二百五十四話 カバリカ国と戦争開始
カバリカ国の国境まで、ノネッテ国の軍隊を進ませ終えた。
すると、カバリカ国の軍隊が布陣している様子が見えた。
どうやら野戦で決着をつける気のようだ。
「我らがルーナッド国にて、王城を瞬く間に陥落せしめましたからな。籠城戦では勝ち目がないと、そう思ったのではないかと」
ドゥルバ将軍は『愚かな判断』と言いたげに口元に笑みを浮かべると、偵察兵にカバリカ国の軍隊の様子を探るよう命令を出した。
ほどなくして敵情視察を終えた偵察兵が、俺とドゥルバ将軍に報告する。
「敵側の兵数、多く見積もっても三千も居ません。恐らく『聖約の御旗』の兵力が、集中しきれていないのではいかと」
三千もいないということは、こちらと同数と考えていいかもしれないな。
となると、気にするべきは一つだけ。
「騎士国らしい人――白い鎧の兵士や騎士は居たかな?」
「一人だけ見ましたが、カバリカ国の宰相と話していたので、彼の者はテスタルド元騎士ではないかと」
「つまり、騎士国の軍隊は確認できていないってことだね?」
「間違いありません」
偵察兵の報告に、俺は思わず思案顔になる。
今回の進軍の大義名分は、各種証拠を取り揃えて体裁は整えてあるけど、でっち上げに近いもの。
カバリカ国が騎士国に助けを求めたら、騎士国の軍勢が出張ってきてもおかしくはないと、俺は考えていた。
しかし偵察兵によると、騎士国の軍勢の姿はないという。
となると考えられる事は、騎士国が俺たちの大義名分を認めたか、もしくは俺たちが越境するまで隠れ潜んで待ち受けているかだ。
どちらの可能性もあり得るけど、俺たちが越境しないことには事態が動かないことは事実だな。
「よしっ。カバリカ国に侵入し、そのまま戦闘に移行するよ!」
「了解です――魔導鎧部隊、前へ! 重装歩兵はその後ろに!」
ドゥルバ将軍の号令に、魔導鎧を着けた三百余名が最前列に、重装歩兵千五百人が後ろへ配置転換し、隊列を整える。
「突撃する!」
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」
雄叫びを上げて、魔導鎧の部隊を先頭に、全軍が一丸となってカバリカ国の軍隊目掛けて駆け始めた。
こちらの突撃に、カバリカ国の軍隊は即応した。
「方陣を堅持せよ! 長槍と盾で相手をけん制するのだ!」
カバリカ国の将軍らしき人物の声が、馬に乗って突撃している俺の耳に届く。
カバリカ国の軍隊を見れば、大盾と長槍を持った兵を最前列に配置する方陣を敷いている。そして方陣の内側には弓兵が存在している。
盾兵で防御し、弓兵で削る、兵法書でよく見る陣形かつ兵の運用法だった。
でも、オーソドックスに過ぎるよな。
「騎士国の元騎士が居る国とは思えない、稚拙な戦術だよなぁ」
確かに、同じ装備と同じ兵数の戦いなら、カバリカ国の軍隊の布陣は手堅い戦術だ。
でも、遠目から見て分かるほどに、カバリカ国の装備はロッチャ地域で作られる装備より劣っている。
それこそ、あんな作りが粗雑な槍の穂先では、魔導鎧どころか重装歩兵の鎧すら突き通せないと分かるほど。後ろに控える弓兵の装備も、押して知るべしだ。
カバリカ国の軍隊から矢が放たれたが、俺が見取った通りに、振ってきた矢は先頭を走る魔導鎧の装甲に弾かれて有効打が一つもなかった。
そして走る勢いのままに、魔導鎧の部隊がカバリカ国の方陣に突っ込む。
「「「ぬおおおおおおおおおおおお!」」」
猛牛のような雄叫びを上げて、魔導鎧の部隊が手持ちの武器を振り回す。
カバリカ国の軍隊が持つ槍がまとめて折れ飛び、盾もひしゃげて使い物にならなくなった。
たった一撃でカバリカ国の方陣に穴が空いた。
その穴を、魔導鎧部隊は武器をさらに振るうことで大きく広げていく。
でも、カバリカ国の軍隊もやられてばかりではない。
空けられた穴を逆用する形で、魔導鎧部隊を包囲して叩くべく部隊運用を始める。
しかし、魔導鎧部隊の暴虐に対抗するには、カバリカ国の兵士たちの装備は貧弱過ぎた。
下手に部隊を動かせば動かすだけ、被害が広がる結果になってしまっている。
そうしてカバリカ国の方陣が混乱しているところに、少し遅れて走ってきたノネッテ国の重装歩兵隊が襲撃する。
「魔導鎧にかまけて、オレたちへの備えが粗雑とはな!」
俺の近くにいたノネッテ国の兵士が、そんな大声を発しながら長柄の武器を振る。
遠心力を得た武器が、カバリカ国の兵士を盾ごと転倒させる。そして転がった敵兵の腹を、ノネッテ国の兵士は力強く踏み付けることで殺した。
そんな観察を終える間もなく、俺もカバリカ国の兵士たちに斬りかかっていた。
「たああああああああああああ!」
ロッチャ地域製の鋼鉄剣を使い、神聖術で強化した膂力で振るって、カバリカ国の兵士の盾を両断した。
盾を失った事実に間抜け面を晒す敵兵を、俺は返す刃でその首を斬り落とす。
続けざまに、手近な敵兵を五、六人斬り捨てたところで、俺に近寄ってくる馬の蹄の音が聞こえてきた。
顔を上げて周囲を見回せば、方陣の中を突っ切ってくる馬体が見えた。
しかしそれは、ノネッテ国の馬じゃない。カバリカ国の馬が、味方を掻き分けながら近寄ってきているんだ。
その馬上には、白い鎧を着けた人物。
テスタルド・ジュステツィア元騎士だ。
「ミリモス王子、覚悟!」
一目散に俺に目掛けて突っ込んでくる。
しかし、テスタルドの言葉は一騎討ちの申し込みじゃない。
なら、わざわざ一対一で相手にしてやる道理はない。
「魔導鎧部隊、彼の相手をしてやれ!」
俺の号令に、魔導鎧部隊の内、最新式の魔導鎧を着けた五名が反応した。
「乱戦の中でミリモス王子を狙うとは、いい着眼点だが、させるものかよ!」
「騎士国の元騎士ならば、相手にとって不足なし!」
「この魔導鎧の性能、お前で試してやる!」
テスタルドの進路を阻むように、魔導鎧の五名が展開。
一人が馬を受け止め、他の四人がテスタルドに武器を突き込む。
「ぬぅ、邪魔だてするな!」
テスタルドは止められてしまった馬から跳躍し、こちらに飛びかかってきた。
空中を飛びながら、大上段からの馬上剣での一撃だ。
まともに食らったら、防御ごと打ち砕かれてしまうかもしれない。
だから俺は、手近にいたカバリカ国の兵士の腕を掴んで引き寄せると、神聖術で強化した腕力任せにテスタルドに投げつけた。
「おはうろおおおおおおお!?」
俺が投げたカバリカ国の兵士は、変な声を上げながらテスタルドに飛んでいく。
テスタルドは、進路を阻む味方を斬ることができなかったのだろう。飛んできた兵士を受け止めると、そのまま地面に着地する。
「おのれ。人質を使って攻撃を防ぐとは、卑劣な真似を」
「俺は、騎士国の騎士じゃないからね。戦の作法を守るよりも、戦場で生き残ることこそが『正しい』んだよ」
テスタルドに向かって言葉を吐き捨て、俺は別のカバリカ国の兵士へと斬り込んでいく。
敵に背を向けるに等しい行為だけど、心配はいらない。
件の最新式の魔導鎧を着た五人が、テスタルドを包囲しているのだから。
「カバリカ国の軍の中で、怖いのはお前一人!」
「ここで抑えきれば、我らの勝利は確実だ!」
「剥奪されたとはいえ、騎士国の騎士であった者を侮るでないぞ!」
魔導鎧の五人が、テスタルドと戦闘を開始した。
その様子を横目に見ながら、俺はこちらの思惑通りに事態が推移していることを確信した。
「五人がテスタルド殿を抑えている間に、一気に敵兵を全滅させるぞ!」
「「「「おおおおおおおおおお!」」」」
俺の発破を受けて、ノネッテ国の兵士たちが雄叫びを上げて攻撃する。
こちらの攻撃の圧力が上がったことで、カバリカ国の方陣はもう崩壊寸勢にまで陥っていた。