二百三十話 フォンステ国へ――到着
元騎士らしき人物のいる一団を、脇道を利用して追い抜き、俺はフォンステ国の国境に辿り着いた。
するとそこには、新たな集団の姿があった。
人数は二十人ほど。でも全員が礼服姿であるため、元騎士の一団や、国境を封鎖する兵士でもなさそうだった。
どうしてこんな場所で集まっているのか不思議に思いながら、俺は彼らに近づく。
向こう側も俺の接近に気付いたようで、その中の一人が声をかけてきた。
「不躾ですが、貴方は『盟約の御旗』のお方でしょうか?」
「いいえ、違います。『盟約の御旗』らしき集団は、もうちょっと後ろにいましたよ」
俺が伝えると、目の前の集団は安堵してから、気忙しい様子に戻った。
どうやら、この人たちは『盟約の御旗』を出迎える一団なようだ。
ということは、フォンステ国の貴族とか役人や、それに準ずる人たちだろう。
それならと、俺は自分の身分を明かしてみることにした。
「唐突に申し訳ないですけど、俺の名前はミリモス・ノネッテ。フォンステ国から来た、一騎討ちの代理の要望を受けて来ました」
俺の言葉に、目の前の集団は一様に疑問顔になる。それから徐々に目が見開いていく。
どうやら、俺が言った内容の理解が、段々と脳に浸透したようだ。
「あ、貴方様は、本当にノネッテ国からの? それに名にノネッテがあるということは、王族のお方で?」
「はい。騎士国の元騎士に太刀打ちできるような人物は、俺しかいなかったので」
俺が答えると、集団の人たちの目が輝きだす。
「『盟約の御旗』の一団が近くに来たと知って、もうフォンステ国はお終いかと思ったが、援軍が間に合った!」
「まさか本当に来てくれるだなんて。砂漠の通商路を誼を結んで良かった!」
ひとしきり喜んでから、彼らは俺に寄ってきた。
「こうしてノネッテ国から来てくれたのです。歓待いたします!」
「一騎討ちの結果がどう終わっても、我々は援助を出してくれたノネッテ国への恩は忘れません!」
「そう言ってくれるのは有り難いけど、一騎討ちで敗けるつもりはないよ?」
「それは頼もしい。ですが、ノネッテ国の王族の方に命を懸けてまで頂かなくてもいいですとも。危なくなったら降参してくだされ」
俺が二十歳にもなっていない若造だからか、どうも信用されていない感じがある。
いや、俺が王族と知って、王族を死なせたら問題になると思っての発言かもしれないな。
気遣いと、受け取っておくことにしよう。
俺は馬から降りて、援軍の到着に興奮冷めやらぬ彼らの様子を見ていると、街道の先に騎士国の元騎士の一団が現れた。
接近してきた元騎士の一団は、こちらを認識した様に見えたが、なぜか逆に移動がゆっくりになった。
こちらの気持ちを焦らす作戦かなと、俺は首を傾げて待つ。
やがて十メートルほど距離を空けて、元騎士の一団は止まった。そして白い鎧を着た元騎士らしき人物が先頭に出てくる。
「我が名は、テスタルド・ジュステツィア! 神聖騎士国ムドウ・ベニオルナタルに生を受け、兵士として身を立て、騎士の身位へと至った、カバリカ国の客将なり! 此度は、フォンステ国と一騎討ちを行うため、参上した次第である!」
四角い面持ちの三十半ばほどの顔。茶色い頭髪を角刈りのような髪型にしている。眉は太くゲジゲジで、目は釣り目がちで、口は通常でへの字。体格は、鎧を着ているし馬上の人なので詳しくは分からないけど、百八十センチメートルは確実にありそうだな。
見た目から威圧感がある人物の威風堂々とした佇まいは、中々に迫力があった。
それこそ、ただの自己紹介なのに、フォンステ国の出迎え集団が少し怯えるほどだ。
俺以外のこちら側が魂消ていると、テスタルドと名乗った元騎士の横に、新たな人物が馬に乗った状態のまま進み出てきた。
見た目の歳は四十代。ヒョロっとした体格だけど、お腹は出ている中年体型。くすんだ黄色の髪を真ん中分けしている。衣服は旅装だけど、生地と仕立てが良さそうな雰囲気がある。
「フォンステ国の皆さん、お久しぶりです。カバリカ国が宰相、フレッサ・リリドコロ。テスタルド殿の一騎討ちの結果の確認と、その後のフォンステ国と『聖約の御旗』の関係を協議するためにやって来ましたよ」
自己紹介をしながら『にたり』と音が出そうな粘ついた笑みを向けてきた。
フォンステ国の出迎え集団が、テスタルドを見たときとは違い、憎々しそうな目をフレッサに向けている。
彼らの様子と、フレッサ自身が『盟約の御旗』との関係を協議できると言っていたことから、恐らくフレッサが今回の一騎討ちを主導した人物なんだろうな。もしかしたら『盟約の御旗』を作った人物、って線もあるかもしれない。
そんなフレッサが、自己紹介の後に言ってくる。
「フォンステ国の皆さん。こちらが要望した通り、フォンステ国の国民が大勢集まれる場所で一騎討ちが開催出来るよう、してくれておりますか?」
「……準備はしてある。そして我が国の民が大勢来るように、手配もしてある」
「それは重畳。フォンステ国の国民の方々には、テスタルド殿のお力を確りと見ていただく場が必要ですので」
「ぬはははは! 毎度のこととはいえ、大勢に見られながらの一騎討ちは、心が躍るな!」
大勢の観客を動員する理由は、騎士国の元騎士の力をフォンステ国の国民に思い知らさせることで、『聖約の御旗』への参加を拒否する人間を減らしたいんだろう。
大笑いしているテスタルドが、そういった事情を理解しているかは怪しいけどね。
俺が平然と分析をしている姿が目に止まりでもしたのか、フレッサがこちらに視線を向けてくる。
「お一人だけ毛色の違う人がいますね。旅のお方ですか?」
その質問に、フォンステ国の人が答えようとする。
俺はその直前で制止し、自分で自己紹介をすることにした。
「俺の名前は、ミリモス。縁あって、今回の一騎討ちでフォンステ国の代理となった者だ」
「ほおお! そうですか、貴方が代表者ですか。ふーん……」
フレッサは俺の全身をジロジロと見てから、鼻で笑うような素振りをする。
きっと、俺の年齢が若くて、装備が革鎧と剣だから、大したことなさそうだと侮ったんだろう。
ちょっと腹が立つけど、侮りは油断に繋がるから、大いにしてくれて良い。
そんな俺の考えとは裏腹に、一騎討ちの相手であるテスタルドが侮ってはくれなかった。
「その方、体に一本芯が入った立ち姿をしている。中々の使い手な予感がある。うむっ、立ち会うときが楽しみであるな! ぬはははははは!」
『正義』にかぶれて解任されたとはいえ、流石は騎士国の元騎士。
こちらが若年だからと、侮ったりはしてくれないようだ。