二百五十七話 カタート第三王子
ノネッテ国の軍隊がカバリカ国の王都に入り、王城への道を歩いていく。
「民よ聞け! カバリカ国の王は、我が軍の威容の前に逃げ去った! 故にこの国は、我がノネッテ国のものとなった! 以後、貴様らもノネッテ国の国民となると心得よ!」
ドゥルバ将軍が馬車に乗りながら、ノネッテ国の戦勝を周囲に喧伝する。さらには、魔導鎧を着た兵士に、磔にされたテスタルドを持たせながら練り歩く。
それを受けたカバリカ国の民はというと、戦争に負けた悔しさ半分、王都内が戦場にならなかった安心半分、と感じる表情をしていた。
そんな感じに行進し続けた俺たちは、王城へと入った。
入城した俺たちを、カバリカ国の貴族か役人かはわからないが、何人かの中年男性たちが城の玄関の手前で待ち構えていた。
「お待ちしておりました。カタート第三王子が謁見の間でお待ちです」
カバリカ国の中年男性の一人が発した言葉に、俺は眉を寄せ、ドゥルバ将軍は激昂する。
「貴様! 敗けた側の分際で、勝者たる我らに足を運べと言うのか! 道理を考えれば、カタート第三王子とやらが、この場で首を垂れて服従の誓いをするべきであろうが!」
ドゥルバ将軍の怒声に、中年男性たちは震え上がって弁明を始めた。
「そ、それがその。我らもカタート様に、そう忠言申し上げたのですが……」
「城から出るのは怖いと、そう仰られまして」
「ご自室から出るのすら渋ったところを、どうにか謁見の間まで連れ出すことができたぐらいでして」
彼らの言葉に、俺とドゥルバ将軍は呆れてしまった。
「一人だけ城に残って降伏する判断を下したと聞いたから、城を捨てて逃げた父親に似ず、勇敢な人かと思ったのに」
「城から逃げることすら怖がっているとは、親以上の腰抜けのようですな」
俺たちは随分と酷いことを言っているが、中年男性たちは苦笑いするだけで怒る様子はない。
どうやら口には出さないだけで、俺たちと同じように考えているらしい。
「仕方がない。こちらが足を運びますよ」
「そ、そうしてくだいますか。大変にありがたいことで」
俺が譲歩すると、中年男性たちは物凄く安心した顔になる。
ここで俺が怒って「無礼千万! 腹いせに、この王都を灰燼に帰してやろう!」って言い出すことも、あり得る場面だったしね。
大人しく謁見の間に進んでくれるだけでも、彼らにとっては有り難いことなんだろうな。
俺は王城の手前にドゥルバ将軍を残し、中年男性たちの先導のもと、精鋭の兵士を連れて王城の中へと踏み入った。
一応は敵のテリトリーなので、周囲を警戒しながら謁見の間までの道のりを進んでいく。
ここで柱の陰に伏兵がいて、俺に斬り込んできたりしたら、大変なことになるからな。
ファミリスに鍛えられた俺が対処できないわけはないけど、闇討ち同然の真似をされては、今のような穏当な態度を取り続けるわけにもいかなくなっちゃうしね。
そんな俺の危惧とは裏腹に、あっさりと謁見の間に到着する。
大扉が開かれ、見えた光景の中にある玉座に、一人の少年が座っていた。
仕立ての良い青い服を着た、茶色い巻き毛の短髪を持つ、十二、三歳ぐらいの見た目。
扉を開けて入ってきた俺たちを見て、急にオドオドびくびくした態度になったことも加味して考えるに、あれがカタート第三王子なんだろうな。
そんな観察をしながら、俺は無遠慮に彼に近づいていく。
すると、およそ十メートルほどの距離になったところで、カタート第三王子が急に大声を上げた。
「降伏する、降伏する! だから、それ以上、近づかないで!」
声変りが終わりきっていない甲高さが残る悲鳴に、俺は耳の痛さを感じて、思わず眉を寄せる。
すると、俺が不愉快に思ったと見たのか、カタート第三王子は急にガタガタと震え始めた。
「だ、だから嫌だったんだ! こんな役目、父様や兄様たちがやるべきだ! なんで僕が!」
まるで俺に殺されると訴えるような言い方を、俺は心外に思った。
しかしここで変に宥める言葉をかけると、逆効果な予感もしている。
だから俺は、ここはあえて事務的な物言いに終始することに決めた。
「カタート第三王子。その降伏の意思は、一人の王子としてではなく、カバリカ国の責任者としての言葉であると、受け取って構いませんね?」
「そ、そうだよ! 父様と兄様も逃げたから、降伏する決定権は僕にあるって、大臣たちが言ったんだ! だから僕は、降伏するって決めたんだ!」
「分かりました。では今このときをもって、カバリカ国はノネッテ国に降伏したと、この俺――ミリモス・ノネッテが承った」
俺の言葉に、カタート第三王子は少し安堵した様子を見せた。
恐らく、重大仕事を終えたと安心したんだろう。
でも、安心してもらっては困る。
俺は、彼に聞かなきゃいけないことがあるんだから。
「それで、カタート第三王子。貴方はこの後、どうするおつもりで?」
「どうするって、どういうことだよ。僕を殺す気なのか!?」
「いいえ、殺しません。ですが身の振り方をどうするかは決めていただく。降伏したからには、この城はノネッテ国のもの。貴方にいつまでも居られては、困るのですが?」
「それは、その。ええっと……」
カタート第三王子は、再びオドオドした態度になると、必死に頭を働かせる様子になる。
多分、下手な望みを言って俺の気を悪くすれば、最悪殺されるとでも思っているんだろう。
ここは安心させるためにも、殺す気はないと、もう一度伝えておくべきだろうか。
そんなことを考えながら待っていると、俺を案内してくれた中年男性の一人が声を上げた。
「カタート様の身は、当方が預かってもよろしいでしょうか?」
「貴方が?」
不思議に思って問いかけると、中年男性は懇願するように跪いてみせる。
「王家とわたくしめの家は、少し遠縁ながら親戚の間柄。見捨てることはできません」
「事情は分かったが。滅んだ国の王族を手の内に留める判断が、どのような不利益をもたらすか、分かっているよね?」
「はい。我が家は、カバリカ『地域』から追い出されることになるでしょう。そしてどこに住もうと、反乱の芽が芽吹いていないか、常に監視されることとなるでしょう」
「そんな不利益を被っても、カタート第三王子を庇護すると?」
「それだけが、我が家が長年仕えた王家と親戚たる子供にしてやれる、精一杯のことです」
見るからに本心からの言葉を言っている。
腰抜け王族が持つにしては、過ぎた忠臣だな。
俺は少しカタート第三王子の処遇を考えてから、この中年男性に聞くことにした。
「貴方の名前と、カバリカ国における役割は?」
「ハキ・ワミニーフ男爵。職務は財務大臣をしておりました」
金の魅了に晒され続ける財務大臣を任命されてもなお、この実直忠実な性格なのか。
ワミニーフ男爵の気質は筋金入りだな。
「分かった。ワミニーフ男爵の言葉を受け入れる。カタート第三王子は、貴方が預かって良い」
「有り難き幸せに存じます」
「それに伴い、ワミニーフ男爵には悪いけど、カバリカ『地域』から別の場所に居住場所を映してもらう。それも、俺の指定する場所にだ」
「……分かっております」
「場所は、ルーナッド地域の旧王都。そこで、財務大臣として培った手腕を、いかんなく発揮して欲しい」
俺の言葉に、ワミニーフ男爵は困惑した顔を上げる。
「わたくしめに、ルーナッド地域にて財務大臣になれと?」
「あそこはもう国じゃないからね。大臣じゃなくて、財務責任者ってことになるだろうけどね。どう、やってくれるかな?」
俺が軽い口調で問いかけると、ワミニーフ男爵は深々とした礼をする。
「度重なるご温情。このワミニーフ。死しても忘れはしないと、お誓いいたします」
「そう重く考えなくていいよ。これから先、この近辺は少し慌ただしくなるだろうからね。ルーナッド地域は要所として、安定させておきたいってだけだから」
「かしこまりました。微力を尽くさせていただきます」
俺とワミニーフ男爵で話が付いた。
しかし、カタート第三王子は話に付いていけていなかったようで、困惑した顔をしている。
「ね、ねえ。僕は殺されないんだよね、ね、ね?」
自分可愛さの発言だけ繰り返す、カタート第三王子。
忠臣が我が身を捨ててでも保護しようとした相手にしては、あまりにも情けない相手じゃないかと、俺は思わずにはいられなかったのだった。