二百三十九話 現場指揮官
俺はサグナブロ国とカヴァロ地域の境に差し掛かった。
未だにサグナブロ国の軍隊が演習を行っているようだ。
その向こう――カヴァロ地域内にはノネッテ国の軍隊が野営陣地を築いてもいる。
両国の軍隊が顔を突き合わせているような状況だけど、両軍共に緊張感はないように見える。
サグナブロ国の軍隊もノネッテ国の軍隊も、お互いに越境しないと確信しているからだろうな。
俺は馬に乗りながら、サグナブロ国の軍隊に近づく。そして演習の監督をしている指揮官――四十代の特徴薄い人物へ向かっていく。
その途中、俺の存在を知って、指揮官を護衛する兵士たちが槍を向けてきた。
「何者か! 無用の者は立ち去れ!」
誰何する言葉を受けて、こちらも大声で言い返す。
「我が名は、ミリモス・ノネッテ! フォンステ国の要望及び、サグナブロ国の軍務大臣ラクティオ・ヤポシスシの許可の下、ノネッテ国の軍をサグナブロ国の中を通りルーナッド国まで行軍することとなった! 通して貰いたい!」
あえて威圧的に口調を変えた俺の声が届いたんだろう、演習中のサグナブロ国の兵士たちまで狼狽え出した。
俺がサグナブロ国の軍隊の指揮官と見た人物は、苦々しい顔つきをしている。
さて、このまま通してくれるかなと危惧しながら、俺は待つ。
するとサグナブロ国の指揮官は「演習を続けるように!」と周囲に告げてから、俺に近寄ってきた。
「当軍の指揮を任じられております。モルバ・ブサハットと申します。それで、軍務大臣ヤポシスシ殿の許可があるとのことですが、それは誠で?」
「真実だ。彼が許可を出した」
「……証拠はありますか?」
そう言われてみれば、ヤポシスシに書付を作って貰っていなかった。
自分の手落ちにちょっと焦ったが、外面は平静を保ちながら言う。
「何か勘違いしているようだな。フォンステ国の王から要望されている。このように」
俺はフォンステ国で貰った書状を広げて、ブサハットに見せる。
その上で、さらに言葉を放つ。
「これだけで、ノネッテ国の軍隊がサグナブロ国の中を通過することは可能だ。俺がサグナブロ国のヤポシスシ殿に許可を取りに行ったことは、あくまでサグナブロ国の面子を立てるための行動だ。ヤポシスシ殿から書類を貰うなど、意味はないだろ」
自分ながら、ちょっと言い訳が苦しいかなと感じる。
でも間違ったことを言ったわけじゃないのは本当なので、ブサハットの表情は更に苦みが増した。
「話は理解しました。だが本当に、我が国に攻め入るわけではないのですね?」
「騎士国に助けを求めれば良い。仮にノネッテ国の軍隊がサグナブロ国で乱暴狼藉を働いたら、それは大義名分のない行いなのだから」
「それは……その通りでしょうが……」
ブサハットは顔を曇らせる。なにか杞憂があるようだ。
俺はその顔を見て、ある考えが閃いた。
「この演習が、『聖約の御旗』の要望で行っているという事情で危惧しているのなら、意味はないと言っておきましょう」
「それは、どうしてでしょう」
「一騎討ちで『聖約の御旗』の代表者がフォンステ国の代表者に敗けたから、ルーナッド国がフォンステ国を攻めようと軍を起こしたからだ」
そう教えると、ブサハットは肩を落とした。
「我が国が『聖約の御旗』に組したことは、結果的には間違いになったようですね」
ブサハットは顔を上げると、改めて俺の顔を見つめてきた。
「本当に、ノネッテ国は我が国に侵攻しないのですね?」
「する理由がない」
「『聖約の御旗』に組したことを大義名分にして、戦争を起こすことはできるのではありませんか?」
「そうだろうか? こちらがフォンステ国から要望されたのは、ルーナッド国との戦争への援軍だ。『聖約の御旗』全体を敵としているわけではない」
俺が改めてサグナブロ国と戦う気がないと示すと、ようやくブサハットは納得してくれた。
「分かりました。では、我が軍も演習を切り上げるとしまよう。いたずらに国境を脅かす意味がなくなったので」
「演習を終わらせて、ノネッテ国の軍隊の行動を監視する気なんだろ?」
「はっはっは。お分かりでしたか。まあ向かう道が同じなだけってことにしてください。そちらの行軍を邪魔する気はありませんので」
ブサハットは俺に一礼すると、サグナブロ国の軍隊全員に響き渡せるような大声を放つ。
「訓練終了! 全員、集合!」
突然の命令にサグナブロ国の兵士たちは狼狽えるが、すぐに現状の隊列を解いて、駆け足でブサハットの近くへと走り寄ってくる。
ブサハットは兵士たちの行動を厳しい目つきで見つめながら、身振りで俺に先へ進むよう指示を出してきた。
俺は馬を進ませて、カヴァロ地域の国境で展開している、ノネッテ国の陣地へと向かった。