二百四十四話 薄い抵抗
ルーナッド国内を進んでいると、先行偵察に出していた兵が戻ってきて、ドゥルバ将軍に報告する。
「この先にて、集団を確認しています」
「集団、とは?」
ドゥルバ将軍の問い返しに、偵察兵は悩む顔になる。
「剣や槍、鎧を持つものもいるのですが、鎧を着けずに農具を手にしている者が多いため、大半はルーナッド国の民衆かと」
「民衆――その者たちの年齢層はどのあたりだ?」
「武具を持つ者の年齢は総じて高く、農具の者はまちまちでした」
偵察兵の話を聞くに、俺たちの進行を止めようとする、勇敢な退役兵や民兵たちという印象だ。
ドゥルバ将軍の号令で警戒しながら進むと、先ほどの俺の印象の通りの人たちが集まっていた。
数は――およそで二百人ぐらいか。
その人たちの様子を見て、ドゥルバ将軍は俺に小さく声をかけてきた。
「殺気立っていますな。これは戦いになる気配がある」
ドゥルバ将軍は警告するように言ってから、ルーナッド国の民衆に大声を張り上げた。
「我らはノネッテ国の軍である! そして目標は王都である! 大人しく道を譲れば、その方らと町村に危害を加えないことを約束するが、如何に!」
ビリビリと空間を震わせるような大声に、民衆たちに動揺が走る。隣とささやき合って相談している様子だったが、武具を持つ老兵たちが身内の話し合いを止めさせた。
たぶんだけど、ドゥルバ将軍の言葉は嘘だとでも言って、民衆の戦意を保持させたんだろう。
その上で、こちら側の隊列が移動隊形のうちに攻撃した方が得とでも思ったんだろう。老兵たちが他の者を蹴りつけるようにして、散会突撃を仕掛けてきた。
「愚か者め」
ドゥルバ将軍が呟き、手を振り上げる。戦闘移行の合図だ。
ノネッテ国の兵たちはすぐに動き、隊列の前半部にいた兵士たちは逆突撃を仕掛け、後半部の兵士たちは集合して陣形を組み始める。
兵たちの行動の意味は、前半部の兵で民衆の突撃を受け止めて少しだけ時間稼ぎして撤退、陣形を組んだ兵たちが入れ替わりに前に出て戦い、撤退した兵は後方で再編成してから戦線復帰、って作戦だろう。
一見、兵力を二分する愚策に見えなくもないけど、ノネッテ国の兵は重装歩兵。
その防御力を十全に生かす方法と考えれば、殊更に拙い戦法とは言えず、むしろ手堅い一手だ。
しかしながら、俺のそんな評価と、ドゥルバ将軍の作戦の通りに、現実は移行しなかった。
前半部の兵士と衝突した民衆が、あっという間に駆逐されてしまったからだ。
ノネッテ国の兵たちに峰打ちされて地面に伏せるルーナッド国の民衆に、俺は同情心が湧いた。
「……まあ、相手は農具を持つ人が多かったもんな」
真っ当な武器でも相手取るのが難しいのが、重装歩兵だ。
農具の攻撃なんて、痛手を受けるのが精々で、死者が出るようなことにはならないことは当然だったな。
あっという間に――それこそ魔導鎧の出番すらない早期決着に、ドゥルバ将軍はいたたまれない顔をしている。
「あー、なんだ。その方たちの町村は通らせて貰う。先ほど言った通り、これ以上の危害は加えぬからな」
ドゥルバ将軍は慰めるような口調を民衆に掛けると、手振りで兵たちに移動隊形に戻るように指示した。
兵たちも拍子抜けといった態度を隠さないまま隊列を変更すると、移動を開始する。
峰打ちされて動けない民衆の横を、俺たちは通過した。
程なくして見えてきた町の中には入らず、外周に沿って移動して、街道に復帰した。
町が見えなくなる位置まで移動を終えてから、俺はドゥルバ将軍に声をかけに近づいた。
「さっきの民衆のこと、どう思った?」
「考えられることは二通り。一つは、ルーナッド国の王都近くに防衛戦力を集中させたため、町村の守りが薄くなり、民衆が自ら守らんと立ち上がった。もう一つは、防衛戦力すらフォンステ国打倒へ費やしていて、防衛戦力自体がない」
「ドゥルバ将軍は、どっちの可能性が濃厚だと思う?」
「真っ当に考えるなら、王都に戦力を集中でしょうな。しかし、ノネッテ国の戦力がサグナブロ国を通ってやってくると想定していなかったのなら、フォンステ国に全勢力を傾けたと考える方が自然かと」
つまり、どちらの可能性も半々と言いたいらしい。
では、それらの意見を踏まえての、俺の考えはというとだ。
「フォンステ国に戦力集中している方が、どちらかと言えば高いかな」
「どうして、そう考えたので?」
「ロッチャ地域産の武器を揃えたフォンステ国を前に、ルーナッド国は戦争を一度回避した。つまり、勝利できると確信できるほどの戦力は持ってなかったわけでしょ」
「それにも拘らず、再び戦争を起こした。であれば、今度は勝利できると考える根拠がある。その根拠は、防衛戦力まで戦線に投入したからであると」
「本当に一兵も残さず動員したのか、はたまた王都や流通の要所だけ守れる戦力を残しているかは、ちょっと予想がつかないけどね」
「ミリモス王子ならば、どうなさいます?」
「俺がルーナッド国の王様だったらってことだよね」
俺は少し考えて、その選択肢自体があり得ないという結論に達した。
「フォンステ国を侵略する目的は、砂漠の通商路。確かに得られれば大金が転がり込んでくる。でも俺なら戦争で侵略なんて手段は使わずに、フォンステ国と友好的な関係を外交で作って、間接的に通商路の利益に預かる方を選ぶね」
「戦争はしないと?」
「戦争は金と食料がかかるからね。交易路の利益程度で、国土半分が砂の国と戦争するなんて、利益が合わないよ」
「そう言う割に、今回はフォンステ国の援軍として、我が軍を使っているが?」
「一騎討ちの代理を務めちゃったからね。乗り掛かった舟――犬を拾ったら死ぬまで面倒を見ろ、って言うでしょ」
「途中で放置するのは、義にもとるというわけですな。なるほど、騎士国の姫を妻とした方らしいですな」
「……非難してない?」
「いえいえ、感心しているのですよ。今回の戦争で、少なくともルーナッド国は、我が国の新たな領土となるでしょうからな」
「あーー。勝ったら、そうなっちゃうよね、やっぱり……」
「ルーナッド国を占領して領土とするために、フォンステ国に自国の防衛に努めるよう言ったのでは?」
「そういうつもりは、なかったんだけどなぁ」
単純に、フォンステ国は武器だけの弱兵だ。
下手に色気を出してルーナッド国の土地を取ろうとしたら、うっかり罠にハマりかねなかったので、釘を刺しただけだったんだよね。
「ルーナッド国を占領したら、新しい飛び地になるな。これはまた、統治が面倒になるなぁ」
「はっはっは。獲物の使い道は、獲った後に考えるもの。いまは戦争に意識を集中することにしましょうぞ」
「そうだね。こんなことを考えていて敗けたりしたら、恥さらしにしかならないもんね」
ルーナッド国の抵抗が大人し過ぎるせいで、どうも戦争に本腰が入れ辛い。
いけないけない、と気分を引き締め直し、一路ルーナッド国の王都へ向けて、主要街道を進んでいくことにしたのだった。
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