二百二十九話 フォンステ国へ――ルーナッド国内
山脈の際を駆け抜けて、国境を突破する。
山脈の向こう側が砂漠地帯だから雨が降り辛いのか、山の頂上から裾野に掛けての土地に植物が少なかった。
無事に誰に会うこともなく国境を突破した後は、ルーナッド国の街道へと馬首を向け直す。
街道を進み、ルーナッド国の中を移動していく。
立地が近いサグナブロ国と似たような景色だったのだけど、途中から様子が変わってくる。
一番の変化は、住民の顔がとても明るいこと。次は村や町で売られているものの変化だ。
「さあさ! フォンステ国から入ってきた海塩だよ! ここらじゃ滅多に手に入らない上物だ!」
「真珠の指輪あるよ! 手頃なところじゃ、海の貝で作られたネックレスはどうだ!」
「乾燥させた海の草があるよ! スープに入れりゃ、一味も二味も違ってくるよ!」
町の中の市場では、行商人らしき馬車持ちの人たちが、威勢のいい声を上げて商売をしている。
それにしても、海の品か。俺がこの世界に生まれて以降、見たことがなかったな。
なにせノネッテ国は山国の小国で、海は遠いしね。
ルーナッド国は、立地的に、大陸のほぼ中央に位置している。
本来なら、海の品なんて手に入ったりしない。
けど、隣のフォンステ国には、砂漠の通商路がある。
だから砂漠を隔てた向こう側にある国から、海の産物を輸入することができるんだろう。
こうして市場を見ていると、ルーナッド国とフォンステ国の間柄は良好のように見える。
だから、フォンステ国が一騎討ちを仕掛けられているという知らせが、若干信じられない気がしてきた。
「でも、人の欲望には限りがない、とも言うよな」
ルーナッド国は――というよりカバリカ国を始めとする『聖約の御旗』は、フォンステ国にもたらされる砂漠の向こうの物品たちが魅力的に過ぎたんだろう。
だから、一騎討ちをもってフォンステ国を連合の内に引き入れて、砂漠の通商で得る利益と物品を独占したいと考えたんだろう。
上手く使えば、この周辺の小国を相手に貿易で荒稼ぎができるかもしれないしね。
そしてルーナッド国の国民も、一騎討ちでフォンステ国を『聖約の御旗』の内側に入れることを望んでいるようだ。
「どこぞから武器を集めたフォンステ国も、一騎討ちが終われば、我が国の一部になる。喜ばしい!」
「おいおい。我が国じゃなくて、我が連合だろ、そこは」
「言葉の綾ってやつだよ。だけどよ『聖約の御旗』に所属する国の中で、フォンステ国に接しているのは我が国だけだ。利益を一番得られるのも、我が国だろ」
「はっはっは、違いない!」
どうやらルーナッド国の国民は、カバリカ国にいる元騎士国の騎士が一騎討ちで勝つことを確信しているようだな。
勝手なことを言っているなと眉を潜めたくなった。
でも国民ほど、ルーナッド国や『聖約の御旗』の上層部は楽観視していないと思う。
なにせ、サグナブロ国は国境で軍事演習を行い、ルーナッド国の境では検問所を作って、誰も通さないようにしていたんだから。
ルーナッド国の街道を走り続け、フォンステ国の近くへと至った。
すると道の先に、変な集団がいることに気付いた。
中心に十人ぐらいの集団があり、その周りを兵士らしき装備の人物たちが囲んでいる。総勢で五十人ぐらいの集団。移動速度はとてもゆっくりだ。
それだけなら商人とその護衛だと思うのだけど、中心集団の中に、ひときわ目立つ人物がいた。
白く輝く全身鎧を見につけ白馬に乗った、身の丈が二メートルに届きそうな偉丈夫。その背中には、身の丈ほどもある馬上剣がある。
その人物の周りにいる人たちは平服姿で、白鎧の偉丈夫に媚びへつらう笑顔を向けている。
「あの集団は、もしかして……」
俺は予感がした。
あの白鎧の偉丈夫こそが、『聖約の御旗』が行う一騎討ちで活躍している、騎士国の元騎士。そしてあの集団は、フォンステ国で一騎討ちに向かっている、『聖約の御旗』の中心人物たちだと。
「ここで俺の姿を見られるのは、拙いかもしれない」
もし俺が、フォンステ国の助っ人だと感づかれたら、力づくで排除しにくるかもしれない。
戦いになっても負ける気はないし、逃走を選んでも逃げ切れる自信はある。
でも、こんな場所で自分の手札を相手に晒したら、一騎討ちの際に手を読まれることに繋がる。
ここで一当てすれば、あの元騎士の戦い方を見るチャンスっていう考えもなくはない。
しかし『聖約の御旗』の一騎討ちはもう何度もやっているんだ。話を聞いて回れば、どんな戦いっぷりだったかを知ることはできるはずだ。
うん。やっぱり、ここで戦いになることは、避けるべきだな。
俺はそう判断し、馬の移動速度を落としながら、街道の脇道へ入る。
そして十分にあの集団から視認できない距離まで離したところで、『人馬一体の神聖術』を起動して爆走を開始し、一気にフォンステ国に先回りすることにした。
もうこんな場所まで『聖約の御旗』の連中が来ているのなら、フォンステ国に到着してからの準備時間はさほどないなって思いながら、馬に無理を強いる速さで走り続けたのだった。