二百四十八話 国の終焉
ルーナッド国の王城を攻め落とし、ルーナッド国王とその家族も捕らえた。
この戦いでのノネッテ国の兵士の被害は、怪我人が十数人と魔導鎧の使い過ぎで魔力欠乏になった二百人。
街と城を落とした成果を考えれば、まさに完勝と言っていい結果だろう。
あとは、俺たちがルーナッド国の王都と王族を手中に握ったことを、フォンステ国と戦っているであろうルーナッド国の軍に伝えるだけ。
そうすれば、戦う意味を失ったことで、ルーナッド国軍は戦争を止めてくれるはずだ。
もちろん、この情報を伝えるにあたって、ルーナッド国の王族が捕虜になっていると分かる証拠が必要となる。
一番簡単な方法は、ルーナッド国王の首を切り、頭を送ること。
これなら一発で、ルーナッド国の軍に王都が陥落したと伝わる。
でも、この方法を行うと、逆上して攻めかかってくる可能性もあるんだよな。
次点を考えるなら、王家の男子か王妃の首。
しかしこっちも、王が生きているのならと、起死回生を狙って攻めてくる可能性が高い。
どうしたものかと考え、考えが煮詰まった。
そこで俺は、当事者に直接聞いてみることにした。
「――というわけで、ルーナッド国の軍の動きを止めたいんだけど、いい案はあるかな?」
ルーナッド国の城の玉座。
俺は征服者の特権として玉座に座りながら、前に跪かせた男性――ルーナッド国王に質問を投げかける。
するとルーナッド国王は縛られた体を動かし、こっちを睨みつけてきた。
「このような真似をして、ただで済むと思っているのか!」
「ん? こっちの質問が聞こえてなかったのかな?」
「お前こそ分かっているのか。ルーナッド国を侵略した事実が伝われば、騎士国や『聖約の御旗』に参加している国々が黙っていないぞ!」
ルーナッド国王の物言いに、俺は首を傾げる。
「騎士国は出てきませんよ。ルーナッド国と戦争をしているフォンステ国から、援軍要請を貰っているんでね。このことは、サグナブロ国の軍務大臣も知っていることだよ」
「――そうであっても、『聖約の御旗』の国々は立ち上がるはずだ」
「ルーナッド国も、その連合に参加しているから、大義名分は立ちますね」
「そうであろう」
「仮に『聖約の御旗』が助けに来てくれたとして、ルーナッド国と貴方と家族を、そのままの形で残してくれたらいいですね」
「……何を言っている?」
「気付いてないんですか。連合といっても、あくまで寄り合い所帯。所有者のない土地があったら、奪ってしまうものではないでしょうか」
「貴様は、我が助けを求めた結果、我が国が『聖約の御旗』に接収されると言いたいのか!?」
「接収というより、吸収でしょうかね。まあ、ノネッテ国が統治するか、『聖約の御旗』に統治されるか、そのどっちかしかルーナッド『地域』の未来はないと思いますよ?」
国ではなく、地域と強調して言うと、ルーナッド国王は黙り込んでしまった。
ここでようやく、ルーナッド国は滅びたのだと理解できたんだろうな。
俺がじっと待っていると、ルーナッド国王の目つきは、こちら伺うようなものに変化していた。
「貴様は、ミリモス・ノネッテだな」
唐突な断定的な呼びかけに、俺は首を傾げた。
「あれ? 自己紹介しましたっけ?」
「ノネッテ国軍。その中でも、大甲冑を纏う兵士がいる部隊を率いる、十代の青年。それだけの情報があれば、貴様がノネッテ国の『侵略王子』だと分かる」
また変な二つ名がつけられているな。
まあ、前の仇名である『猿王子』よりかは、大分マシだとは思うけど。
「合ってますよ。俺が、ミリモス・ノネッテです」
「であるならば、ルーナッド国王として宣言する、我は貴様に下る」
ちょっと前まで徹底抗戦の構えだったのに、なぜか降伏宣言になっている。
いや、そもそもの話。どうやてルーナッド国の軍を止めるかの話し合いだったよな。
どうして話が変な方向に流れているのかと、俺は左のコメカミに左手の人差し指を当てながら考える。
「……まあいいや。降伏してくれるってことは、ルーナッド国の軍を止める手伝いを、貴方がしてくれるってこでいいんだよね?」
「無論だ。ただ、厚かましいとは理解しているが、願いが一つある」
「内容を聞いてから、叶えるかどうか決めるよ。言って」
「我が願いは、家族の身の保証だ。助命と当座暮らせる資金を工面してもらいたい」
「ご自身の命は、その勘定に入っていますか?」
「入っていない。亡国の王を見逃したとあっては、貴様も安心して眠れないであろう」
そうでもない。いままで攻め落とした国の王族の多くを逃がしているけど、夜はぐっすりと眠れているし。
そう思ったところで、なぜルーナッド国王が急に降伏したか、理解することができた。
「俺が、攻め落とした国の王族を、あまり無碍に扱わないと知っていましたね?」
「貴様に追われた、ある亡国の王族が、一時期当家に逗留していたことがあるのだ。その際に、恨み言を散々に聞かされたのだ。命を奪わなかったこと、いつか後悔させてみせる、とな」
どの亡国の王族か気になったけど、ルーナッド国王は教えてくれないだろうな。
新たな火種の予感を感じるけど、いまはルーナッド国の軍の動きを止めることが先決だ。
「貴方の願いは分かった。貴方がルーナッド国の軍に戦争を止めさせることができたら、貴方の家族の命を助け、いくばくかの金銭もお渡ししましょう」
「有り難い。では我が軍への使者に、我が玉筆をしたためた書状を持たせよ。それで軍は止まるはずである」
「その書状の内容を、こちらが検閲しても?」
「家族の命がかかっているのだ。下手なことは書かん。だが慎重になる気持ちはわかるゆえ、検閲を認めよう」
俺は兵を呼び、王の執務室からペンとインク、蝋燭と玉璽、上質な紙を持ってこさせた。
ルーナッド国王は紙を地面に広げ、蹲るような態勢で書状を書き上げる。
俺がひとまず書状を受け取り、暗号や隠喩が含まれてないか疑いながら読み、問題ないと判断してルーナッド国王に返却する。
ルーナッド国王は書状を丸めると、封蝋をして玉璽を押す。
玉璽を蝋から離す際、ルーナッド国王の表情は、残念さと達観が滲む微笑みを浮かべていた。
「これを軍の席に者に渡せば、軍事活動を止めるはずだ」
俺は兵に書状を受け取らせ、そのまま伝令に渡してルーナッド国軍に渡すようにと指示する。
これで用が終わったので、俺はルーナッド国王を城の牢屋に戻すことにした。
その日の夜。ルーナッド国王が獄中死したと、兵が知らせにきた。
服毒死だという。
自決できるようなものは持たせていなかったし、監視の目も着けていた。それなのに死んだ。
原因を調べさせると、実行犯は王に面会に来ていた、王に長年仕えていた老執事だった。
「ミリモス王子様は、きっと我が命も取らないであろうが、これは滅びる国の王のケジメなのだ。そう、求められましたゆえ」
ルーナッド国秘伝の、眠りに落ちるように死ねる毒薬を渡したのだという。
ルーナッド国王の自殺から三日後に、ルーナッド国軍はフォンステ国との戦闘を止め、俺の指揮下に入る宣言が来た。
これで、フォンステ国の安全は確保され、ルーナッド国は滅び、ノネッテ国はルーナッド『地域』を新たな領土とした。