二百六十九話 ルーナッド地域の領主
俺はチョレックス王の王命で、ロッチャ地域とルーナッド地域の領主になった。
そしてルーナッド地域にて、統治活動を行うことも命じられた。
俺は、安定しているロッチャ地域を代官に任せ、家族と共にルーナッド地域へ移住した。新しく結婚したジヴェルデと、彼女の供をするアテンツァも一緒に。
「ともあれ、まずは領内の把握からだな」
ルーナッドの王族は政務から追放したが、その他の役人や貴族は、領内運営に必要だからと残している。
その役人や貴族を呼び出して、ルードット地域に関する情報を吐き出させていく。
彼らの中には、ルーナッド国を打倒した俺に対し、あまりよく思っていない顔をしている人もいた。
しかしその表情は、俺の傍らにパルベラとファミリスが居る光景を見た途端に霧消する。
呼び出す誰も彼もが同じ反応なので、俺は何人目かの役人に質問を投げかけた。
「ここに現れたときは、俺を殺さんばかりの目をしていたのに、いまはその感情が消えているな。どうしてだ?」
「ルーナッド国を滅ぼした貴方に、思うところがあることは当然でしょう。しかし、騎士国の騎士様が何もせずに横にいるのですから、貴方様の行動こそが正しいと分かります」
「俺の行動が正しいと知って、復讐を諦めたということか?」
「いいえ、そうではありません。貴方の行動が正しくなくなったとき、そちらの騎士様が貴方を殺すでしょう。そのときを待つだけです」
「俺が正しいままだったら?」
「ルーナッド国は滅ぶべくして滅び、貴方に統治されるべくして統治されるということでしょう」
役人は一礼して、去っていった。
つまるところ役人や貴族たちは、腹に抱えるものはあるけれど、騎士国の騎士という『正しさ』の証明が俺の傍らにいるため、いまは大人しく従ってくれるらしい。
しかしこの考えは、当の役人や貴族が後ろ暗いものを抱えていないからこそ、抱けるもののはずだ。
なにせ、俺が正しい行いを続けるのなら、不正役人や悪徳貴族は粛清の対象にならざるを得ない。そして自らを消されることを良しとする人間が、いるはずはない。
そう考えて、いままで面会してきた貴族や役人を思い返すと、妙にへりくだった人物が何人かいたことを思い出した。
きっと彼らは、自らの不正を自覚して、俺に気付かれないよう愛想を振りまいたのだろうな。
「態度を見れば、相手が不正をしているかどうかわかるのは利点だな」
俺は唇の先で消える程度の呟きを放った後で、執務室の外で待たせている次の役人を呼び寄せた。
一通り、ルードット地域の状況を色々と把握できた。
まずは経済だけど、特出する点はないが、特に破綻しているところもなかった。
砂漠の通商路の利益を狙ってフォンステ国に攻め入った割には、全くもって健全だった。
食糧事情が拙かったのかと思って調べたが、町村で把握している餓死者の数は僅かで、食べ物に困っているわけでもない。
これらの事情を把握して、どうしてフォンステ国は侵攻をしようとしたのだろうと不思議に思い、軍事派閥の貴族と会計の役人に事情を聴いた。
「王が望まれたため、我らは軍を動かしたに過ぎない」
「フォンステ国は弱小勢力。大金を手にしていると知り、強奪しようと考えたと聞いております。『聖約の御旗』に参加した後に、その財貨を撒いて、地位を上げようとしていたという噂もありました」
なんとも、つまらない理由だな。
経済も食料事情も健全なら、それで満足していればいいのに。
『聖約の御旗』の連合内での地位を高めたところで、どれだけの意味があったのか、分かったもんじゃないし。
さて、経済や食料事情に問題ないと分かったところで、次は軍事だ。
ルーナッド国が保有していた軍隊は、少数の軍閥貴族と彼らが抱える私兵が、多数の農民兵を指揮する形で成り立っていた。この世界では良くある形式だな。
これから先、ノネッテ国に新加入した地域では、戦後の復興で食料が入用になる。
農民を兵に集めて、貴重な生産力を削ぐ真似はいただけない。
そこで俺は、ルードット地域の軍事を改変することにした。
「農民兵の呼集を厳禁にし、我らが私兵を貴方が直接抱える形に、軍事を変更すると?」
俺が呼び寄せた軍閥貴族の長が、不愉快そうに眉を寄せている。
いままでの形を崩す真似は、反発を招くと分かっていたので、俺は軍閥貴族の長に具体的な話をすることで説得しようと試みる。
「なにも、私兵全部を取り上げようということじゃない。ノネッテ国の軍隊、そのルードット地域の支部を作るため、希望者を募りたいんだ」
「私兵の立場を捨て、新設立される軍に入りたいと申し出る者など、いるとは思えませんが?」
「そうかな? 私兵の中にも、待遇に不満を持つ者はいるはずだ。実力を認めて貰えない。生まれで差別されている。手柄を掠め取られた。などなど。そして貴族の中も、私兵なんて金食い虫を放逐したいって考えの人もいるはずだよね」
俺の指摘に、軍閥貴族の長は口を噤んだ。
その反応で、私兵の中に不満を持つ者がいることと、私兵を手放したい貴族がいることを確信した。
しかし俺はそのことに気付かないふりをして、話を次に進める。
「それに、人員募集をする相手は、貴方たちの私兵だけじゃない。民の中にだって、畑を耕したり、物を作ったり、店を切り盛りしたりするよりも、兵士の方が身の丈に合っていると思う人はいる。その人たちも対象にするつもりだよ」
「……簡潔に言い換えるなら、我らから兵力を取り上げるつもりではない、というわけですね」
「もちろんだよ。ただし、離脱を望む私兵の引き留めは止めて欲しいね」
「我らが与えた恩を忘れて去ろうとする者など、引き留める価値はないと思います」
「貴方がそう思っていても、他の軍閥貴族はそう思ってないかもしれないでしょ?」
「では私が主導して、周知徹底しましょう。離脱者を引き止めたり、咎めることはならないと」
「お願いするよ」
軍閥貴族の長が去ったところで、俺は椅子の背もたれに体重を預けて一休みする。
いまの部屋の中には、俺一人。
ホネスとファミリスは、軍閥貴族の長が来る前に、部屋に下がってマルクの寝かしつけをしに行ったんだよな。
なんて思っていると、ホネス、ジヴェルデ、アテンツァの三名が執務室に入ってきた。
その三人の姿を見て、俺は思い出した。
当初ホネスは、新しい妻に入ってきたジヴェルデに対して、あまり面白く思っていなかったことを。
しかしながら、廊下を連れ立って歩く三人は、まるで学友かのように親し気に話しているようだった。
どうしてだろうと疑問を抱いていると、ホネスが明るい笑顔で業務報告をしてくる。
「センパイ。各部署の引き締めは終わりました。いやー、ジヴェルデさんとアテンツァさんが手助けしてくれて、助かりましたー」
「これでも、一国の姫だった身ですわ。上に立つ者が行うべき振る舞いをすれば、下の者は従うものです」
「ジヴェルデの話は半分に聞いた方が良いですよ。この子は天然のまま、人に取り入るのが上手いですので」
仲良く掛け合いをする三人の姿を、俺は興味深く眺める。
業務を助けて貰ったことが縁になって、ホネスがジヴェルデとアテンツァに対する悪感情が薄らいだということかな。
もしかしたらホネスは、ジヴェルデのことを俺の妻としてではなく業務仲間として認識している、という懸念はある。
でも、仲が悪いままよりかは良いことだよな。
「ホネス。ジヴェルデとアテンツァに業務を手伝ってもらいたいかい?」
「もちろんです! 二人が手伝ってくれるなら、書類仕事が捗りますよ!」
「読み書き算術、方々の指示出しなどは、教育を受けていますもの。書類仕事など容易いですわ」
「ミリモス王子がお望みでしたら、微力を尽くさせていただきます」
ホネスは単純に仕事仲間が増えることを嬉しそうにし、ジヴェルデは俺に頼られることに喜びを感じている顔だ。
しかしアテンツァは目で、俺の望みを叶えるのだからアテンツァに心を配ってくれ、と語っている。
もともと粗略に扱う気はないので、俺はアテンツァに了承の頷きを返したのだった