二百二十八話 フォンステ国へ――サグナブロ国内
俺は馬に乗って街道を進み、カヴァロ地域からサグナブロ国に入った。
すると少し先に、サグナブロ国の軍隊らしき人影が見えてきた。
周囲は、平地が七と、まばらに生えた木々が三の景色。身を隠して進めるような場所じゃない。
そこで俺は、街道を少し逸れると馬の進みを並足に落とす。そして『人馬一体の神聖術』の応用で、俺と馬に気配を消す方の神聖術をかける。
気配を消す方の神聖術は、周囲の存在に察知されなくなる代わりに、膂力の低下を引き起こす。
慣れている俺は良いけど、俺と荷物を載せている馬から、『重い』と訴えるような小さな嘶きが起きた。
俺は我慢してくれと、馬の首元を撫でながら、サグナブロ国の軍隊へと近づいた。
サグナブロ国の軍隊の横を通りながら、その数と装備と演習ぶりを観察する。
「うわあああああああ!」
「うわあああああああ!」
千人ずつ二つに分かれての模擬戦をしている。
装備は鉄製の武器と、革を何枚か貼り合わせて作った革鎧。そして裾口からチェーンメイルの端が見る。
武器の種類は、剣に槍と弓矢。そして十人未満の魔法兵。
装備も人数も、この世界の小国の軍隊としては、オーソドックスだ。
それにしても、武威を相手国に示すための国境演習で、二千人の兵とごく普通の装備なんて。
これじゃあ『サグナブロ国は普通の小国です』って言っているようなもの。威圧にはならない。
戦い方も、まず弓矢で相手の数を削り、槍で陣形の崩し合いを行い、最後は剣での乱戦と、有り触れている。
兵の人数、装備、戦術。どれをとっても、脅威には映らない。
むしろドゥルバ将軍を始めとするノネッテ国の軍隊を見たら、サグナブロ国の軍隊の方が意気消沈しちゃいそうだよな。
俺はそんな評価を下しながら、軍事演習している横を通り過ぎていった。
サグナブロ国の軍隊が演習している地域を抜けたところで、俺は街道に戻る。同時に神聖術も、気配を消す方から、普通の方へと切り替えた。
「ふるるるるるる!」
馬から、力が戻ったことを喜ぶような鳴き声。そして鬱憤を晴らすように、街道を軽快に駆け始めた。
「おっと。あんまり張り切り過ぎないでよ。道はまだまだ長いんだから」
「ふるるるるるるるる」
俺の苦言に、馬は『知ったことか』と言いたげな口振りで鳴く。
きっと気が晴れたら収まるだろうと判断して、俺は馬を走らせ続けることにした。
サグナブロ国の中を走り、その景色に目を向ける。
山間の場所には森が広がっていて、街道周辺から西にかけて広い平地が伸びている。
平地のいたるところに、山から流れてくる川を利用した麦畑と野菜畑が広がっている。
畑仕事をしている人たちは、馬で街道をかける俺に目を向けても、警戒せずにのんびりと見ている。
しばらく走り、馬に疲れが見えたところで、村に入って休憩する。
出会った村人に、食料と水を買うことを告げると、パンと共に多くの野菜と溢れんばかりの水を売ってくれた。代金は、予想以上に安い。
どうやらサグナブロ国は、食料生産が盛んで平和な場所のようだ。
普通、食料生産に秀でた場所は、他国が狙ってくるもの。
しかし、こうも平和そうな様子を見るに、周辺国と平和条約でも結んでいるんじゃないだろうか。
そして今回、カヴァロ地域との国境で軍事演習なんて真似をしたのは、その平和条約を逆手に取られての行動じゃないだろうか。
「予想に予想を重ねても、意味はないか」
腹いっぱいに食料を詰め込み終え、パンパンに水が入った水筒を一口飲む。
馬の方も、満足いく量の飼い葉と水を得て、元気いっぱいな様子だ。
休憩を終え、再びフォンステ国を目指して進む。
サグナブロ国の領土を通り抜け、ルーナッド国の国境へ。
すると、三十人ぐらいの人だかりが見えてきた。
集まっている人の服装は、生地はそれなりだけど、仕立てが良い。馬車や大量の荷物を持っていることから、行商人たちの集まりだと思う。
俺は近づき、商人たちに声をかけることにした。
「こんなところに集まって、どうかしたんですか?」
俺の問いかけに、商人の護衛たちが警戒を見せる。
護衛の行動は仕方がない。俺は鎧と武器を装備して馬に乗っているため、旅の傭兵っぽく見えるだろうからな。
そう考えて気にせずにいると、商人たちが護衛の行動を止めるように身振りする。そして俺に笑顔を向けてきた。
「旅のお方とお見受けするが、この先は通れなくなっておりますよ」
「それはまた、どうしてでしょう?」
「ルーナッド国が突然、国境を閉鎖したのですよ。検問を立て何人たりとも通さないとね」
国境閉鎖に驚いていると、商人たちの愚痴が始まった。
「付け届けを出してみても、なしのつぶて。困ってしまいます」
「まったくだ。商品を持ち運ぶにも金がかかる。ここまで移動してきた分が丸損だ」
「ルーナッド国も、国境を閉鎖するなら、事前に告知をしてくれればよいのに」
商人たちの嘆きっぷりを見て、俺は首を傾げる。
「俺が言うのもなんですけど、行商人には『裏道』みたいなものがあるのでは?」
そう問いかけると、商人たちは苦笑いの後で首を横に振る。
「検問所破りの裏道を護衛に進ませて見てみたのですけどね、そこにも兵士がいましたよ」
「兵士の気の張りようから、検問を破った者を殺すと見てる」
随分と物々しいな。
「物騒ですね。そんなに警戒するようなことが、あるんですか?」
「考えられることは、『聖約の御旗』とフォンステ国との一騎討ちでしょうかね」
「いやいや。今までの一騎討ちじゃ、国境閉鎖なんてしたことなかったぞ」
「そうだとも。一騎討ちを見に来る人に売るために、こうして商品を運んできたんだからな」
「こうなったら、一騎討ちには間に合わなくなるでしょうが、アコフォーニャ国に行ってからルーナッド国に入るしかないでしょうね」
「そうするしかないか」
商人たちの会話を聞いていて、疑問が湧いた。
「アコフォーニャ国からなら、ルーナッド国に入れるんですか?」
「そのようですよ。検問所の兵士に聞いたので、間違いありません」
「どうしても入りたいのなら迂回しろと言われたからな」
これは変だ。
ルーナッド国の国境閉鎖は、サグナブロ国から人を入れさせないためだけの方策らしい。
そこで俺はハタと気付いた。
この国境閉鎖も、サグナブロ国の軍事演習と同じで、ノネッテ国からの助っ人をフォンステ国に行かせないための措置なんだ。
「……情報、ありがとうございました。とりあえず、国境の検問所に行ってみます」
「行っても無駄だと思うが、やってみるといい」
俺は商人たちと別れ、ルーナッド国の国境へ。
すると木の柵で作られた検問所が見えてきた。
検問にいる兵士が、俺を見て槍先を向けてくる。
押し通るなら、問答無用って感じだ。
俺は一度引き返すと、街道を逸れて山がある方へ向かう。
そして整備されていない野道に入り、さらにそこから外れる。そこで『人馬一体の神聖術』を発動し、道なき道を力任せに突破していく。
こんな場所を通るなんて想像していないのだろう。国境を閉鎖するルーナッド国の兵士の姿はなかった。