二百五十六話 カバリカ国 王都陥落
カバリカ国の王都へ進軍中に、ドゥルバ将軍から提案があった。
「カバリカ国は、軍事力をテスタルド殿に頼っていたところが大きい。であれば、彼を捕虜としたことを喧伝すれば、おのずと降伏するのではないかと」
「いい案だと思うけど、喧伝ってどうやって?」
「なに。晒しものにすればよろしい」
俺はどうするのかと首を傾げたけど、とりあえず許可を出してみた。
ドゥルバ将軍は早速と、兵たちに命じて、テスタルドを晒し者にする準備を始めた。
そうして出来上がったのは、縄でぐるぐる巻きにしたテスタルドを太い材木に括りつけた、いわゆる『磔』だった。
「むごーーーーーー!」
俺が見ている前で、猿ぐつわされたテスタルドが、扱いを抗議するようなうめき声を上げている。
その気持ちは分かるので、俺はそっとテスタルドから視線を外し、ドゥルバ将軍に顔を向ける。
「効果的とは思うけど、捕虜の扱いとしてはどうなの?」
「刎ねた首を槍先に刺したわけでもなし。至って良心的と思いますが?」
ドゥルバ将軍と俺の捕虜の扱いに対する認識が違っている。
そこで俺は、近くにいる兵士たちの表情を伺い、どっちの価値観が正しいか推し量ることにした。
兵士たちの大半が苦笑いと呆れ顔で、同情する類の表情は皆無だった。
つまりは、俺の考えの方が少数意見ということだな。
「テスタルド殿の扱いは、置いておくとして。喧伝するからには、甲冑を着けた人を括りつけた柱を、掲げて歩くってことだよね。大変じゃない?」
「なに。新型の魔導鎧は、稼働時間が長いですからな。交代交代に使えば、消耗は最低限に抑えられるはずかと」
それもそうだとドゥルバ将軍の意見に納得し、磔にされたテスタルドを掲げての行軍を始めたのだった。
カバリカ国の王都にたどり着くと、敵兵が陣を敷いていた。
しかし、前回戦ったときよりも、大分人数が減っている。おおよそ半減といったところだな。
こちらが打ち倒した分を考えても、異常な数減っているように見える。
「『聖約の御旗』の同盟国が、派遣した兵士を引き上げさせたのでしょうな」
ドゥルバ将軍の意見に、俺も同意だ。
「アレぽっちの軍勢じゃ、こちらの兵力を受け止めるには不足だね」
「魔導鎧を出すまでもなく、勝てますな」
ドゥルバ将軍は、骨のない相手を惜しむような表情を浮かべた後、自分が乗る馬車を前に進ませた。
その後ろを、テスタルドを磔にした木材を抱えた、魔導鎧を着た兵士が続く。
テスタルドの情けない姿が見えたのか、カバリカ国の兵士たちに動揺が広がる素振りが、遠目の俺でも確認できた。
その動揺を見取ってか、ドゥルバ将軍は大声を放つ。
「見ての通り! お前たちが当てにしていたテスタルドは、こうして我が軍の手に落ちた! 無意味な抵抗は止め、降伏せよ! さすれば寛大な処置が、この軍の総司令官たるミリモス王子から下されるであろう!」
いつ俺が総司令官なんてものになったのだろうか。
いやまあ、ちゃんとした役職がない俺を持ち上げるため、ドゥルバ将軍がでっち上げたんだろうけどね。
そんなことは兎も角としてだ。
テスタルドを捕虜にした影響は大きかったらしく、カバリカ国の兵士の多くが戦意を失っている様子がよく見えた。
それこそ、敵指揮官が怒鳴って士気を保とうとしても、武器を置いたり座り込んだりする兵士が後を絶たないほどだ。
そこに更に、ドゥルバ将軍が急かす大声を放つ。
「さあさあ、返答は如何に!」
まるで返答がないのなら攻め滅ぼすと言わんばかりの恫喝めいた声に、敵軍の指揮官たちの様子が変化する。
指揮する部隊から離れて、指揮官同士が集まり協議を始め出したのだ。
それから少しして、指揮官の中から一人が出てきて、悲痛な響きのある声を張り上げたた。
「我らだけでは、降伏とも徹底抗戦とも、返答できない。王の裁可が要るのだ!」
「亡国の危機だというのに、そちらの王は戦場に居ないとは、なんたる腰抜けか! だが仕方なし。その腰抜けの王に、早く決断して貰うのだな! 我らの気は、さほど長くはないぞ!」
ドゥルバ将軍が明らかに恫喝すると、その指揮官は背後にある王都へと走っていった。
「この調子だと、返答がくるまで時間がかかるかもね」
「もはや滅ぶ手前だというのに、降伏とも交戦とも、すぐに決断できないと?」
「さっきドゥルバ将軍が自分で言ったじゃないか。カバリカ国の王は腰抜けだってさ」
「腰抜けであれば、降伏するものでは?」
「王都を戦場にする状況で前線に顔を出さないってことは、国も民も捨てて逃げる気じゃないかって、俺は思うけどね」
「むむっ。それはあり得ますな」
さて、どうなるかなと待っていると、少しして離れていた敵指揮官が戻ってきた。
「我らは降伏する! 寛大な処置をお願いしたい!」
俺たちの予想に反しての、素早い決断だ。
予想が外れた腹いせを少し込めて、俺が大声で問いかける。
「降伏するという判断は、そちらの王の決断と考えて、構わないか!」
俺の問いかけに、敵指揮官は戸惑う顔を見せる。
おいまさか、前線指揮官の独断じゃないだろうな。
そんな疑いを持っていると、敵指揮官が大声で返してきた。
「我が王と宰相殿は、王都から脱出なされた! そのため、王城に一人お残り下さった、カタート第三王子が代理として判断なされたのだ!」
おいおい。やっぱり予想通り、逃げているじゃないか。
俺は顔を顰めながら、ドゥルバ将軍に耳打ちする。
「逃げた王と宰相を追いかけた方が良いよね?」
「それはその通りでしょうが、我が軍は逃走者を追いかけることに不得手ですぞ」
重装歩兵中心の編成だもんな。
逃げる先が分かっているのならともかく、あてなく探す場合だと、足の遅さから逃げられてしまうに違いない。
「じゃあここは、先に王都を占領して、ノネッテ国がカバリカ国を占領したと方々に発信した方が良いね」
「その報せを知り、逃げた王と宰相が蜂起してくれれば、探す手間が省けますからな」
とりあえずの方針が決まったところで、俺が敵指揮官に返答することにした。
「了解した! カタート第三王子殿の判断による降伏を受け入れよう! これから我らは王都を占領支配するが、粗略な真似はさせないことを、ノネッテ国ロッチャ地域領主ミリモス・ノネッテの名の下で誓う! 安心するといい!」
俺の宣言に、敵指揮官だけでなくカバリカ国の兵士たちも一様に安心した様子になった。
さてさて、これから王都を占領するにあたって、件のカバリカ国の第三王子とやらに会っておくとしようかな。