な平原を持つ場所だ。
多少雨量が弱い部分もあるが、小麦や大麦が良く取れるため、食料生産に大いに役立ってくれた。
フォンステ地域は、国土の半分が砂漠なので食料生産に寄与しないけど、砂漠の通商路による貿易黒字で大いに金品を稼いで貰った。
その結果、二年間で各地の復興を終わらせて、次の戦が起こっても良いように資金と兵糧を蓄積出来るようになっている。
復興と食料に問題がなくなったことで、各地の治安は安定している。
しかしながら、二年間の中で、戦後の混乱に乗って反乱を起こした者がいなかったわけではなかった。
むしろ、各地で復興が進む光景を見て、このままでは反乱に加担してくれるものげ減ると焦り、拙速に事を起こしたようだった。
反乱が起きた場所は二か所。
アコフォーニャ地域の中にある元カバリカ国だった土地と、ルーナッド地域だ。
元カバリカ国での反乱は、『聖約の御旗』の宗主だったというプライドから、カバリカ国の貴族だったものたちが起こした。
反乱に対応する相手が、先の戦争で敗けたノネッテ国の軍隊ではなく、アコフォーニャ地域の軍隊だから勝てると予想を立てたらしい。
しかしながら結果は、元カバリカ国貴族たちの大敗。
反乱に参加した人数が少なかったことが直接の原因だが、反乱の情報を事前にアコフォーニャ地域の領主に掴まれていたことも敗因の一つだった。
なにせ俺に『反乱の兆候があるため、兵力を動かす』と連絡を入れてから、アコフォーニャ地域の領主は行動を起こしたのだ。
反乱の情報は筒抜けだったことは間違いなく、負けるべくして負けた状況だった。
ルーナッド地域で起こった反乱も、似たような経緯だ。
不正を働いていた貴族の多くを、更迭ないしは降位処分にしたところ、不満を持たれて暴れられた。
まあ不正の処分は、不満分子をあぶり出すための方策でもあったため、俺としては願ったり叶ったり。
用意していた魔導鎧部隊を展開して、反乱軍を威圧。その後で、いま降伏するのなら、反乱の責任者の厳罰とその家族への軽い罰だけで他は許すと公布すると、反乱軍は雪崩を打ったように降伏した。
この降伏劇の裏には、反乱貴族の人望の乏しさもあったようだけど、ルーナッドの王都を瞬く間に陥落させた魔導鎧部隊には勝てないという貴族私兵の諦めが多分にあったという。
反乱を主導していた貴族は処刑。その家族は家財没収の上で追放処分。
反乱貴族が抱えていた私兵は、希望者は国軍の兵士として俺が抱え直し、その他は解放した。
もちろん解放した兵士たちに対して監視はつけた。まあ、誰も反乱を再び企てる様子はなかったため、いまは監視を緩めて様子見をしている。
この二年の間に、私生活でも変化は起きていた。
まずは、パルベラ、ファミリス、マルクのことだ。
マルクが生後一年経った頃、騎士国からパルベラ充てに文がやってきたのだ。
騎士国から初めての手紙ということで、俺がどんな内容が書かれているのだろうと気を揉んでいると、パルベラが微笑みと共に教えてくれた。
「御父様――騎士王様が、孫の顔を見せに来いと、せっついてきたのですよ」
「マルクをか?」
「はい。御父様にとっては初孫ですからね」
「初、なのか?」
パルベラは次女姫。ということは、長女もいるはずだ。
そんな疑問を持ったことが顔に出ていたのか、パルベラは苦笑いの後で事情を説明してくれた。
「御姉様は、ご結婚されてません。私とは違って、武勇に優れていますから、自分の実力に見合った騎士でないと迎え入れないと公言しています」
騎士国の姫らしい要求だと思うのと同時に、どれぐらいの強さがあるのだろうと疑問に思った。
すると、ファミリスが会話に入ってきた。
「コンスタティナ様――長女姫様の武力は、現在のミリモス王子が全力を出して良い勝負といったところでしょうか」
「ふーん。じゃあ、普通の騎士と同じぐらいってことか。それなら結婚相手は見つかりそうなものだけどね」
「……ええ、まあ。そういうことにしておきましょう」
ファミリスが言葉を濁すと、パルベラが微笑みながら訂正を入れてきた。
「ミリモスくんの全力とは、神聖術と魔法を混ぜての戦い方です。あの戦い方をされると、並みの神聖騎士国の騎士では太刀打ちできないと思います」
「そうなの? ファミリス相手には、一本も取れたことないけど?」
「ファミリスは、私が言うのはちょっと変かもですが、王家の姫の護衛を任されるほどの精鋭ですよ。一握りの強者なんだと思ってください」
「若年の割には、と但し書きが付つくと、姫様のお言葉ながら訂正しておきたいと思います」
「ファミリスより強い方となると、確かに年嵩のいった方ばかりでしたね」
パルベラとファミリスの言葉を総合して考えると、俺と長女姫様とやらは、騎士国の並みの騎士よりは強くいけど精鋭よりは弱いらしい。
長女姫様に限って考えると、結婚相手として相応しい年齢の相手には余裕で勝てるが、結婚相手としては微妙な年上の騎士には敗ける、といった力具合だろうか。
「なるほど。それじゃあ、結婚相手が決まらないわけだ」
「そのため御姉様は、次世代の騎士に期待すると言って、訓練に積極的に参加していましたね。私の守役だった爺やが生きていた頃だと、ファミリスを連れて参加した事もありましたよね」
「長女姫様とは同じ部隊で腕を切磋琢磨した間柄ですので、その縁で参加しただけです」
「へえ。ファミリスはパルベラより先に、長女姫様と面識があったんだ」
「そうですね。彼女を通してパルベラ姫様のことを知り、やがて敬愛するようになったという背景がありますね」
意外な経緯だな。
というか、ファミリスと腕を鍛え合った仲なら、なるほど並みの騎士では勝てないわけだと納得せざるを得ない。
俺が感心していると、ファミリスが咳払いをした。
「こほん。私と長女姫様のことはどうでもよいのです。騎士王様にマルク様のお顔を見せに行くと、返事を書かないといけないでしょう」
「それもそうだった。返事は俺が書いた方が良いのか? それともパルベラに任せた方が良い?」
「二人とも書いた方が良いでしょう。マルク様を見せに行くからには、ミリモス王子とパルベラ姫様のお二方とも同道しなければいけないですし」
それもそうかと納得して、ファミリスの言葉に従い、俺とパルベラでマルクを見せに行くと返事を騎士王充てに送り、旅路の準備に取り掛かることにしたのだった。