二百五十一話 アコフォーニャ国の使者
アコフォーニャ国からの使者は、仕立ての良い服装と渋い顔立ちをしている、ダンディーな中年男性だった。
「数々の勇名を馳せるミリモス・ノネッテ王子に面会できること、至上の喜びであります」
外交官らしい柔和な笑みとおべっかの言葉。
俺は苦笑いを浮かべることで、外交儀礼があまり好きではないことを暗に示してみる。
するとアコフォーニャ国の使者は、すかさず意図を読み取り、本題に移行してくれた。
「事前にお伝えしてありましたように、我々アコフォーニャ国は、ノネッテ国の支配下に入る用意がございます」
「うちの下に入るってことは、国じゃなくなるってことだけど?」
同盟国や属国という形ではなく、支配地域という形に組み込む。そのことを明示した。
国が地域と化すんだ。
このことに抵抗すると、俺は思っていた。
だけど使者は、そのダンディーな顔に好意的な笑みを浮かべる。
「そのことに依存はありません。ただし、少しだけ条件がございますが」
「条件だって?」
「ミリモス王子にとって、大したことではございません。アコフォーニャ国王を、そのままアコフォーニャ『地域』の領主として登用し、有用な貴族や役人もそのまま使っていただきたいということだけですので」
滅ぶ国の王や貴族を、そのまま支配者として置く。
他の国が侵略した結果ではあり得ないことだろうけど、ノネッテ国では良くあること。
というか、俺が支配した地域の統治作業を楽にするため、ノネッテ国に従順な王や貴族や役人は、そのまま登用しているだけなのだけどね。
「なるほど。俺の政策を事前に聞いていたうえで、ルーナッド地域をどう収めているかも間近で確認して、ノネッテ国の支配下に入ることを選んだってことかな」
「はい。貴方様の下でならば、以前とほぼ変わりなく、人民と土地を治めることが可能であると、我が王は判断なされました」
「実は同じでも名は変わるでしょう。アコフォーニャ国王は、王の肩書には固執しないと?」
「肩書に何の価値がございましょう。いまの世情は、小国が一国のみで生き残れるものではございません。我が王は、そのことを重々に承知してございます」
諦めが良いというか、先進的というか、どちらにせよアコフォーニャ国王は名より実を取る主義のようだ。
「これは意地悪な質問になるけど。小国だけじゃ生き残れないから、『聖約の御旗』に参加したんじゃないの?」
「……正直、見込み違いでございました。小国同士で手を取り合い、大きな国に対抗する。その理念に賛同したのでございましたが」
「実情は、そうじゃなかったってこと?」
「『聖約の御旗』に参加する際、一騎討ちの結果によって順位付けがなされます。順位によって上下が決まった関係で、手を取り合うことが可能でございましょうか」
「まあ、同等とはならないだろうね」
「『聖約の御旗』の実情が、どこかの国の下につかねばならぬものでございます。ならば、小国の集まりなどという実力あやふやなものではなく、第三の強国となりつつあるノネッテ国に下った方が、将来有望ではございませんか」
「少なくともノネッテ国の軍隊なら、アコフォーニャ国の村から食料を徴発なんてしない。ってことも考慮の内かな?」
「はははっ。見抜かれてございましたか」
どうやら『聖約の御旗』の連合軍の傍若無人さを受けて、アコフォーニャ国の王と国民は『聖約の御旗』に見切りをつけたということかな。
「事情は分かった。それで、アコフォーニャ国が下るための条件は、これだけなのかな?」
「そうでございますね。下るための条件は、この一つだけでございます」
「ん? なんか引っかかる言い方だね。まるで、下った後にやって欲しいことがあるとか?」
「やはり、ミリモス王子は傑物でございますね。こちらの意図を見抜いてくださるとは」
「わざと気付くように言っておいて、そういうおべっかは、しなくていいから」
さっさと話せと身振りすると、謝罪の一礼の後で使者は言う。
「我が国が下った後、素早くカバリカ国へ侵攻していただきたいのでございます。その際には、カバリカ国の軍もお付けいたします」
「カバリカ国を攻め落とせってこと?」
「『聖約の御旗』は、カバリカ国と騎士国の元騎士であるテスタルド・ジュステツィア殿が要でございます。それを失えば、『聖約の御旗』は瓦解することでございましょう」
「ふーん……『聖約の御旗』が瓦解したら、ノネッテ国に得があるとでも?」
「ありましょう。寄る辺を失った『聖約の御旗』の参加国は、判断に迫られましょう。ノネッテ国に下るか、戦うかを」
「そんな未来が来たとして、戦う方を選ぶ国が少ないと、軍事費がかからなくて嬉しいんだけどね」
「戦う方を選ぶ真似は、どの国もしないでございましょう」
「それはまた、どうして?」
「普通の国が相手であれば、下る前に一当てして実力を見せ、下った後の待遇改善に生かそうとするでございましょう」
力を見せることで、下手な統治をすれば反乱を起こすぞと、暗に脅すことができるわけだ。
「しかしながら、ノネッテ国に対して、その行いは愚かでありましょう」
「今後のことを考えれば、良い手だと思うけど?」
「ご冗談を。一当てした結果、軍は壊滅。直後に王都を素早く攻め落とされる。そんな完全敗北の結果が見えているのでございますよ。力を見せるなどと、うそぶくことすらできないでございましょうに」
侵攻からの王都攻めは、ノネッテ国の軍隊の常套手段。
この多くの国を攻め落とした結果がある戦法を、恐れないはずがない。
そうアコフォーニャ国の使者は言っていた。
「だからこそ、カバリカ国を攻め落とせば、半ば自動的に他の『聖約の御旗』に参加した国も、ノネッテ国の傘下に入ると考えるわけだね」
「その通りでございます。いまなら、一国を攻め落とすだけで、四つの国もオマケについてくるでございましょう」
美味い話だ。
でもこの話は、アコフォーニャ国の使者が言っているだけ。
こっちを調子に乗らせて、思うように操ろうとしていると考えることもできる。
「カバリカ国を攻める確約はできないけど、仮に侵略するとして、大義名分はどんなものにする気だ?」
「ルーナッド国がフォンステ国に戦争を仕掛けた理由は、カバリカ国が裏で糸を引いていたから。そのように名分を立てられなさいませ」
「証拠がなきゃ、そんな名分は立てられない」
「証拠はございます。アコフォーニャ国がノネッテ国に下った後に、お渡しいたします」
……なんとも用意周到なことだ。
アコフォーニャ国の王は、どんな未来が来ても良いように、色々な用意を整えていたんだろうな。
もしかしたらだけど。テスタルド・ジュステツィアは、騎士国で騎士の身分を剥奪された者だ。『聖約の御旗』の規模が拡大していった先に、騎士国がテスタルドを『正しくない』として討ちにくる未来があると考えて、アコフォーニャ国が生き残るために騎士国に働きかけられるだけの証拠を握ろうとしていたのかもしれない。
この俺の予想が正しかったら、アコフォーニャ国の王は食えない知恵者ってことになる。
「話題が戻るけど、アコフォーニャ国の王は、本当に王から領主になることを望んでいるんだね?」
「我が王は領土的野心を持たないお方でございます。他国を侵略せずとも、内需を拡大させれば国は豊かになると信じ、それを実行なさってきたお方でございます」
自分の国と国民を愛する王だからこそ、『聖約の御旗』の軍隊が勝手に村々から食料を奪っていったことが許せなかったのかもしれない。
「アコフォーニャ国王の人となりは分かった。でも、カバリカ国に侵攻する方の条件は確約できない。大義名分が立つか未知数だし」
「では一先ず、アコフォーニャ国がノネッテ国の傘下に入ることだけは、認めてくださるのでございますね?」
「その点については問題ないよ。アコフォーニャ国は、アコフォーニャ『地域』に名前を変えるだけで、いままでとほとんど変わらないってところもね」
「了解していただき、我が王も胸を撫でおろされることでございましょう。カバリカ国のことに関しても、来るべきときが来れば、ミリモス王子は判断を間違えないとお伝えいたしましょう」
アコフォーニャ国の使者の口振りは、ノネッテ国がアコフォーニャ国を傘下に入れたら、カバリカ国が行動を起こすと信じて疑っていない様子だった。