二百三十七話 サグナブロ国へ急ぐ
俺は馬に乗り、人馬一体の神聖術を使用して、フォンステ国からルーナッド国に入る。
しかし、国境に展開しているという関所で、俺の姿をフォンステ国の兵に見られるわけにはいかない。
そこで俺は、街道から外れた野道を選んで、ルーナッド国の中に入ることにした。
上手くルーナッド国に入り、街道を進んでいくと、人々が口にする噂を聞く機会があった。
「なんでも、ルーナッド国の商人が食糧を買い上げているらしい」
「聞いた、聞いた。各地から農民を兵に使うために集めているとも聞いた」
「戦争か。作物の刈り取りはもう少し先だから、それまでに終わると良いんだがな」
人々の口に上るほどに、戦争の機運は高まっているようだ。
あまり悠長に構えては居られないと気を引き締めて、俺は馬と共に街道を駆けていく。
ルーナッド国内を駆け抜けて、サグナブロ国との国境に差し掛かった。
来たときと同じように、検問があった。
そしてまだ封鎖は解かれていない様子だった。
「仕方がない」
俺はカヴァロ地域からサグナブロ国に入ったときと同じ道を、今度は逆走することにした。
危なげなく越境した後、街道に戻り、馬首をサグナブロ国の王都へ向ける。
そう、いまの俺の目的地は、サグナブロ国の王城だ。
サグナブロ国の王都は、言い方は悪いが、小国の都と言った感じ。
他の地域よりかは人口密度や発展度合いは高いが、経済的に裕福なロッチャ地域の中央都には及ばないってところ。
俺は人の少ない道を選び、馬を早足で駆けさせて、サグナブロ国の王城へと向かった。
王城の門前に到着すると、すかさず門兵が誰何してきた。
「何者か! 馬から降りよ! ここをサグナブロ国の城と知っての蛮行か!」
門兵の大声に反応して、休憩所らしき一画から兵が十人ほど現れ、こちらに槍を向けてきた。
よく訓練された、良い兵士の動きだ。そして動きが良いということは、軍の統率が確りととれているということでもある。
市井の様子と合わせて考えると、サグナブロ国の王様は良い統治をしているらしい。
そんな評価をしながら、俺は馬に乗ったまま、門兵たちに大声を放つ。
「我が名は、ミリモス・ノネッテ! ノネッテ国の王子である! 至急の要件にて、サグナブロ国の王ないしは位の高い方との面会を望む!」
俺が他国の王子――特に成長著しいノネッテ国の関係者と知ってか、門兵たちが動揺する。
差し詰め、いきなり現れた俺をノネッテ国の王子とは信じられないが、もし本当だとしたら下手な対応をするのも拙い、と考えたんだろう。
「す、少しお待ちを! いま、責任者に連絡を取りますので!」
門兵の一人が王城の中へと駆けていく。
その他の門兵は、相変わらずこちらに槍先を向けて、無理に突破しようとするなら刺すと威嚇している。
そう心配しなくても、無理やり通ったりはしない。俺に無理に突破する気があれば、人馬一体の神聖術を使って城の外壁を駆け上ればいいだけなんだしね。
そんな考えの下で俺が大人しく待っていると、先ほど城中へ駆け入っていった門兵が、文官らしき人物を一人連れて戻ってきた。
その高級文官らしき人物の見た目は五十代で、キッチリと髪型を整え、体に合った仕立ての服を着こなしている。その容姿から、何となく高級役人だと察知した。
「貴方が、ノネッテ国のミリモス・ノネッテ王子でしょうか?」
高級文官らしき人物の問いかけに、俺は力強く頷いた。
そして、これから始まる交渉を考えて、俺はあえて威圧的な口調で宣言する。
「その通り。この度、貴国に対して飲んでいただきたい要望があり、こうして参上させていただいた」
こちらの言葉に、高級文官は警戒するような顔つきに変わった。
「貴方様が何者であれ、前触れもなく突然現れるなど、無礼ではありませんかな?」
「重々承知している。しかし、事は急を要すると考えていただきたい」
「急ぎと言われても、我が王とて忙しい身。予定を空けろと言われても、おいそれとは……」
「王でなくても構わない。軍事や治安維持に関係する人物との面会が叶うのなら」
俺が引かないと見たのだろう、向こうが先に折れた。
「分かりました。お話は城内で伺いましょう。ただし、貴方のお相手するのは、このわたくしめになりますが」
「失礼だが、貴方は何方だ?」
「これは自己紹介が遅れました。わたくしめは、サグナブロ国が軍務大臣、ラクティオ・ヤポシスシと申します」
軍務大臣と名乗りながらも、まったく兵や将軍らしくないヤポシスシに、俺は警戒感を強めたのだった。