閑話 小国の末弟王子について・騎士国編
帝国が、邪な企みでもって小国を蹂躙しようとしていると、神聖騎士国家ムドウ・ベニオルナタルに急報が入った。
狙われた国は、メンダシウム国とノネッテ国。
特に、ノネッテ国の鉱山が標的のようだった。
その情報を、この私――ファミリス・テレスタジレッドにもたらしてくださったのは、この国の次女姫様ことパルベラ・エレジアマニャ・ムドウ様だった。
「弱いものを自分の都合で踏みにじる行為。許しては置けません」
戦場で守役様を失ったからか、以前と様子が少しおかわりになられた、パルベラ姫様。
以前は控えめで引っ込み思案だったというのに、すっかり騎士王家の気性に相応しい姫様になられて、ファミリスは嬉しいです。
「しかしパルベラ姫様。騎士王様は、今回の帝国の侵攻を止めに入る気はないと、明言なされておいででしたが」
そう。今回の帝国の行いは、大義名分あってのもの。
メンダシウム国に対する侵攻は、研究用として売却した杖を、不当に侵略兵器として使用した償いをさせるため。
ノネッテ国に対しては、帝国の武器が迷惑をかけたことに対する謝罪と、正式な国交を樹立するために代表者を向かわせる。
我らが神聖騎士国に対して、帝国はそう連絡を入れていた。
どちらの理由も、正しいものであると、騎士王様は判断なされたのだ。
国の重鎮たちも、帝国の侵攻を咎めたいが、その感情だけで動くのは『間違い』であると評決を下していた。
しかしながら、パルベラ姫様は違う考えだったようです。
「大義名分があっても、弱者を食い物にする行為は間違った行いです! 弱い人には優しく手を差し伸べ、時には抱擁してあげることこそが正しい行いであると、私は戦場で学んだのです!」
断言するパルベラ姫様の目。どことなく現実ではないどこかを見ているようで、少し気がかりです。
しかし、その言葉には納得できる部分もあります。
「弱者を強者が食い物にするのは、獣の論理。神が設定した人の倫理に反する行いなのは確かですね」
「では!」
喜色を見せるパルベラ姫様。しかし私は、首を横に振らねばならない。
「メンダシウム国を、我が国が助けることはありえません。彼の国は、より小さい国であるノネッテ国を、帝国を騙して手に入れた武器で殴りつけたのです。そのような卑怯な輩を助けたとあっては、神聖騎士国の名が地に落ちてしまいます」
「それは、そうかもしれません……」
パルベラ姫様は口惜しそうに唇を噛んで、メンダシウム国に対する考えは改めてくださったようだ。
「ノネッテ国だけを助けるのはどうでしょう。彼の国は正い行いに反してはいないはずです」
「そうですね。自分の領地を守るために奮闘しはしても、逃げるメンダシウム国の軍に追い打ちをかけたりはしない国のようですし」
「では、助けに行けるのですね!」
「しかし、これも難しいかと。帝国はノネッテ国に対して侵攻をするわけではありません。親善の徒を向かわせ、謝罪と国交の確認に向かうそうですので、我らが介入する名分がありません」
私の説明に、パルベラ姫様はムスッとして、その後で思案顔になり、そして良いことを思いついたと閃いた表情になった。
「その話し合いに邪悪な企みが潜んでいないとも限りません。監視する第三者が立ち会うべきではないでしょうか!」
これならどうだと得意げなパルベラ姫様は、綺麗に整えられた桃色の御髪と合わせて、とても愛らしい。
おっと、いけない。思わず心を奪われてしまっていた。
「なるほど、それは良き名分ですね。騎士王様にお伝えし、裁可を頂きましょう。恐らくは、騎士の一人ぐらいの出立は、許してくださることでしょう」
「許可がでるのね! それならファミリスがその任務に就けるよう、私が御父様にお願いします!」
張り切って部屋から出ようとするパルベラ姫様を、私は手で制した。
「私が、その任務を行うのですか?」
「うん。それでね、ファミリスが任務に就くことになったら、お願いしたいことがあるの」
「姫様のお願いとあれば、このファミリス。全身全霊で実行する心構えはしてあります。任務とは関係なく仰ってくだされば、実現してみせましょう」
胸を張って安請け合いすると、パルベラ姫様は頬を赤く染めて、誤魔化し笑いを浮かべる。
「ううん、大したことじゃないの。ただ、あの戦場で私が短剣を渡した男の子と道中ですれ違わなかったか、ちょっとだけ気にして欲しいってだけなの」
その表情は、明らかにその男の子に好意を抱いているとわかるものだった。
「……パルベラ姫様。以前にも言いましたが」
「分かっているわ。あの子は他国の民で、私は神聖騎士国の騎士王家の娘。あの日だけしか交わることのない間柄だったってことはね。ただ、帝国の武器を拾い集めてお金に変えるほど生活に困っているようすだったから、ちゃんと暮らせているのかが気になるの」
パルベラ姫様は口では弁えたことを言ってはいるけれど、戦場で会った男の子に懸想の念があることは、上気した頬と浮かれて揺れる口調から推し量ることができた。
しかし困ったことだ。
人が恋をすることは正しい行いとはいえ、王家の姫が他国の平民に恋をするなんて、まるで劇の演目のよう。
そして恋に落ちた者に、道理を説こうと意味はないとも理解していた。
「はぁ、わかりました。私がノネッテ国に赴くことになったのなら、道中で姫様の短剣を持つ人とすれ違わなかったか、気にすることにします」
「ありがとう、ファミリス。あなたならそう言ってくれると思ったわ。では、御父様に私の考えの裁可を頂きにいきましょう」
パルベラ姫様は弾む歩調を隠そうとせず、部屋の外へと出ていってしまう。
その後ろを追いながら、私はお願いを請け負ったことを少し後悔しつつも、騎士王様の裁可は下りないだろうなと予想していた。
「それなのに、どうしてこうなった……」
愚痴る私は、神聖騎士国内の街道にいる。全身甲冑に身を包み、愛馬である漆黒の馬――ネロテオラに乗り、神聖術を全開にして道を駆けている最中だ。
あのあと、パルベラ姫様の意見が通り、騎士王様は私にノネッテ国と帝国の会談を見守る任務を申し付けてくださった。
騎士王様からの直々の任務。
本来なら誉れ高いと胸を躍らせるところだが、パルベラ姫様からのお願いが、私の心に少しだけ影を落とす。
「どこの国の者とも知れない男の子と、道々ですれ違わないか気にしないといけないとは」
道ならぬ恋なら諦めさせてあげるのが、年長者としての道理ではある。
しかしパルベラ姫様は、生まれてから先の戦争まで共に生きてきた、守役の方を失っていた。
その心の傷を癒すための特効薬に、姫様の恋心はなっている。
「薬を取り上げて少女を悲しみに暮れさせるなど、それは正しい行いではない」
そんな独り言を言いながら、私はネロテオラの進行を、街道から外させた。
このまま道なりに行くとノネッテ国に着くまで時間がかかるため、道なき道を一直線に踏破して行程を短縮するのだ。
人里離れた場所を行けば、人とすれ違うことはなくなるので、姫様からのお願いを気にしなくてもよくなるという小狡い考えも――いや、これは帝国の企みを挫くために、必要な行為。他意はない!
そうして、神聖騎士国の騎士なら出来て当然の人馬一体の神聖術を用いてネロテオラを強化しながら、道なき道を進み、山や谷を跳び越え、私は数日かけてノネッテ国の砦にたどり着いた。
崖から飛び降りて砦の中に着地すると、すぐに槍を持った兵士に囲まれた。
ほう、中々に練度がいい。
しかし神聖騎士国の騎士を相手にするには、力不足に過ぎるな。
ここは私の実力を知らしめて、砦の指揮官に出張ってきてもらうことが最前の手段だろう。
そう考え、剣を抜こうとしたところで、大声がやってきた。
「その人は神聖騎士国の方だ! 包囲を解け、敵意を向けるな! 丁重に俺の部屋まで案内するんだ!」
少年の声に聞こえるその言葉に、兵士たちは大慌てで従い、そして賓客を扱う様な態度に変わる。
いまの声が、この砦の指揮官か。
声の調子から、年が若いのでなければ、女性ということになるが……。
少し気にはなったが、私はネロテオラの背から降りる。
兵士が手綱を持とうとするが、それを手で制する。
「我が愛馬は、余人に触られることを極端に嫌う。迷惑はかけないよう躾けてあるため、この場に放置しておいてほしい」
「ハッ! こちらのお馬に、飼い葉や水は入用でしょうか?」
「とりあえず、与えてみてくれ。要不要は、我が愛馬自身が判断する」
「畏まりました!」
馬の世話をしてくれる人とは別の兵士に案内されながら、私は砦の中を進む。
そして廊下に並ぶ帝国の兵士に睨みつけられながら、砦の指揮官の執務室に入った。
まず目に飛び込んできたのは、帝国の執政官。こちらを憎々しげに睨んでいる。
続いて、執務机の向こう側に座る少年とその隣にいる老人。
兵士に命じた声からするに、あの少年がこの砦の指揮官なのだろう。
パルベラ姫様と同年代の子供を交渉という毒牙にかけさせないために、私は帝国の執政官に宣言する。
「どうやら、帝国の蛮行は止められたようだな! この私、ファミリス・テレスタジレッドが来たからには、万事任せておくといい!」
決まったと自画自賛したが、帝国の執政官といい、執務机の向こうにいる少年といい、困惑顔ばかり並ぶのはどうしてだろうか。
その後、少年がノネッテ国の末の王子である、ミリモス・ノネッテと知った。
お飾りの元帥であろうと、最初は判断したものだが、その交渉する姿を見て、私は意見を翻した。
ミリモス王子は自身の守役の言葉に従わず、自分の意見でもって、帝国の執政官と言葉をやり取りをしている。
私は武術には明るくとも、交渉事は疎い。
ミリモス王子が『土地は要らないから、書類をくれ』と言い出した意味がわからなかったが、帝国の執政官が悔しそうなので、王子が一本取ったのだと理解することにした。
「――紙きれ一つ用意できないはずがない」
と煽ってやると、帝国の執政官が親の仇を見る目を向けてきた。
やはりミリモス王子は帝国をやり込めているようだ。
私が気分よく交渉を見守っている間に、ノネッテ国と帝国との会談は終わったようだ。
ミリモス王子は交渉を終えたことに対する安堵を見せ、帝国の執政官もやり込められたが悪い交渉ではなかったと笑みを見せている。
ふむっ、両方とも納得の結果とは、珍しい結果に落ち着いたものだ。
話し合いが終わった直後に帝国側が去っていったので、私もお暇することにしよう。
礼儀として兜を外し、ミリモス王子とその守役と他愛無い言葉を交わしてから、場を離れるべく歩き出そうとする。
そこで、ミリモス王子が椅子から立ち上がってきた。
「では、砦の前まで案内しましょう」
その申し出を受けようと思い、兜を脱いで開けた視界の中で、改めてミリモス王子の容姿を見る。
そして気付く、彼の腰にある短剣の姿に。
驚愕と疑念がつい前面に出てしまったのだろう、ミリモス王子が私から距離を取るべく飛び退る。
「なんですか、いきなり!?」
「その短剣。どこで手に入れた」
端的に問いかけると、ミリモス王子が「パルベラ姫から貰った」と口にする。
ああ、なんてことだ。
パルベラ姫様のお願いを果たせたことはいい。
しかし姫様が短剣を渡した相手が、他国の取るに足りない平民ではなく、小国といえど帝国の執政官を相手取った、れっきとした王子だったなんて。
一縷の望みをかけて、誰かから奪ったり取り上げたものじゃないかと質問するが、ミリモス王子自身が受け取ったことに間違いないようだった
衝撃を受け止めきれなかった私は、任務終了を言い訳にして、この場から逃げることにした。
「急用ができた。これにて失礼する」
窓から外へ飛び出て、指笛で愛馬ネロテオラを呼び寄せ、その鞍に跨ると、神聖術を全開にして神聖騎士国を目指して駆けさせる。
しかし、ああ、この知ってしまった事実をどうしよう。
姫様からのお願いなので、パルベラ姫様に第一にお伝えするべきだろう。
でも、他国の要人が騎士王家の紋章入り短剣を持っているという重大な事実、騎士王様に第一にお伝えしないわけにはいかない。
頭を悩ませなければならない問題だが、唯一の救いは、ミリモス王子の人柄。
交渉の中で、帝国が提示した利益に目を曇らせずに、自国の民の生活を第一に考えていた。
あの人柄なら、紋章入り短剣を悪用されないようにするべく、特殊部隊を送らずに済みそうだ。