二百四十二話 通過する
ノネッテ国の軍隊を、サグナブロ国の軍隊と民が布陣している近くまで進ませる。
普通なら、ここら辺で停止して、お互い話し合いの場を持つ。
けど、行軍を任せているドゥルバ将軍は、停止の掛け声を出さなかった。
「整然と進むのだ!」
ドゥルバ将軍は先頭で、馬車に乗った状態で、大声を放つ。
あたかも、サグナブロ国側に聞こえるかのように。
いや、実際聞かせているんだろう。
ノネッテ国の軍隊は、止まる気はないんだと。
俺は、定石から外れたドゥルバ将軍の考えを、推察しようとする。
ルーナッド国へ少しでも早く向かい、戦争の早期決着を果たしたい。だから、サグナブロ国との話し合いの場を設けないことで、時間の節約を図っているんだろう。
でも、こんな強行的な方法を取ったりすると、サグナブロ国側だって黙っていない。
無理に進むこちらを止めようと、争いになるかもしれない。
そう考え付き、改めて視界の先にいる、サグナブロ国の布陣に目を向ける。
向こうの人数は、ざっと見て、千にも届いていない。装備も見るからに貧弱で、こちらの重装兵士の全身鎧を貫くことすら難しく見える。
つまりは、戦いになったところで、簡単に蹴散らせる相手だった。
武断派なドゥルバ将軍らしく、簡単に勝てる相手なのだから邪魔をするなら踏みつぶして通ろう、と考えたわけだ。
有効な手段の一つだとは思うけど、俺だと選ばない方法だな。
そんな評価をしている間に、ノネッテ国の軍隊はさらに進み、いよいよ予断を許さない間合いまで、サグナブロ国の布陣に接近する。
ここで、向こう側もこちら側が止まる気がないと判断したのだろう、大慌てで使者らしき人物が二人、こちらに走り寄ってきた。
「お待ちを! 行軍をお止めください!」
「我らの町を襲う気か! そうはさせんぞ!」
彼らの口調から、片方はこちらと戦いたくない穏健派、もう片方は戦いも視野に入れた強硬派だと分かった。
そんな二人に行く手を遮られたが、ドゥルバ将軍は行軍を止めない。
サグナブロ国の二人の間に割って入るように、自分が乗る馬車を進ませ、そのまま過ぎ去ろうとする。
「話し合いを! 話し合いによる解決を希望します!」
「これ以上進むな! 進めば、一斉攻撃するぞ!」
サグナブロ国の二人は、ドゥルバ将軍を追いかけながら、口々に要望を出してきた。
ドゥルバ将軍は、その二人に順番に視線を向ける。
「我が軍がサグナブロ国を通ることは、サグナブロ国の軍務大臣が許可している。故に、止める必要はないと判断する」
「なっ! そんなはずはないでしょう!」
「口から出まかせを!」
「出まかせではない。その証拠に、国境に布陣していたサグナブロ国の軍は、我が軍の越境を見逃している」
ドゥルバ将軍は一度言葉を切ると、隣を追いすがってくるサグナブロ国の二人へ向けて、射殺さんばかりの殺気混じりの視線を浴びせる。
「忠告する。我が軍は、行軍中にサグナブロ国の者に襲われた場合、その者たちを殲滅する許可を、軍務大臣殿から頂いている。お前たちは、我が軍を襲おうと考える、不埒者であるのか?」
答えによっては、直ちに殺す。
彼らのやり取りを後ろで見ている俺にも伝わるほど、ドゥルバ将軍の態度は、そう主張している。
ここでようやくサグナブロ国の二人は、自分たちの命が危険に晒されていると気付いたのだろう、急に青い顔になった。
「す、すぐに道を空けさせますので!」
「ま、待て。そんな勝手は――」
「死にたいのなら、貴方とその部下たちだけでどうぞ。私は町長として、町民を守る義務があるのです!」
穏健派の方が走って自陣に戻っていく。
強硬派の方は、穏健派の判断に歯噛みし、恨みが籠った視線をドゥルバ将軍に向ける。
だけどドゥルバ将軍に睨み返されると、負け犬よろしく視線を背けて俯いてしまった。
敗北宣言に等しい態度だけど、ドゥルバ将軍は許さない。
「戦う気があるのなら、相手をする用意がある」
「…………町の者に、手を出すな。出したのなら、こちらは命を賭す覚悟がある」
「約束するまでもない。我が軍は、あの町を通過するだけだ。手向かいしてこないのならば、剣に手をかけることはない」
ドゥルバ将軍が約束すると、強硬派の人物も自陣へと引き返していった。
それから間もなく、サグナブロ国の鎧姿の者――おそらくは兵士たちは街道の両脇に移動を開始し、私服姿の者――町民らしき人たちは町中へと戻る。
俺は、サグナブロ国の兵士の布陣に、眉を顰める。
「ドゥルバ将軍。向こうは挟撃の布陣だけど、このまま進む気?」
「躊躇う必要はないでしょう。もし襲ってきたのならば、片方を同数の者で押さえ、もう片方を素早く殲滅。取って返し、もう片方をも殲滅する。簡単なことでしょう」
言うは簡単だけどと思いながら、俺は後ろにいる兵士たちの様子に目を向ける。
襲われる心配で緊張していると思ったのだけど、兵士たちの態度は平然としたもの。
それこそ、この程度の相手に襲われたところで、毛ほどの障害もないと考えてそうだった。
そんな厚顔不遜な態度は、傍目には強者の余裕に見えるのだろうか。道の両脇に布陣したサグナブロ国の兵士たちの方が、顔色を青くしながら固唾を飲んでいる。
あれほど怖気づいて士気が低くなっちゃったら、サグナブロ国の指揮官が『襲え!』と号令をかけたところで、兵士たちは尻込みしてしまうだろう。
俺が周囲の様子を確認している間に、ドゥルバ将軍は堂々とした態度で、サグナブロ国の兵士たちが布陣する中を進み始める。
「さあ、我らの雄姿を、サグナブロ国の民に見せてやるぞ!」
「「「おう!」」」
ドゥルバ将軍の号令に、ノネッテ国の兵士たちからの応答。
そして始まるのは、サグナブロ国の人たちに見せつける、パレードのように一糸乱れぬ行進だ。
全身鎧で陽光を照り返しながら、長柄の武器を高々と掲げ、ざっざっと足音を揃えて、道を町中を進んでいく。
その行軍の見事さに、サグナブロ国の兵も民も、呆気に取られた顔でこちらを見送ってしまっている。
唯一の例外は、町民の子供たちだろう。
ノネッテ国の兵士たちの身動きに魅了されて、『スゴイ、スゴイ!』と連呼したり、行進を真似してみたり、こちらに歩き寄ろうとして親に止められたりと、反応が様々で面白い。
そんな光景を楽しみながら、俺はドゥルバ将軍と兵たちと共に、町中を通り抜けた。
「これで、第一関門は突破ってことかな」
俺が軽口を叩くと、ずっと厳めしいままだったドゥルバ将軍の表情に笑顔が戻った。
「はははっ。第一どころか、これ以降、サグナブロ国内で関門はないでしょうな」
「それはまた、どうしてそう思う?」
「サグナブロ国としては、我らに通過の許可を出した手前、『聖約の御旗』にも良い顔をして、中立的な立場を確保しておきたいもの。我らを町で足止めしようとしたのも、その一環と推察できましょう。であれば、目的は達したかと」
「この足止めは、『聖約の御旗』に言い訳する口実作り、ってわけね」
ドゥルバ将軍の推察は当たっていたらしく、これ以降、ルーナッド国の国境に至るまで、障害は一切なかった。
ミリモス・サーガの二巻が発売される6月10日まで、連日更新しようとおもいます。
https://books.tugikuru.jp/20200510-05834/