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二百三十六話 戦争のために

 俺は、ルーナッド国が戦争を起こす、と予想した。

 フォンステ国の人たちは、この予想をフォンステ国の王に伝えに行くことにしたようだ。


「それで、フォンステ国の王の裁可が下るまで、俺にこの町にいて欲しいって?」

「はい。今回の助太刀のことと合わせ、王から何かしらのお言葉があると思いますから」


 俺の目の前に居るのは、この町の町長。俺がフォンステ国に入った際にいた、出迎え待ちをしていた人たちの中の一人だ。

 一夜明けた宿屋にて朝食をとりながら話を聞いていた俺は、砂漠の獣の肉を焼いたものを薄焼きパンで巻いていく。


「滞在すること自体は構いませんけど、俺を通してノネッテ国から軍隊を呼び寄せようと考えているのなら、ちょっと難しいと思いますよ?」


 ラップサンドのようにしたパンを、口に頬張る。

 キツイ塩味の焼肉が、素朴な麦の味のパンで中和され、いい塩梅に落ち着いた。

 味に満足しながら食べていると、町長が恐る恐ると言った感じで尋ね返してくる。


「これは仮にですが、我が国の王が望んだとしても、ノネッテ国からの援軍はやってこれないものでしょうか?」

「ルーナッド国とノネッテ国が領地を接していたなら、援軍は出せたでしょうね。でも現実では、両国の間には二つの国が横たわっています。まあ、一つは戦争相手のルーナッド国なので無視できるとしても、サグナブロ国についてはどうしようもないですよ」


 仮に援軍を要請されたとしても、ノネッテ国の軍がサグナブロ国を通過する必要が出てくる。

 援軍要請という大義名分で、無関係の第三国の中を軍が通過することが可能かどうか、俺に知識はない。

 でも単純に考えれば、友好国でもない国の軍隊が国内を通るだなんて、サグナブロ国が許すとは思えない。

 そんな道理を語って聞かせると、町長は悲嘆が浮かぶ表情になった。


「『聖約の御旗』との一騎討ちに勝ったのに。その結果が、ルーナッド国との戦争とは」

「……俺が勝った所為で戦争になった、といった口振りですね」

「い、いえ、そんなことはありません! 今の発言は、少し言葉の選択を誤ったのですよ」


 焦った調子で弁明する町長だが、彼の気持ちもわからなくはない。

 ルーナッド国と戦争になったら、この町はフォンステ国の軍の居留地になる。つまるところ、戦争に巻き込まざるをえない。いざとなったら、町民全てが徴発されて戦力に組み込まれることにもなる。

 町長ならば、そんな未来が来て欲しいと望むはずはない。


「ともあれ、この宿に滞在することは了承します。期限はルーナッド国がフォンステ国に宣戦布告をするまででいいですよね?」

「いえ、それでは」

「俺は他国の王子ですよ。他国の王子を戦争に巻き込んだとしたら、フォンステ国の立場が悪くなると思いますけど?」


 当然の道理を語ったところ、町長は項垂れて『フォンステ国が宣戦布告するまで』という期限を飲んでくれたのだった。




 宿屋に泊まって五日。

 俺が知る限り、ルーナッド国の王と、フォンステ国の軍に動きはなかった。

 ルーナッド国の王に連絡が行くまで時間がかかっただろうし、フォンステ国の方も兵を集めるに日数が必要だ。

 これぐらいの日数の消費は、予想範囲内だ。

 約束した以上、この町から出るわけにはいかないので、俺は暇つぶしに厩に繋いだ馬のところへ行って世話をすることにした。


「よーしよし。よく休んで、体調は万全みたいだな」


 厩番から借りたブラシで、馬の体を梳いていく。

 ノネッテ国からルーナッド国まで、人馬一体の神聖術を使っていたとはいえ、走り通しだった。

 体力消費が著しかったからか、この厩に繋いですぐのときは、体調が悪そうにしていた。

 しかし今では、俺の胸元に鼻づらを押し当てて、外で走りたいと甘えてくるほどに体力が有り余っているようだった。


「もうちょっとしたら、事態が動くだろうから、それまで待ってくれ」


 俺が撫でることで馬の機嫌を取っていると、宿屋の店主が厩に顔を出しにきた。


「あ、お客さん、こんな場所に居たんですね。探しましたよ」

「どうかしました?」

「町長からの使いが、お客さんが町長の宅に来てくれるよう、伝言を残していったんですよ」

「分かりました。すぐ行くことにします」


 店主がホッとした顔で立ち去ったところで、俺は用事が出来たことを馬に謝ることにした。


「というわけで言ってくる。大人しく待っていてくれよ」


 馬をひと撫でしてから、俺は町長宅へと向かった。

 家の中に入ると、町長の他に数人の人物がいた。

 その中に初顔が一人。仕立ての良い砂漠の民風の服を着た、四十歳がらみの男性。神経質そうな目を、俺に向けている。

 俺が彼に見つめ返していると、町長が汗が浮いた顔で言ってくる。


「ささ、ミリモス王子。席に座ってくださいな」


 言われた通りに俺が席に着くと、町長が一つの書簡を差し出してきた。書簡の封印は、既に解かれている状態だった。


「これは?」

「我が国の王が、この町に対してくだした命令です」


 書簡を受け取って広げ、中身を確認する。

 内容を要約すると『軍隊を急いで遣わすから、ルーナッド国と戦争になったら、この町総出で対応するように』ということだった。

 俺が見終わった書簡を町長に返すと、さらにもう一つの書簡が差し出された。こちらは封印が解かれていない。


「こちらは、我が国の王から、ミリモス王子に宛てたものです」


 受け取り、封印を破り、広げて中身を確認する。

 まず一騎討ちの助力に対して丁寧なお礼が書かれていた。助っ人と一騎討ちを勝利したことを合わせ、ノネッテ国に対して必ず礼をすると確約も書かれていた。

 続いてはフォンステ国の現状について、ルーナッド国との戦争は避けられないと記していた。そして可能なら、ノネッテ国から援軍を願いたいとも。

 そして最後に、もし援軍を出してくれるのならという仮定の下で、ノネッテ国がフォンステ国まで援軍を出すために必要な措置――サグナブロ国に対する大義名分の作り方が書かれていた。


「なるほど。これなら確かに」


 援軍を出す方法に納得して、この方法だとサグナブロ国と戦争になる可能性も出ると首を傾げる。

 そんな俺の仕草を見てか、神経質そうな四十歳がらみの男性が口を出してきた。


「ミリモス王子。援軍は出していただけるので」


 唐突に不躾な質問を投げられて、俺は紙面から顔を上げる。

 俺の視線と神経質そうな男性の視線がぶつかり、町長が慌てて間を取り持つように言葉を発し出す。


「ミリモス王子、紹介が遅れました。こちらのお方は、我が国の王の重臣のシジョミ卿です。軍務のもろもろを担当される方で、ノネッテ国から武器防具を買うよう王に進言した方でもあります」

「戦争になって国民が失われるより、国庫の金が減る方がマシと判断してのことでしたが」


 シジョミは棘のある良い方をしてきているけど、単純に事実を語っているような響きがあるからか、俺に悪感情は湧かなかった。

 そして神経質そうな目をしている理由は、予定外の戦争が起きそうなことと、俺という不確定な存在を予定に組み込むかで悩んでいるからだと、俺は直感を得た。

 その見た目と口調に反して、シジョミという男性は神経が細いのかもしれないな。


「それで、援軍についてですよね」

「出していただけるか否か、早く言って欲しい。戦争の予定が立てにくい」

「まるで援軍を出すことを拒否しても良いように言ってますよね?」

「あるならあるで、ないならないで、予定は立てられる」


 ここで『援軍はなくても戦争に勝てる』と言わないあたり、シジョミは実直な性格なんだろうな。

 俺は書簡に書かれていた援軍を出す方法をもう一度確認し、フォンステ国――砂漠の通商路の交易相手という価値を再評価し、判断を下した。


「分かりました。援軍は出しましょう」

「それでは!」


 と喜ぶ町長に、俺はちょっと待ったと手で制する。


「といっても、ノネッテ国も大戦争の直後です。長々と戦争に付き合うことはできません。迅速に戦争の決着をつける必要があります」

「戦争の早期決着は、フォンステ国も望むこと。長期間になれば、それだけ戦費がかかる」


 シジョミの追従を受け、俺は早期決着を果たすための作戦を伝えることにした。


「ノネッテ国の軍がサグナブロ国を通り、ルーナッド国に攻め入るまで、フォンステ国の軍は耐えてもらいたいんですよ」

「異存はない。守る戦いの方が、攻める戦いより、被害が出にくくできるもの。兵の被害を抑えながら勝てるのなら、それ以上の上策はない」


 詳しい戦法を伝えた後で、俺は別れの挨拶もそこそこに書簡を持って町長の家から出ることにした。

 向かう先は、宿の厩に繋がれた馬だ。

 回復して早々だけど、外を走りたがっていたし、馬には頑張ってもらうことにしよう。

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― 新着の感想 ―
いやね、戦争自体はしょうがいないけどパラバラ姫はどうするの?絶対忘れてるよねかわいそう( ; ; )
[一言] 帝国「戦が絶えませんなぁ♪(*´∀`)」
[一言] 此れだけ物事を理解している重臣がいるなら戦後フォンステ国が 属国化からの地域化のコンボを狙ってくるのが目に見えてるよな。
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