二百五十話 アコフォーニャ国の状況は
派遣した偵察兵を使っての調略で、アコフォーニャ国で様々な噂を流させた。
不和を起こして『聖約の御旗』連合軍の動きを鈍らせることで時間を稼ぎ、ルーナッド地域での防衛体制を確立する。そして、いざ戦争になった際に、連合軍の協調を乱しておくことで、敵戦力の低下を狙った。
そんな俺の予想を超える形で、調略の効果が発揮された。
「まさか、戦争が起こる前に、『聖約の御旗』の軍が解散するだなんて」
報告書を読んで、俺は苦笑いだ。
アコフォーニャ国で活躍してくれた偵察兵によると、もともと連合軍には不和があったらしい。
『聖約の御旗』の参加国は、テスタルド元騎士との一騎討ちの結果によって、国ごとに序列が付いていた。
その序列に、それぞれの国民は納得していなかった。
特に、元は一つの国だったというペローデン国とペルデン国では、連合での序列の上下が決まったことで、お互いの国民の間にあった険悪さが増していた。
他の国の民も、『聖約の御旗』の盟主であるカバリカ国の国土の小ささを馬鹿にし、テスタルド元騎士の威を借りているだけだと陰口を叩いている状態。
そんな、いがみ合っていた国民から抽出された兵士たちだ。仲がいいはずがなかった。
兵たちの間に仲の悪さが存在するところに、俺が悪意のある噂を偵察兵に流させた。
その結果、お互いへの悪感情が増しに増し、ちょっとした切っ掛けで、いがみ合いや喧嘩に発展する状態へ。
そんな状態で食中毒騒ぎが起き、それが止めとなった。
もちろん、俺は偵察兵に毒を入れさせたりなんかはしていない。
あれは、純然に食料が傷んでいたことによって起こった、食中毒だ。
そもそも、騎士国の黒騎士が隠れ見ているかもしれないんだから、騎士国の目につくような真似はさせられない。
まあ、偵察兵が食中毒の騒ぎを助長して、混乱を広げさせたことは認めるけどね。
ともあれ。
信用ならない人と共同戦線は御免だ、という考えが連合軍の兵士たちに蔓延し、連合軍の指揮官たちはその考えを押し止めきれなかった。
結果、連合軍は解散する運びとなり、アコフォーニャ国には自国の戦力だけしか存在できなくなった。
報告書を読み終えて、俺は腕組みする。
「アコフォーニャ国は連合軍を誘致して敵対する形を見せてしまった。なら、このまま何もしないなんて選択は取れない。対決姿勢を見せたことを大義名分にして、俺がへいを起こすことができるからな」
だから、アコフォーニャ国が取るであろう行動は二つ――いや、三つある。
一つ目は、自国の戦力のみで、このルーナッド地域に攻め入ること。
仮に俺とノネッテ国の軍勢を追い払えて、ルーナッド国の再興ないしはアコフォーニャ国の領土にできれば、万々歳な手段だ。
しかしながら、アコフォーニャ国だけの軍事力で勝利できるかは疑問がある。
アコフォーニャ国と旧ルーナッド国は、場所が近くて領土も同じぐらい。
だから、持てる軍事力にも差がないはずだ。
ならアコフォーニャ国の軍隊と同戦力と目せる旧ルーナッド国軍――ルーナッド地域防衛隊がいて、さらにノネッテ国の軍隊があり、フォンステ国からも援軍を得られそうな、こちらの方が戦力は上だ。
そのことはアコフォーニャ国だってわかっているはずだから、ルーナッド地域に攻め入ってくることは、あり得ないだろう。
二つ目は、アコフォーニャ国とルーナッド地域の境に軍隊を張り付けて、こちらを威圧し続けるすること。
たとえアコフォーニャ国が侵攻するフリをしているだけと分かっていても、万が一のことを考えて、こちら側も軍隊を出す対処をしなければいけない。
そうして、こちらに無駄な行動をさせることで軍事費を使わせ、徐々に金銭と兵糧を疲弊させていくという、長期戦だ。
正直、これをやられると、ノネッテ国にとって手痛い出費になってしまう。
いまでも兵糧はカツカツなので、下手に睨み合いなんかしたら、兵站が崩壊しかねない。
でもこの点は、フォンステ国の助力があれば、どうにかできる。
フォンステ国は砂漠の通商路で金銭を稼いでいる。
その稼いだ金を使えば、第三国から食料を輸入することは容易い。
ノネッテ国がフォンステ国に借金する形にはなるだろうけど、『聖約の御旗』との一騎討ちにルーナッド国の侵攻と、二度助けたのだから嫌とは言わないはずだ。
つまり、長期戦でもアコフォーニャ国は勝てないということだな。
そして三つ目は――自分で考えついたことだけど、ちょっとだけ突飛な考えだ。
今回、連合軍が不和によって、何もしないままに解散となった。
その結果残ったのは、食料を供出させられたアコフォーニャ国の村々と、連合軍の集結という敵対姿勢を見せたことでノネッテ国に敵対心を持たれたこと。
ハッキリ言って、アコフォーニャ国は損しかしていない。
この損の原因を、アコフォーニャ国の王や首脳陣が『聖約の御旗』の所為だと考えたら。
そんな前提が、この三つ目の選択肢には必要だったりする。
「仮に第三の選択をするとしたら、早い段階でアコフォーニャ国から使者が来るはずだよな」
なんて考えていると、困惑顔のルーナッド地域の文官が執務室にやってきた。
「ミリモス王子様。あのー、アコフォーニャ国から使者の先触れとして、文が届いているのですが……」
不興を買わないようにと、恐る恐るといった態度で伝えてくる。
俺は怒っていないことを示すために笑顔を浮かべると、逆に怯えられてしまった。理不尽だ。
「アコフォーニャ国の使者は、なんと?」
「ええっと、その。文を届けに来た者が言うには、『聖約の御旗』を脱退し、ノネッテ国の傘下に下るための使者であると」
「それは、降伏するってことですか?」
「そこまで、ハッキリとは……」
「分かりました。アコフォーニャ国の使者が来たら、こっちに通してください。面会しますから」
「は、はい! ありがとうございます!」
文官は大慌てで礼を取ると、俺に手紙を渡して、そそくさと立ち去っていってしまった。
俺は苦笑いしながら手紙を広げ、文面に目を落とす。
書かれていた内容は、アコフォーニャ国はノネッテ国に下る用意があること。その条件のすり合わせに、使者を遣わすというものだった。