二百六十七話 ジヴェルデとの話し合い
子供にマルクと名前を付け終えた後で、俺はジヴェルデとアテンツァが暮らす部屋へとやってきた。
扉をノックして自分の名前を告げると、入出の許可が部屋の中からやってきた。
部屋の中に入ると、俺が来ることが分かっていたかのように、ジヴェルデとアテンツァが着飾った様子で待っていて、テーブルの上にはお茶と菓子が用意されていた。
「おかえりなさいませ、ミリモス王子。今回の戦も、大勝だったと聞き及んでおりますわ」
ジヴェルデが微笑みと共に、俺を褒める。
アテンツァは使用人役に徹するのか、椅子を引いて、俺に座るようにと示している。
俺は着席して、ジヴェルデに向き合う。
「祝勝の言葉ありがとう。でも勝ったはいいものの、国庫も食料庫も空に近いですからね。頭の痛い事ですよ」
俺はジヴェルデに言葉で返礼しつつ、アテンツァが淹れてくれたお茶を飲む。
そんな俺の様子が面白く見えたのか、ジヴェルデが笑みを深めた。
「三つの国を落とし、四つの国を属国化させた猛勇とは、とても思えないお言葉ですわね」
「猛勇だなんて、とんでもない。状況に流されるだけの、小物ですよ、俺は」
「うふふふっ。そう自己評価が低い所が、ミリモス王子の困ったところですわね」
「評価が低いのではなく、自己分析が的確なだけですよ」
ジヴェルデのロッチャ地域での人質生活も長い。
自然と、俺がご機嫌伺いで顔を合わせることも多くなり、いまではこうして他愛ない冗談も言い合える間柄になっている。
現在のジヴェルデとの間柄を意識したところで、俺は本題に入ることにした。
「ジヴェルデとアテンツァに話があります」
「はい。なんでございましょう?」
ジヴェルデが小首を傾げ、アテンツァはジヴェルデの後ろへ移動した
二人を視界に入れつつ、俺は真剣な態度を強いて作る。
「今回の戦争で、土地が増えた。その土地のうちの一つ、ルーナッド地域が、俺の新たな領地となった」
「まあ。ロッチャ地域からの転封ということですの?」
「いや、ロッチャ地域も俺の領地のまま。ルーナッド地域は、飛び地って感じと思ってくれれば」
「なるほど。純粋に領地が増えたわけですわね。それはそれは、おめでたいですわね」
「そうも言っていられない。ルーナッド地域を含めた、新たに参加になった土地には監視が必要だ。その監視役も、チョレックス王から仰せつかったわけだから」
「監視――ルーナッド地域に、ミリモス王子が赴任するということですの?」
「ロッチャ地域は代官に任せて、俺が直接ルーナッド地域で采配を振るうことになる」
俺の説明に、ジヴェルデは疑問を抱いた顔つきになった。
「ミリモス王子が単身で赴く、ということでは無いようですわね」
「最初はそう考えていたけど、パルベラやホネスは勝手についてくるだろうからね。単身という形にはならないはずかな」
「……ミリモス王子。この場で、他の女性の名前を出すことは、道義にもとるとは思いませんの?」
ジヴェルデは、ぶすっとした不愉快そうな顔になる。
そんな表情になるのも仕方がないだろう。
パルベラやホネスは、俺の妻。
一方でジヴェルデは、単なる人質。しかも、アンビトース地域では俺の兄のヴィシカが領主となって、妻に元アンビトース王族の娘を迎えているため、価値がなくなった人質だ。
自分の処遇への不安感から、パルベラたちへ反発的な態度になることは仕方がないことなのかもしれない。
だから、その不安を解消するためにも、話をしないといけない。
「俺がルーナッド地域へ行くに伴ってだ。ジヴェルデとアテンツァの処遇を決めろと、チョレックス王からお達しがあった。それで、二人の希望を聞こうと思うんだ」
「わたしたちの希望、ですの?」
「長い間、人質として不自由な思いをさせてきたからね。可能な限り、叶えさせてもらうよ。アンビトース地域に帰りたいでも、自由な身分になりたいでもね」
俺の問いかけに、ジヴェルデは半笑いといった顔になった。
「アンビトース地域に戻ったところで、わたしたちの居場所はありませんわ。自由の身となったところで、身を寄せる候補も他にありませんし」
ジヴェルデは自分の立場を言葉で表しつつ、お茶を一口含んだ。
その後で、真剣な目つきで、俺を見つめてきた。
「希望というのでしたら、ミリモス王子の妻の座を求めて、いいのですわよね?」
「…………長い間、人質の立場で放置してきた相手の妻に、なりたいと?」
「あら。悪しざまに言うほど、ミリモス王子は悪い方ではありませんわよ?」
変な評価に、俺は眉を寄せる。
ジヴェルデは微笑んで、さらに言葉を口に出した。
「不自由なく暮らせるよう人員や物を差配してくださり、たまに顔も見せに来てくれます。人質というよりも、客として扱ってくださっていると、わたしは分かっておりましたわ。まあ、わたしたちの誘いに乗ってくれなかった点だけ、乙女としての矜持は傷つきましたわね」
「二人の狙いを知っているからね。体を重ねる誘いは、乗らないことにしてたんだよ」
「それを狙っていたのは、ヴィシカ王子がアンビトース地域で確固たる地位を築くまでですわ。それ以降は、純粋な好意だからです」
「……えっ、好意?」
「なにを以外そうに言っているのです。わたしがミリモス王子へ好意を抱くのが変だとでもいうのですの?」
「変とまでは言わないけど、どこに好きになる要素があったのかなと疑問に思うよ」
俺が心底不思議に思っていると、アテンツァが口を挟んできた。
「ミリモス王子は、治政も戦争も上手い、良い領主です。そんな『良い男』を振り向かせようと、アテンツァは頑張っていました。それなのに、ミリモス王子はつれない態度を取るばかり。絶対に振り向かせてみせると長く意識し続け、やがて固執が恋愛感情へと変化してしまったのです」
「アテンツァ姉様!」
「事実でしょう。いつしか、ミリモス王子がジヴェルデとの面会を終えると、次はいつ来てくれるのだろうと心待ちにするようになっていたではありませんか」
「アテンツァ姉様!」
アテンツァの暴露で、ジヴェルデは顔を真っ赤にして涙目になっている。
その恥ずかしがっている表情から、本当にジヴェルデは俺に好意を寄せているのだと理解させられた。
「ジヴェルデにもう一度だけ尋ねるけど、俺の妻になりたい、が希望でいいのかな?」
「えっ、その……。はい。結婚してくれたところで、わたしは何の利益も生み出さない存在です。それでも良いと、ミリモス王子が思ってくださるのでしたら」
利益、の部分に首を傾げる。
「利益を期待して、パルベラやホネスと結婚したわけじゃないんだけど?」
「いまの言葉は、ジヴェルデが悪いです。ミリモス王子は『恋愛派』のお方ですよ」
アテンツァにも窘められて、ジヴェルデは慌てた様子で言い直す。
「では、その。不束者ではございますけれど、ミリモス王子にこの身を貰って欲しいですの」
「妻が既に二人いる不埒者の元でいいのなら、喜んでお受けいたします」
お互いに自分を露悪的に評した言葉の交換でもって、俺とジヴェルデは結婚する誓いを交わしたのだった。