二百五十九話 滅ぶ歴史
帝国の侵攻を受け、俺はペローデン国の侵攻について、ペルデン国の王と直接話し合うことにした。
ドゥルバ将軍にノネッテ国の軍隊の統率を任せ、俺はペルデン国の王城へと急いだ。
前触れは出していたので、すぐにペルデン国王に会うことができた。
多数の臣下に囲まれる中で玉座に座るペルデン国王は、六十歳を優に超えた見た目の老王だった。
「よくぞ参られた」
ゆったりとした口調の王に、俺は軽い礼を返した。
この軽い礼で、俺自身は貴方と同格以上である思っていると示したわけだ。
ここで反発があれば、多少のやり取りが必要になったのだろう。
だけど、ペルデン国の老王は身振りで、要件を言えと伝えてきた。
「帝国の侵攻のことは知っていると思いますが、ペローデン国を手にしようとするのなら早い方がいいでしょう」
「お主は、帝国がエフテリア国の次に、ペローデン国も手に入れると考えているのかの?」
「手に入れずとも、ペローデン国が戦場になる可能性は、十分にあるかと」
「帝国と騎士国の間に挟まれた国は、両国の戦場となって滅ぶ。幾度もあった、過去の出来事であるな」
ぺルデン国王は疲れ切ったような溜息を吐いた。
恐らく、帝国と騎士国の戦いによって滅んだ国のことを、思い返しているんだろうな。
少し間を置いて、ペルデン国王は口を開いた。
「帝国と騎士国の間に挟まれた土地は滅ぶ。そのことは歴史を見れば分かること。であれば、このペルデンの地も、その定めからは逃れられまい」
諦めきった口調に、思わず言い返したくなった。
「滅ぶとは限らないのでは?」
「確かに決定したわけではない。だが、ここにいる一同は、そう考えた」
ペルデン国王だけでなく、玉座の間に集まった臣下も、ぺルドン国の土地が駄目になると考えているわけか。
「考えは分かりました。それで、滅ぶと考えるから、どうする気でいるのですか?」
「倒れ行く木の下に居続ける馬鹿はいない。この土地から脱出する」
「……土地を捨てて、民を捨てて、逃げるというわけですね」
「元より、この土地は貴殿の国の領土になると、約定を結んでいたのだ。ペルデン国を守るためならまだしも、ノネッテ国の土地を守るために、我らが命を張る意味はあるまい」
ペルデン国王の言葉を、俺は詭弁だなと感じた。
要するに、怖気づいたんだ。
騎士国と帝国の間に挟まれたことで、いつ戦場になるか分からなくなった土地。そこに住み、命の危機を感じ続ける未来。それに耐えられないと判断したんだ。
気持ちは分からなくはないけど、国民を捨てて逃げる判断をする必要があるのか、俺には疑問だった。
しかし、俺が言ったところで、考えは変えないだろうという予感もあった。
俺は説得を諦め、話題を前に進ませることにした。
「貴方がたが土地を離れることは分かりました。どこか行く場所に目処があるのですか?」
「騎士国に身を寄せる。過去、騎士国と帝国に間に挟まれて滅んだ国。その国民の多くは、騎士国に保護してもらっている。その過去を、我らも踏襲するのだ」
「国と民を捨てて逃げた貴方たちを、『正しさ』を標榜する騎士国が快く受け入れてくれるとは、とても思えませんが?」
「民を連れての脱出であれば、騎士国とて受け入れてくれよう」
その発言に対し、俺は目を眇めた。
「国民と共に逃げることはいい判断でしょう。でも、貴方の言う民とは、この場所にいる臣下とその家族のことでは?」
「我らに長年仕えてくれた者も、連れていく」
やっぱりペルデン国王は、限られた人たちと脱出し、民の多くを見捨てる気でいるようだ。
俺は、その勝手な判断に腹を立てた。
けど怒声を浴びせるのではなく、建設的な話し合いを続けることを選んだ。
「捨てる土地と民なら、俺が拾っても文句はありませんね?」
「無論だ。隙にすると良い。もっとも、騎士国と帝国に挟まれた土地に、民が残るかは疑問が残るぞ」
「ペローデン国を攻める口実も、もう要らないでしょう。こちらに渡して貰っても?」
「構わぬ。もう要らぬものであるからな」
ペルデン国王が身振りすると、臣下の一人が古びた書類を差し出してきた。
受け取って内容を検めると、ペルデン国とペローデン国が分かれた歴史が書かれていた。
そして元となる国の王族の直系が、ペルデン国の王族であることが示されていた。
これはペルデン国の資料だ。内容に疑問はある。
けれど、ペローデン国を攻める口実――正当な王族の下に分かれた国を統一するという名分は、立てることができる。
「受け取りました。これでペローデン国を攻めることができます」
「それが必要となるか分からぬぞ。ペローデン国とて、逃げる算段をしている最中であろうしな」
ペローデン国の王族も逃げるはずと口にして、ぺルドン国王は玉座から立ち上がった。
「いまこのときをもって、ペルデン国はノネッテ国の土地となった。後は貴殿の好きにするといい」
「では好きにさせていただきます。でも、ペローデン国を攻める日まで、ペルデン国は表向き、国のままにしておきますけどね」
「……酔狂よな。滅ぶ土地を手に入れるために動こうとするなどな」
ペローデン国王は、俺を理解することを諦めた態度で、玉座の間から立ち去った。
臣下たちも、思い思いに立ち去っていく。
彼らの態度は雄弁に、この土地はもう自分たちのものではないと語っていた。