閑話 小国の末弟王子について・帝国編
この私、エゼクティボ・フンセロイアは魔導帝国マジストリ=プルンブルにて、一等執政官を任じられている。
一等執政官とは、国の内外の問題を解決するために各地に派遣される、官僚のことである。
その役職の関係上、かなり幅広い分野で強権を有している。
例えば、軍の部隊編成に口を出したり、豪族の意見を跳ね除けて各地の税率を整えたり、属国の法律を変更したりも出来るほどだ。
それほどの権利を持っていても、所詮は役人。権利を悪用しようとすれば、あっという間に職を剥奪され、牢獄の住民に落とされる存在でもある。
そのため一等執政官は、実直に仕事をこなしつつ、不正をなさないよう気を付けなければならない。
今回、私が命じられたのは、実質上の属国であるメンダシウム国の植民地化と、新たな隣国となるノネッテ国との協議。
目的は、ノネッテ国が有する鉱山から、大量の鉄鉱石を帝国に輸入すること。
これまでも、あの国とは鉄鉱石のやり取りを友好的にしてきてはいた。だが、メンダシウム国が領内を通る鉄鉱石に関税をかけてくるため、輸送費を含めると少し割高になってしまっていた。戦費の削減は急務だが、かといって戦力や研究の質を下げるわけにもいかない。
そこで帝国の上層部は、メンダシウム国を併呑して関税をなくし、ノネッテ国の鉄鉱石を安く手に入れることに決めたのだ。
そんな仕事を任された私は、成功させるために策を一つ講じた。
メンダシウム国に帝国が作り上げた魔導杖――使用者の魔法を強める働きがある魔導具の売却を申し込んだのだ。研究開発用という契約の下で。
もちろん属国とはいえ他国だ、最新式を渡すはずがない。
杖は三世代前の中古品で、価格はぼったくりも良いところの値段にした。
しかしメンダシウム国は、この話に飛びついた。国費の大半をつぎ込む蛮行に、売った私自身が、なにか騙されているんじゃないかと疑ったほどの容易さだった。
「この杖は研究用です。メンダシウム国内での使用は構いませんが、他国を侵略するのに使った場合、代償を支払っていただきますからね」
念押ししても無意味と知りながら、私は杖の売却時に告げた。
なぜ無意味か。
それは、メンダシウム国が魔法の技術を自分で開発する技能を持っていないからだ。平原の国のため食うに困らない農作物が採れるので平穏なうえ、隣の帝国から進んだ技術が流入してくる。そんな下地があるため、自力で技術を発達させるという行為を忘れてしまっているのだ。
では、なぜ大枚をはたいて研究できない研究用の杖を購入したのか。
それはメンダシウム国が、ノネッテ国へ強力な武器を使いたくて仕方がないからだ。
新たに買ってもらったオモチャを友人に見せびらかそうとする幼子のような行いだが、これは彼らが反乱者と蔑むノネッテ国を何世代にわたっても倒せていない事実から醸造された歪んだ劣等感から生じた習性だ。少なくとも帝国の分析班は、そう判断を下している。
つまり、帝国と他国の侵略に使ってはいけないと契約した杖でも、メンダシウム国はノネッテ国の侵略に使うことは、確定事項である。
さて、これで策はなった。
メンダシウム国が帝国が売却した杖を使用してノネッテ国を攻め滅ぼせば、こちらは契約を盾に違反金としてメンダシウム国からノネッテ国内の鉱山をタダで買い取ることができる。
万が一、ノネッテ国がメンダシウム国を撃退したとしても、不正な方法で侵略を働いた報いを受けさせるという『正義』を掲げて、メンダシウム国を併呑する用意はできている。
どちらに転んでも、帝国にはうま味しかない結果になのだから、笑いが止まらない。
両国の戦争の結果は、ノネッテ国がメンダシウム国を撃退して終了した。
十倍近い戦力差とこちらが売却した魔導杖があって、どうしてそうなるとメンダシウム国を非難したかった。
だが、ノネッテ国がとった戦法を報告書で見て納得する。
ノネッテ国が勝つには砦の死守が絶対だが、砦を守るためには帝国の杖が厄介。そのため、杖を夜襲で破壊する。その上で、進軍してくるメンダシウム国の兵力を削ぐために、山間にできた道のいたるところに罠を仕掛ける。極めつけは、前線野営地と後方物資集積地へ同時の焼き討ちだ。
派手さはないが、確実に敵の攻撃力を削ぐ作戦の数々。作戦を立てたノネッテ国の武官は有能だな。
一方で、砦を破る有効な武器を失くして食料も焼失しては、メンダシウム国に勝ち目はなかった。
それで引けばいいのに、最後の最後に玉砕に近い形で砦を攻め、半数の農民兵を死なせたあたりも評価できないな。
なににせよ、メンダシウム国は魔導杖を戦争で使ったうえで、勝敗の決着はついた。
そして侵攻を失敗した時点で、メンダシウム国という国名が地図上から消えることも決定した。
メンダシウム国をメンダシウム地域に変えてすぐに、私は護衛を伴ってノネッテ国へと向かった。
メンダシウム地域を併呑したのは前段階。ノネッテ国と採掘量増加を協議するこそが、この作戦の本題だ。気合を入れて取り組もう。
そう意気込んでいた私に、護衛の一人がそっと耳打ちしてきた。
「偵察の魔導機が上空を飛んでます」
「この山道は不毛過ぎて魔物も出ないと聞いています。必要ないですから戻していいですよ」
私の言葉に、耳打ちしてきた護衛が困惑の表情になる。
「我々のものではないですよ。恐らく、ノネッテ国のものじゃないかと」
「山間の小国が、偵察魔導機を作り上げたと?」
「いえ、うちの劣化複製品でしょう。飛行速度が遅いものの、飛ぶ高さが少し上なので、多少の工夫は入れてあるようです」
なんとも驚きだ。
能無しのメンダシウム人から枝分かれした山間の小国が、曲がりなりにも帝国の技術を真似できる研究力を持っているとは。
「これは小国と侮って交渉すると、痛い目を見そうですね」
そう気持ちを引き締めて、ノネッテ国の砦に赴くことが出来て良かった。
相手の代表者である少年王子が元帥であると言われ、交渉に入ろうとしたところに憎き騎士国の騎士が現われる。
心構えをしていたのに驚くことの連続だ。
さらに驚かされたのは、交渉に入っての件の王子の言葉だ。
『メンダシウム地域の土地は要らないので、対等の国である証明として帝王の署名入りの条文が欲しい』
要約するとこんな要求だったが、それに至るまでの王子が守役と交換した意見の鋭さに驚いた。
植生に明るくない農地は邪魔である。今まで敵対してきた土地の住民には反乱の芽が生まれている。
この二つの点。ノネッテ国が先々で困るように、私が講じようと計画していた策の要だった。
普通なら土地をあげると言えば喜んで飛びついてくるので、実行確実だと考えていた計画だったのに。それを両方とも潰してくるとは。
年若い王子と思って油断はなかった。必勝の策のはずだった。しかし結果は完敗だ。
王子の要求を全面的に飲むしかなかった。
その後で行った会話で、私の動揺が見透かされていたのか、ミリモス王子は苦笑いしながら譲歩してきた。
「ノネッテ国の周囲にある広大な山岳部は、有用な鉱山の連なりですよ。それはメンダシウム地域の側でも同じはずです」
私に対する交渉の土産でありながら、鉄鉱石を欲している帝国がノネッテ国の土地に対する興味を失わせにくる、絶妙の手だった。
しかも鉱床がありそうな場所は、メンダシウム人に聞けばわかると、鉱山開発へのオマケすらくれる。
これほどの手土産に対して、要求は帝王の署名入りの紙一枚。
文字に記すと、帝国の一人勝ちのようだが、事実上はつり合いが取れている取引だ。
なにせその紙は、帝国に接する全ての小国が、喉から手が出るほどほしいもの――帝国の実質上の属国に落ちなくてよくなる、魔法の紙なのだから。
交渉を終えて、私たちは砦を出立して帰路につく。
「鉄鉱石という形ある利益を得た帝国と、魔法の紙の効力という形なき利益を得たノネッテ国。どちらが、より利益を上げたのでしょうね」
私は打ち負かされた失意から、ついそんな愚痴をこぼしてしまう。
そこに護衛の一人が乗っかってきた。
「あの小僧が腰につけていた剣。帝国の部隊に配備されたばかりの、最新式の魔導剣でしたよ。どこから手に入れたんでしょうね」
「帝国内にノネッテ国のシンパがいるのか。神聖騎士国の騎士がやってきたことを考えて、向こう側の協力者が戦場で入手して渡したのか。なににせよ、小国といって侮れる相手ではなくなりましたね」
「そのうえ、あれで王の器として認められてねえってんだから、どれだけ父親の王や次期王である兄姉は優秀なんでしょうね」
「あの国に支店を設けてあるスシャータ商会から、王家に対する特筆するべき情報は上がってきていないことを考えると、よほど能を隠すのが上手いのでしょうねえ」
しかしその有能な相手が、この山間の土地だけで満足して暮らしてくれるのだ。帝国の驚異にはなりえない。
上司への報告は『ノネッテ国王家を侮るべからず、しかし野望薄し。礼節を持って接すれば、利を返してくれる相手なり』でいいだろう。
さあ、帝国に帰って報告を上げ、次の任務で別の任地に赴くとしよう。






