二百六十話 ペローデン国の情勢
ペルデン国の王族と主要な貴族は財産を持って、カバリカ国を経由して騎士国へと旅立って行った。
彼らからペローデン国へ侵攻する大義名分を受け取った俺は、すぐにノネッテ国の軍隊を連れてペローデン国へ進軍することにした。
行軍の最中、ペルデン国の王族がカバリカ国の中を通って騎士国に向かった関係でか、ドゥルバ将軍は憤懣やるかたない様子だ。
「国の長ともあろう者が、戦で負けたわけでもないのに、土地と民を捨てて逃げるとは!」
「ドゥルバ将軍がペルデン国の将軍だったら、帝国が襲来してきても逃げたりしないってことで良い?」
「無論です! 帝国に勝てはしなくとも、この命尽きるまで戦う所存でありますとも! これはノネッテ国の将軍としても同じことであると、あえて言わせていただきたい!」
ドゥルバ将軍は、母国であったロッチャ国が滅んでロッチャ地域と変わった。その原因の一端を自身が担っていると思っているのか、二度と所属する国は滅ぼさせないとばかりに、熱弁してきた。
その様子を俺は嬉しく感じながらも、ちょっとだけ不満に感じる部分もあった。
「ノネッテ国の将軍の言葉なら、帝国に勝ってやるぐらい、言ってほしかったところだね」
「……それは無理でしょう。二大国の片方ですぞ。いまの我らで、勝てる目はないかと」
「俺もそれは分かっているけど、気持ち的にね」
魔導鎧という兵器を運用できるドゥルバ将軍でさえ、帝国には勝てないと感じている。
ましてや弱小の兵しか持たない小国の王なら、勝てないと悲観して国を捨てても致し方がないのかもしれない。
俺の不満げな様子が伝わったのか、ドゥルバ将軍が話題を変えてきた。
「それで、ペルデン国の王がくれた、ペローデン国へ侵攻する大義名分とは?」
「国が分かれたとき、いつか『統一戦』を行うことを、調印したんだって。その調印書だよ」
「なるほど。ペルデン国がノネッテ国に降ったことで、調印書の所有権がノネッテ国に移ったということですかな?」
「それだと調印書の効力が失効しちゃうよ。いまのところペルデン国の要望で、ノネッテ国がペローデン国の援軍として侵攻するって形になっている」
ロッチャ国がノネッテ国に攻め入った理由であった、帝国からの『同格国証明書』。
同格国証明書をロッチャ国がどう活かそうとしたのか。その方法を、この調印書に流用している形になっている。
この活かし方のことは、ドゥルバ将軍はもともとロッチャ国の将軍だったことから、直接言うべきじゃないものと感じて黙ることにした。
でも、俺の心の言葉を察知したのか、ドゥルバ将軍は苦笑いを浮かべた。
「ミリモス王子が気にすることはありません。あの戦いにまつわる様々なしがらみは、我が両腕と共に過去に置いてきたと思っておりますので」
「そう言ってもらうと助かるよ。いまじゃ、ドゥルバ将軍なしでロッチャ地域――ノネッテ国の軍隊の運用は考えられないからね」
かつては敵だったのに、いまじゃ肩を並べて行軍する間柄だ。
未来で人間の関係がどう変化するなんて、わかったもんじゃないな。
そんなことを考えながら、一路ペローデン国に向かっていく。
ペローデン国に入ると、家財道具を積んだ馬車や人力台車の群れに出くわした。
俺たちが訝しげに見ながら行軍を続けると、車の群れが止まり、数人の男たちが青い顔色でこちらに近寄ってきた。
男たちの姿格好から、商人や地域の有力者であることが見て取れた。
「た、大変に不躾でございますが。どこの軍の方でございましょうか」
こちらを刺激しないよう、大変に下手に出た態度と言葉だ。
俺はドゥルバ将軍に目を向けたが、俺が発言するべきだという目を返されてしまった。
「それじゃあ――俺たちは、ペルデン国の要望を受け手ペローデン国を攻め落としにきた、ノネッテ国の軍隊だ」
俺の言葉に、男たちはへたり込むように座り込み、こちらを拝みだした。
「お願いでございます。我らを見逃してはいただけませんでしょうか!」
「コンタマ国――騎士国コンタマ領へと逃れる途上なのです!」
「多少の金品であれば融通いたします! どうか命と食料だけは!」
俺はどうしたものかと頭を掻く。
別に彼らをどうこうする積もりはないけど、見逃す見返りを要求した方が彼らも安心するはずだ。
ここで俺は、彼らを見逃すうまい理由を思いついた。
「金品は要らない。その代わり、情報が欲しい」
「じょ、情報でございますか。それは、どのような?」
「諸君たちは有力者であったと見受けた。有力者であれば、ペローデン国の王や側近の動きを、なにか把握しているはずだ」
「王や側近――つまり、ペローデン国の中枢の動きを知りたいわけですね?」
「その通り。教えてくれたら、我らは君たちを素通りする」
方便のための言葉だったけど、男たちは口々に言葉を放ち始めた。
「帝国がエフテリア国に攻め入ったと情報が入り、王城では帝国との交戦派と降伏派、そして騎士国に編入を申し込む勢力で意見が割れていると言われています」
「降伏派が優勢と話は聞きます。ですが帝国に力を見せた方が、統治された後の待遇が良い方に変わるんのではないかという意見もあるようでして」
「騎士国に入る案の中にも、帝国と戦って見せた方が、騎士王の覚えも目出度くなるのではないかと……」
つまり、国の舵取りが定まらないことを知って、この男性たちは国の将来を不安に思い、こうして騎士国に向けて逃げだしているというわけだ。
そして王城で議論が紛糾していることは、俺たちノネッテ国の軍隊にとっては朗報だ。
国の中枢が混乱しているのなら、組織的な軍の運用は難しくなるからだ。
「良い情報をありがとう。さあ、行っていいよ」
俺が許可を出し、身振りする。
ノネッテ国の軍隊は隊列の真ん中から左右に分かれ、ペローデン国から逃げる者たちが通る道を作った。
男たちは、俺に何度も礼を言いながら車の列に戻り、急いでノネッテ国の軍隊があけた道を通っていく。
彼らの姿が遠くに行ったところで、ノネッテ国の軍隊は隊列を整え直し、ペローデン国の王都へ向けて再出発した。
ペローデン国の王城は混乱しているという情報は本当だったようで、俺たちは主要街道を進んでいるのにもかかわらず、ペローデン国の軍隊が出てくることがない。
そして、そのままあっさりと、ペローデン国の王都に俺たちはついてしまったのだった。