二十三話 話し合いの後で
メンダシウム地域でも鉄鉱石が出土しそうだと知ると、フンセロイアはこちらとの話し合いを切り上げにかかってきた。
帝国にとって、ノネッテ国なんて鉄鉱石しか利用価値のない場所だ。その価値を他の場所で確保できるとなったら、会談する価値は消滅するよね。
「――では、対等な隣国として、以後はよろしくお願いしますよ。ミリモス王子」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね。フンセロイア殿の英達、期待しています」
お互いにガッチリと握手を交わし、フンセロイアは護衛と共に執務室を出ていく。
俺は手振りを使って、兵士に砦の外まで案内するように伝えた。
帝国の人たちが去っていったので一息つこうとして、まだ部外者が一人いることを思い出した。
「ファミリス殿。立ち合い、ありがとうございました。お陰で、話し合いが順調に終わりました」
俺が笑顔で礼を言うと、肩をすくめられてしまった。
「私の存在があったにしても、小国の王子が帝国の代表者相手に、随分と強気な交渉をしたものですね。驚くやら、呆れるやらです」
随分と酷い言われようだな。
それにしても雰囲気が優しくなり口調が少し緩くなっているのは、帝国の人たちがいなくなったからだろうか。
少し気になるが、より気にするべきは、帝国の人たちが帰っていったのに、ファミリスが立ち去ろうとしていない点だ。
「騎士国も、僕たちの国に、なにか用があるのでしょうか?」
そう質問すると、ファミリスはやおら兜を取って、素顔を見せてきた。
真っ赤な髪を短く切り揃え、柳眉の下にはキリリと締まった目。瞳の色は茶色。細面に通った鼻筋。見た目年齢は、二十代前半っぽい。
そんな見た目の女性を総じた印象を、前世の表現を使うなら、キャリアウーマンっぽい感じだ。
しかし、どうして兜を取ったのだろうか。
俺が疑問に思っていると、ファミリスは大きく深呼吸して見せてくる。
「ふー。兜をしていると、息苦しくていけません」
「呼吸が苦しいから、脱いだだけ?」
特別な意味はないのかと肩透かしを食らった気分になっていると、ファミリスは照れ笑いをしながら手を左右に振ってきた。
「いえいえ。帝国の脅威が去った以上、騎士国からの伝言を伝えるために、誠意ある姿勢を見せねばなりませんから」
「兜をかぶって顔を隠しただけで、伝言を伝えられた側が信じないこともあるものね」
理由には納得しながら、俺は言葉の内容に首を傾げる。
「騎士国からノネッテ国に、伝言ですか?」
「そう構えないでください。帝国に接している国には、どこにでも伝えていることですので」
なるほど。そういう事情なら、聴いておかないとな。
「伝言とは、どんなことですか?」
「これから先、帝国だけでなく他の国に侵略される事態が起こった場合、貴方の国が正しい行いをしているのなら、我ら神聖騎士国家ムドウ・ベニオルナタルは救援に駆け付けると約束します。これが伝言です」
なんとも一方的かつ、厄介な条件付きの約束だな。
「その正しい行いっていうのは、どういった基準ですか?」
「我らが奉じている神を信じなさい――とは言いません。国民の幸せを守るための国家運用をしていてください。それが最低限、国として『正しい行い』ですので」
「こちらが救援を騎士国に求めた場合でも、正しい行いを国家がしていなければ、助けてくれないと?」
「助けません。国民を虐げる国は悪い国です。滅ぶべきです」
「……メンダシウム国が帝国に占領されたみたいに?」
「帝国は常に他国を侵略する際には、大義名分を用意してきます。名分がある行いは正しい行為ですので、騎士国として止めに入ることはありませんので」
要するに、こちらがお行儀良くしていて、敵が大義名分すら用意できない悪い国だったなら助けますってことか。
救援の要望を送ることができる条件が厳しいなあ。
そもそも軍だけのことならまだしも、国家全体の運営をお行儀よくさせるのは、元帥である俺の管轄外なんだよね。
「わかりました。その話は条件を含めて、父のチョレックス王に伝えておきます」
そう約束したので、ファミリスは立ち去ってくれると思いきや、まだ部屋の中に留まっている。
「まだなにか、伝える言葉がありますか?」
「いえ。ここからは、個人的な要件ですね」
ファミリスは俺から視線を外すと、顔をアレクテムに向けた。
「あなた。帝国との戦場になった場所の森で、姫の保護と、騎士の供養をなさった人ですよね。この場にいるということは、地位の高い軍人だったのですね」
「その通りですぞ。ワシはミリモス様の守役ですからな」
「そんな重要な人物が、どうしてあの場所で物拾いのような真似をしていたか、理由を改めて聞いても?」
「我が国の秘密ですからな。おいそれと伝えるわけにはいきませんな」
「では一つだけ答えてください。あの行いは、正しいものでしたか?」
「誰にはばかることのない行為であると、ワシは自負しておる」
なんだか険悪に聞こえる言葉の応酬に、俺は二人の間に割って入ることにした。
「アレクテム。変な風に言葉を繕わなくていいよ。素直に言えばいいよ、俺に世界で一番危険な戦場を見せるために、あそこにいたんだって」
「ミリモス様、不用意な発言ですぞ!」
「戦場を知らない無知な元帥に、世界の広さと恐怖を見せるための行為なんだ。正しい行いだよ」
言いながらファミリスに目を向けると、頷いていた。
「ふむっ、そういうことでしたら、問題視はしなくていいですね。なるほど、あの戦場を見てきたからこそ、年齢が若いというのに、交渉ぐらいでは怯まなかったというこですか」
いまの答弁でファミリスが気にしていた問題はなくなったようで、兜を抱えながらこちらへ敬礼してきた。
「用が済みましたので、失礼させていただきます」
「では、砦の前まで案内しましょう」
ノネッテ国のために駆けつけてくれたんだ。王子である俺が、丁重に送り出すべきだろう。
執務椅子から立ち上がり、先導するように歩き出そうとして、ファミリスから戦意が吹き付けてきたので咄嗟に跳び退った。
「なんですか、いきなり!?」
驚いて問いかけると、ファミリスの眼が俺の腰元に固定されていた。
「その短剣。どこで手に入れた」
騎士口調に戻っての詰問に、俺は背中に冷や汗が流れた。
なぜか、返答をしくじったら首と胴体が離れそうな緊張感がある。
しかし嘘を言っても通じないような予感もあるので、正直に答えることにした。
「アレクテムと一緒に、俺もあの戦場に居たっていったよね。つまりは物拾いにも同行して、パルベラ姫と出会ってたんだよ。そのときに、助けてくれたお礼ってことで、この短剣を貰ったんだ」
「つまり短剣は、姫から直接頂いたもので、誰かから奪ったものでも、落ちていたものを拾ったものでもないのだな?」
「当然でしょ。もしかしてパルベラ姫は、奪われたって言っていたとか?」
嫌な予想を立てて尋ねてみたが、これは俺の考えすぎだったらしい。
「姫と同年代の、帝国とは違う国の男の子に渡したと。まさかその男の子が、小国の王子だったとは……」
この事実はファミリスにとって衝撃的な事実だったようで、柳眉に皺が寄っている。
俺とアレクテムが事情が分からずに疑問顔になっている中、ファミリスは脱いでいた兜を被りなおした。
「急用ができた。これにて失礼する」
ファミリスは執務机を踏み越えて、窓を破壊して外へ。
地面に着地すると、指笛を高らかに鳴らした。
その直後、ドゴドゴと地面を槌で叩くような音と共に、体格がガッシリとした黒馬が現れた。
ファミリスは馬の背にある鞍にひらりと乗ると、手綱を両手に掴む。
「全速力だ、ネロテオラ!」
「ヒヒイイィィィ!」
高く嘶いた馬――ネロテオラは、ファミリスを背に乗せたまま、砦横の崖へと走っていく。
もしやと俺が驚いて見ている中で、崖を平地のように四つ足で駆けて登っていった。
恐らく、何らかの神聖術を使っているとは思うけど。
「馬すらもこの急こう配の崖を上れるんだね。神聖騎士国家ムドウ・ベニオルナタルの騎士は、どこにでも出現すると言われているわけだ」
「本当に恐ろしい相手ですな。これでは砦や城を建てる意味がありませんぞ」
まったくだ。
そしてこの砦で敵わないとなると、どこにでも現れる騎士国も、大火力を振るえる帝国も、ノネッテ国の兵力では鎧袖一触もいいとこだろう。
「なんだか、厄介な国と関りを持つことになっちゃったなー」
「呑気に言っている場合ではありませんぞ。早く王に事態を伝えねば!」
「それもそうか。それじゃあ伸ばし伸ばしになっていた、俺たちの帰還の日を早めないといけないね」
「まだ日は高いですぞ! いますぐに、この砦から出立しましょうぞ!」
アレクテムが早く早くと急き立てるので、俺は砦を出立する準備を整えるべく、自室に引き上げることにしたのだった。