二百四十六話 力技
ルーナッド国内を進むこと、三日。
とうとうルーナッド国の王都の近くまで到着した。
俺はノネッテ国の兵士たちと共に、小高い丘の上から、ルーナッド国の王都の容貌を見ていた。
「丘の上からだと、見やすいね」
ルーナッド国の王都は、周囲の壁を四角形に配置した、城砦都市だった。
壁の内側には、建物が密集する形で立っていて、道もごちゃごちゃっとしている。
街の外――俺たちから見て、都市の左の壁近くを沿う形で大きな川が流れていて、その川から用水が街の手前側にある畑にまで引かれているな。
そんな光景を見たドゥルバ将軍が、小難しそうな顔つきになる。
「これはまた、守りに特化した街ですな」
「そうかな?」
川や壁は見えるが、ドゥルバ将軍が言うほどに、守りが堅そうだという印象は受けないんだけどなぁ。
俺が首を傾げていると、ドゥルバ将軍が説明してくれた。
「まず、この丘を残している点。ここで我らが街の姿を見れているように、街の衛兵もこちらの姿を認識できる」
「言われてみれば、俺たちの姿を見てか、壁の内側に入ろうとする人が門に殺到しているや」
「次に、畑と灌漑用水。畑は見晴らしがよく、隠れ進むことはできない。畑の各所に伸びる用水路も、こちらの足を止める掘となりえる」
「幅が狭い用水路でも、攻め入る側は足元を注意しないと、脚を取られて転ぶわけか」
「最後に、壁と川。壁は堅牢な造りで、高さもある。左側のみとはいえ、川もある。これで攻め手が行ける道は、前後と右側のみに限定できる」
「攻略可能場所を三方に限定することで、防衛の難易度を落としているわけだ」
「そして、左側の端にある大きな建物が、王が住まう城でしょう。いよいよという場合、城から川に出て、船で下って落ち延びるという方法を取ってくるかと」
「なるほどね」
ルーナッド国の王都が守りやすい街だってことは分かった。
「それで、ドゥルバ将軍はどうやって攻め落とすか、考えはついた?」
俺が意地悪っぽく質問すると、ドゥルバ将軍はニヤリと男臭い笑みを返してきた。
「我らがカヴァロ国の王都を落とした方法が通じますな」
「そういえば、ドゥルバ将軍とその配下の兵たちは、カヴァロ国との戦争で王都決戦したんだったっけ」
思い返してみると、街中の破壊跡が激しかった覚えがある。
力押しだとは思っていたけど、いったいどんな戦法だったんだろう。
「その戦法を、ここで披露してくれるってことだね」
「今回は、ミリモス王子に働く場所はないと思ってくだされ」
ドゥルバ将軍は太い笑みを浮かべると、兵士たちに向かって、この丘で休憩すると命令を出した。
めいめいに、兵士たちは休憩と周辺警戒をする者に分かれて、行動を開始する。
俺も馬から降りて、一休みすることにした。
ルーナッド国の王都の門に集まっていた人たちが、すっかりと門の内側に入り、壁際に人影はなくなった。
その代わりに、こちらを警戒する衛兵の姿が、壁の上に沢山見えるようになった。
「ドゥルバ将軍。自慢の戦い方、見せてもらうからね」
「お任せくだされ。明日の日が昇るまでには、王城を制圧してご覧にいれますので」
ドゥルバ将軍は自信満々に言うと、軍の差配を始めた。
部隊の先頭は、魔導鎧をつけた百人。その後に、その他の重装歩兵が千九百人。どちらも二列縦隊で整列だ。
「進軍!」
ドゥルバ将軍の掛け声の直後、魔導鎧の百人が街道を真っ直ぐに進んでいく。
少し間を空けて、ドゥルバ将軍と重装歩兵が後に続く。
ちなみに俺は、最後尾を進み、戦いぶりを見学することが役目になっている。
それはともかくとしてだ。
全員で移動していき、ある場所に差し掛かったところで、街の壁上から矢が飛んできた。
まばらに降る雨のような音を立てながら、曲射された矢が降ってくる。
「歩兵! 停止!」
ドゥルバ将軍の合図に、重装歩兵たちは足を止める。
一方で、命令されていない魔導鎧の百人は、そのまま前に進んでいく。
そうしているうちに、魔導鎧の百人に空から落ちてきた矢が降り注いだ。
バチバチと、魔導鎧に矢が当たる音が連続する。
しかし、解放されている後部以外、普通の鎧に比べてはるかに防御が堅いのが魔導鎧だ。
まばらに飛んでくる矢なんて、ものともしていない。
魔導鎧の百人は、矢の雨の中を、そのまま歩き続ける。
ある程度やって矢が効かないと分かったんだろう、矢の消耗を避けるためか、街の壁から矢が放たれなくなった。
「矢は止まったが、我らはここで待機だぞ!」
ドゥルバ将軍の忠告に、兵たちは従い、場所を動かない。
恐らくだけど、重装歩兵たちがこれ以上前に進めば、ルーナッド国の王都の守備兵たちは狙いをこちらに変えてくる。
重装歩兵だから矢が当たっても致命傷にはならないだろうけど、わざわざ怪我をしなくていい場面でする意味はないってことだろう。
俺がドゥルバ将軍の考えを予想している間に、魔導鎧の百人は王城近くに達していた。街道に残る足跡を見るに、矢が止まった後から駆け足での移動を行っていたようだ。
「順当に考えるなら、攻め手は門を打ち破り、防御側は落石とか煮えた湯や油をかけて邪魔をする、って展開になるはずだけど」
俺がノネッテ国の国境砦で体験したことを思い出し呟いたところで、魔導鎧の百人の動きが変わった。
今までは二列縦隊だったのに、いつの間にか四人一組の班の形に代わっていた。
計二十五組の魔導鎧の班は、王城の壁近くに進出すると、こんどは四人のうち二人が地面に自分の得物を差し始めた。
そして武器を置いた二人は両手を下に伸ばし、その手に武器を持つ一人が足を掛けるという、三人一組の組体操のようなことをやり始めた。
どういうことだろうと見ていると、武器を置いた方の二人が『せーの』と調子を合わせる動作の後で、手の上に乗っていた仲間を上へ放り投げていた。
「うわっ。よく飛ぶなー」
二人によって投げ上げられた魔導鎧の兵は、ぐんぐんと高度を上げていき、最終的には失速しつつも街の壁の上に手をかけることに成功し、その腕で身体を引き上げて壁上に着地した。
一人が成功したのを機に、続々と後続が投げ上げられ、壁の上に到達する。
そして壁上に至った魔導鎧たちは、大暴れを開始。壁の守備兵たちを蹴散らしていく。
「ドゥルバ将軍のことだから、力押しだとは思っていたけど、こんな戦法は想像していなかった」
騎士国の騎士は神聖術の力で城の壁を駆け上って防御を無力化してしまうけど、その戦法を魔導鎧の膂力任せに真似した形になっている。
「ああして壁上に入り込んだ後は、壁上に蓄積してある物資や武器を破壊して、重装歩兵が安全に進める場所を作ることができるわけか」
俺が考えた通り、魔導鎧を着た兵たちは動いていき、壁の上を制圧した後で門の扉を内側から開けてしまった。
瞬く間に籠城戦が崩壊したことに俺が呆気に取られている間に、ドゥルバ将軍から鋭い号令が発せられた。
「全速前進! 一気に街の中に雪崩れ込め!」
「「「「おおおおおおおおお!」」」」
重装歩兵たちが雄叫びを上げて、街道を駆けだす。
魔導鎧を着た兵が進んでいったときは矢の雨があったのに、重装歩兵が進むときには日差し以外に降ってくるものはなくなっていた。
そして楽々と、開いた門から街の中に入ることに成功してしまう。
俺は街中を進みだした重装歩兵の後を追いかけながら、こっそりと呟く。
「これはもう、大勢は決しちゃったよね」
籠城戦とは、城や砦の中に兵を入れられた段階で崩壊するものだ。
実際、ノネッテ国の兵士たちの素早過ぎる攻略に、ルーナッド国の王都の守備兵たちは全く対応できず、道の上で出会う端から打ち倒されていっていた。
以降は、更新頻度を以前と同じに戻します。
ご了承ください。
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