二百六十一話 ペローデン国の王
ペローデン国の王都に、俺はノネッテ国の軍隊と共に到着した。
王都の住民は、帝国の動きのみに注意を払っていたのか、俺たちの登場に大慌てだ。
それは王城にいた王や重鎮たちも同じようで、急ぎ使者をこちらに出してきた。
使者は立派な鎧を着けた人物で、お供に兵士を十人ぐらい連れていた。
「無礼者どもよ。お前たちがどこの国の者か、名乗るが良い!」
使者とは思えない高圧的な態度だ。
だけど、そうしなきゃいけない理由は、察しがついた。
なにせ使者のお供の兵士たちが、青白い顔色で怯えた表情をしている。
使者が強い態度を示し続けなければ、いますぐにでも逃げ出しそうだ。
「では、先ずは名乗りましょう。私の名前は、ミリモス・ノネッテ。『聖約の御旗』の盟主であったカバリカ国を攻め落とした人物だと言えば、分かりますか?」
「なんと! あの噂の王子!」
使者は驚いた調子で言葉を放つと、俺の後ろに控えているノネッテ国の軍隊へ目を向ける。
「それで、ミリモス王子。軍勢を連れて登場とは、如何なる所存か」
「ペルデン国からの要望を受け、ペルデン国とペローデン国との統一戦に、ペルデン国の側として参加したのです」
俺がペルデン国から受け取った書類を掲げてみせると、ペローデン国の使者は苦い顔をする。
「……話は分かりました。我が王のもとへ、ご案内いたしましょう」
「案内? 戦うのではなくて、ですか?」
「ミリモス王子ともあろうお方が、異なことをおっしゃいます。いまの我らが戦える状態であると、本当にお思いで?」
使者の視線を追って、俺はペローデン国の王都に視線を向ける。
王都の大扉では、ノネッテ国の軍隊の登場に狼狽えた住民が脱出しようとし、守護する兵士は扉を閉めようとし、結果的に両者が衝突して言い争っているような様子が見えた。
確かにあれでは、王都で籠城戦も出来やしないだろうな。
「分かりました。お招きに預かるとしましょう」
「では、ミリモス王子はこちらに。護衛は数名でお願いできればと」
ここで、ノネッテ国の軍隊に緊張が走った。
使者の言葉は、聞き方によっては、俺を王都に誘い出して暗殺しようとしているように聞こえなくもなかったからだ。
しかし、その緊張感は長続きしない。
俺がファミリスと訓練している様子を知る兵士たちが、俺に暗殺の心配をしてもしょうがないという空気を流し始めたからだ。
兵士たちの態度が様変わりしたことに、自分の発言の意味が分かっていない様子だった使者は、不思議そうな顔で見ている。
一方で俺は、お供を連れるかどうかを考えていた。
「お申し出は有り難いですが、私は一人で行くことにします」
もし本当に暗殺する気だったら、兵士を連れて行った方が、脱出することが難しくなる。
俺一人だけなら、神聖術で王都の壁を跳び越えて逃げることができるしね。
そんな思惑あっての発言だったのだけど、使者は感心したような顔つきになっていた。
「なるほど、噂に聞こえる方らしい豪胆さです」
そんな賛辞の言葉を送ってくれた後、俺を先導するようにして、使者は王都へと歩みを向けた。
俺はノネッテ国の兵士たちに、陣地作成と休憩の命令を出し、使者を追った。
俺がペローデン国の王都に入り、王城近くにやってくると、すぐにペローデン国の王との面会が叶った。
少しの待ち時間の後で、玉座の間に通された。
ペルデン国の玉座の間と似ている部屋を眺め、部屋の中にいるペローデン国の王と重鎮たちの姿も見る。
どうやら待ち時間の間に事情は伝えられていたようで、すぐにペローデン国の王が言葉を発してきた。
「ノネッテ国のミリモス王子。ペルデン国の援軍として、統一戦にやってきたというのは、本当のことかね?」
「本当です。こうして、書状も預かっています」
俺が証拠を見せると、ペローデン国王は苦々しい顔つきに変わった。
「帝国が侵攻してきたときの備えとして、兵の多くをエフテリア国の国境に配置したことが裏目と出たな」
王都にはまともな数の兵が居ないと、告白するに等しい発言だった。
ペローデン国の重鎮たちが驚く中、俺はこの発言にあるペローデン国王の意図を察した。
「戦わずに降伏する、ということで良いのですね?」
「仕方あるまい。お主との戦争を決意したとして、こちらがとれる手段は、王都の住民に武器を配っての籠城戦しかない。そして仮にその方法でお主とその軍隊を防げたところで、時間を置けば帝国が出張ってくる。要するに、詰んでいるのだ」
「負ける運命が決まっているのなら、人死が少ない方を選ぶ、ということでしょうか?」
「そうだ。無駄に死ぬ必要はあるまい」
ペローデン国王の施政者としての姿勢に、俺は感じ入っていた。
同じ国から別れたというペルデン国の王は、帝国の脅威に民を見捨てて逃げるような人物だったのにって、どうしても比べてしまう。
俺が感心していると、ペローデン国王は茶目っ気を見せるように苦笑いする。
「それに、ノネッテ国に下ることは、悪いくない選択だ。それも、ミリモス王子相手になら、望むべくもない」
「それはどういう意味です?」
「お主は騎士国の姫を妻に持ち、帝国の執政官と対等に渡り合う人物であろう。その者が攻め取った土地に対し、騎士国も帝国も手を出しづらくなるのではないかと、期待しているのだ」
言われてみれば、なるほどという理由だった。
騎士王にとって、娘の婿が手にした土地を攻めるような真似は、騎士国として『正しく』はないはずだ。
帝国にとっても、ノネッテ国が第三の大国になるお膳立てをしている手前、ノネッテ国の土地となったペローデン国を攻める意味は薄い。
まあ、この辺りの事情はペローデン国王は知らないだろうけど、騎士国も帝国も手を出しにくいという見解だけは正しいだろう。
「では、ペローデン国は国体を解体し、ノネッテ国に下るということでよいのですね?」
「その通りだ。騎士国と帝国の領土に挟まれるという不安は残るが、これは致し方あるまい。ミリモス王子の手腕に期待しよう」
肩の荷が下りたと言いたげなペローデン国王だが、俺には言わなければいけないことがまだある。
「私が攻め取った国を統治するにあたり、現地の者をそのまま登用していることは知っていると思いますが」
「聞いておるよ。ペルデン国の要望を受けたというからには、ペローデン国の土地はペルデン国王の下に統治されるのであろう。それもまた、致し方ない」
民を死なせるぐらいなら、といった苦渋の顔だ。
その顔を見て、俺は申し訳なくなった。
「ペルデン国の王と王族は、帝国の脅威に騎士国へと逃げました。なので、統治する際には、ペローデン国王がペローデン地域とペルデン地域の領主として、統治してもらうことになると思います」
「…………お主はペルデン国に求められて、我が国に攻め入ったのはなかったか?」
「いまの私の状況を正確に言うのなら、ペローデン国が帝国に攻め落とされる前に、こちらの統治かに置きたかったので、ペルデン国に協力を仰いだといった形ですね」
複雑な事情を隠しての要約に、ペローデン国王は空を仰ぎ見るように顔を上向かせる。
「このような形で、国土の統一がなるとはな。運命とは皮肉と、よく言ったものだ」
ペローデン国王は数秒身動きを止めた後、玉座から立ち、俺の前に進み出てから跪いた。
「ペローデン国はミリモス王子に降伏いたします」
「受け入れます。それと同時に要望します。ペローデン国王をペローデン地域とペルデン地域の領主に任命しますので、統治に手腕を振るってください」
「いまの配下をそのまま雇用しても、良いでしょうか?」
「構いません。むしろ、有能な人物ありながら派閥のしがらみとかで雇用できなかった者がいたら、俺の名の下で雇用していいですからね」
俺が冗談っぽく言うと、ペローデン国王は苦笑いしながら頷いたのだった。