二百五十三話 進軍中
ノネッテ国の軍隊の戦闘準備が整った。
そのタイミングで、アコフォーニャ国はノネッテ国に下ると宣誓し、アコフォーニャ地域と変わった。
アコフォーニャ地域の領主となった元アコフォーニャ国王は、すぐにカバリカ国を始めとする『聖約の御旗』へ非難声明と宣戦布告を出した。
『アコフォーニャ国がノネッテ国に下らなければならなかった理由は、カバリカ国が『聖約の御旗』で専横してアコフォーニャ国に損害を与え続けてきた所為である。この国体を失うという被害を補填するため、カバリカ国に代価を支払わせる!』
カバリカ国が受けた被害の証拠として、『聖約の御旗』の席次が末席であったこと、連合の加盟国へ供出するよう求められた農産物の一覧、先の連合軍が接収した村々の被害の概容、その他細々とした供出物の羅列が、宣戦布告に付随して送付された。
これに対し、カバリカ国はすぐに反応を返した。
『アコフォーニャ国が供出した物は、全てアコフォーニャ国が望んで出したもの。それを、我がカバリカ国を始めとする『聖約の御旗』に参加する国々に、強要されて出さざるを得なかったなどと言い換えることは、恥知らずにもほどがある!』
事実無根との申し開きに対し、元アコフォーニャ国王が非難を返す。
『なんの見返りもなく、食料や物資を供出する国はない。それにも関わらず無料で供出したということは、そうせざるを得ない事情があったという証拠に他ならない。そしてカバリカ国が『聖約の御旗』の盟主であることは公然の事実。以上の二点から、どちらの言葉を信じるかは、誰であっても明らかであろう』
そうした宣言のやり取りの間に、俺とドゥルバ将軍はノネッテ国の軍隊を、ルーナッド地域からアコフォーニャ地域に入れ、カバリカ国へと目指す。
ちなみに、この宣言の応酬について、どっちが本当のことを言っているのかは、俺は知らない。
ただ、アコフォーニャ地域の使者に話は聞いた。
「真実など、どちらでもよいではないですか。大義名分が立てばよいのです」
「偽りの大義名分だと、騎士国が出てきますが?」
「嘘はついていません。ただ、実際にあった事でも、見方によっては違った模様にも見える。ただそれだけのことです」
つまるところ、アコフォーニャ国が『聖約の御旗』の席次で末席だったのも、要望されて色々な物資を供出したことも、事実ということ。
ただしアコフォーニャ国が『望んでやったか否か』については、アコフォーニャ国の気持ちの部分なので、どんな風にも変えられるってことだと、俺は判断した。
正直、騎士国が出てくるかどうかは、危ない綱渡りのような気もしなくはない。
でもまあ、騎士国が出張ってきたら、カバリカ国への侵攻を止めればいい。
騎士国が出張ってくる目的は、あくまで不当に虐げられる国を保護すること。
そのため他国からの侵略を止めることはしても、報復の逆侵攻を手助けをすることは絶対にあり得ないんだしね。
逆に言えば、カバリカ国を攻めたとき、騎士国の援軍が現れなかったら、騎士国は元アコフォーニャ国王の言い分を認めたってことになる。
その場合は、大手を振って侵攻することが可能になる。
宣戦布告の後、何回かカバリカ国とアコフォーニャ地域とで言い合いが行われた。
そのやり取りの中で、カバリカ国は戦争不可避と悟ったんだろう、周辺四か国から兵を集めて、連合軍を作ろうと動き始めた。
その情報を、アコフォーニャ地域が事前に出していた密偵が掴んで、侵攻軍である俺たちに伝えてくれた。
「それで、敵軍の数はどれぐらいになりそう?」
こちらは、ひとまず、ノネッテ国の軍隊二千人を連れている。
この二千人でカバリカ国の国境に布陣し、アコフォーニャ地域とルーナッド地域、そしてフォンステ国からの増援を待つ、という段取りになっている。
ただしそれは、カバリカ国の兵力が大きかった場合に限ってだ。
もしカバリカ国の軍隊の人数が、ノネッテ国の軍隊と同数だったら、このままノネッテ国の軍隊だけでカバリカ国へ侵攻する予定にもなっている。
だからこそ、俺は密偵にカバリカ国に集まりつつあるという連合軍の数を気にしたわけだ。
密偵は、俺の問いかけに、少し渋い顔をした。
「それがその、ハッキリとした数は……」
「掴めなかったってこと?」
「はい。コンタマ国、カルペルタル国、ペローデン国にペルデン国。どの国も、兵力を出し惜しんでいるようでして……」
「『聖約の御旗』の盟主であるカバリカ国が攻められようとしているのに、戦力のだし控えをしているって?」
「ミリモス王子が、我がアコフォーニャ国とルーナッド国に対し、温情のある措置を取ってくださいましたので、彼の国々の中に『連合を脱して、ノネッテ国に下るのも悪くないのでは』という意見が起きているようでして」
「カバリカ国の要望を受けて兵を出したら、ノネッテ国に下る選択ができなくなるから、慎重になっているってことだね」
「日和見を決めた国では、志願兵という形で兵を出すことで、カバリカ国とノネッテ国に良い顔をしようとしているとも聞きます」
さしずめ、沈みかけに見える『聖約の御旗』に乗り続けるか、それとも大船と化しつつあるノネッテ国に乗り換えるか、『聖約の御旗』の参加国たちは迷っているってことだな。
「兵数が少ないようなら、ノネッテ国の軍だけで、カバリカ国を攻めてしまった方がいいな」
と俺が独り言を思わず呟いたところ、密偵がさらに顔を曇らせた。
「カバリカ国にいる、テスタルド・ジュステツィアは騎士国の元騎士。兵力の多い少ないで、考えを決めていいものでしょうか」
その懸念は分かる。
騎士国の騎士は一人で、並みの兵士を千人、打ち倒すほどの強者。
兵力の多い少ないだけで考えたら、騎士国の騎士一人で戦場をひっくり返される恐れがある。
でもそんなこと、俺は重々承知している。身近にファミリスっていう、戦闘法の先生がいるぐらいだしね。
「騎士国の騎士って言っても、無敵じゃない。それなりの装備と、それなりの数があれば、倒せないこともない相手だよ」
「まさか、そんなことは」
「事実だよ。戦場で死んだ騎士を、俺は見たことがあるんだしね」
パルベラと出会ったとき、彼女の守役だった老騎士は、多数の帝国の兵と相打ちという形で絶命していた。
つまり、騎士王の次女姫を守る猛者であっても、手を尽くせば殺せるということだ。
「それに俺は、テスタルド殿と一騎討ちをして、勝った。だから俺は、彼の実力がどの程度か把握している。彼に勝てるだけの戦力は整えているよ」
「……本当ですね?」
「本当だって。なんなら、俺一人でテスタルド殿を抑えて、他の兵士でカバリカ国を攻めたっていいんだからさ」
正直、面倒だから、テスタルドと再戦はしたくない。
だから、カバリカ国との戦争では、魔導鎧を着た兵士に相手を任せるつもりでいるけどね。