二十一話 お話し合い・前編
神聖騎士国の騎士が執務室に入ってきた。
「どうやら、帝国の蛮行は止めることができたようだな! この私、ファミリス・テレスタジレッドが来たからには、万事任せておくといい!」
細身のシルエットな全身甲冑姿で背中のマントを翻しつつ、片手を前へ振り上げながらの言葉に、部屋の中にいる誰もが言葉を失った。
俺も衝撃を受けていたが、一応はこの砦の最高責任者なわけなので、言葉を返さないわけにはいかなかった。
「えーっと。僕はミリモス・ノネッテ。この砦の中で一番高い階級のものです。それで神聖騎士国家ムドウ・ベニオルナタルの騎士様が、どうしてこんな小国の砦にやってきたのですか?」
皆の言葉を代弁する気で質問したのだけど、ファミリスという名の騎士は兜越しに、こちらをじっと見てくる。
「失礼な物言いになるが、君のような若年者が、最高階級者とは本当か?」
「ええ、まあ。この国の末の王子なので、元帥位を与えられていますよ」
「なるほど。飾りのようなものか」
うんうんと納得して頷く、ファミリス。
「それで私の用件だったな。簡単なことだ、蛮行を成そうとする帝国の野望を、打ち砕くために来たのだ!」
バーン! と背後に効果音が流れそうな仕草でもって、ファミリスは帝国の方々に指を突きつける。
一方で帝国の代表者であるフンセロイアは、対応するのも面倒くさいという態度で言葉を返す。
「よくもまあ、離れた土地まで馬で走破してきたものですね。それに、我々の行動を蛮行と言っていますが、ちゃんとした理由があると、通告を出していたはずですが?」
「もちろん聞いている! だがそれは、帝国の物資を不当に使用して、侵略戦争を起こしたメンダシウム国に対するもの。ここ、ノネッテ国に踏み入る理由にはならない! 違うか!」
メンダシウム国が不当に物資を使用したって?
話の中に出てくる物資で考えられるのは、連中が持っていた帝国製の杖だよな。
あれって帝国が売ったものだと思っていたのだけど、盗んだものだったとか?
それとも、売却する際に、戦争に使用することを禁じていたとか?
なににせよ、帝国がメンダシウム国を占領する大義名分に、あの杖のことが使われたことは間違いなさそうだな。
俺が考えに沈んでいる間に、フンセロイアとファミリスは言葉をぶつけ合わせ続けていた。
「勘違いしないで欲しいですね。我々がここに来たのは、新たな隣国となった方々へ挨拶がてら話し合いを持つためですよ。侵略する気なんてありません」
「その話し合いで隣国を支配する筋道を立てるのが、帝国の常套手段だと知っている! そんな邪悪な真似、させるわけにはいかない!」
「会話は人類で最も尊ばれるべき手法ですよ。それを否定するだなんて、騎士殿は言葉を解しない原始人かなにかですか?」
「神を信仰せず、魔導に落ちた帝国こそが蛮人だろうが。ああ、蛮人ゆえに、私たちの身に降り注ぐ主の威光が理解できないのだったな」
「……言いますね。いたずらに話し合いに鼻づらを突っ込んでくる、イノシシ騎士が」
「良く回る舌は塩を舐めるためだけに使っていろ、ロバの口め」
よくわからない言い回しで罵倒し合った二人は、不倶戴天の仇のように睨み合う。フンセロイアはともかく、ファミリスの方は兜で表情はわからないんだけど、体から発せられる神聖術の圧力から、俺は怒っていると判断した。
っと、観戦気分でいる場合じゃなかった。
「お二人とも、ここで戦いを起こさないでくださいよ。こんな小さな砦、騎士国と帝国の戦いの場になったら、更地になっちゃいますから」
俺が冗談交じりで仲裁に入ると、フンセロイアは態度を改めてこちらに向き直った。
「これは失礼いたしました。道理を弁えないイノシシが出てきたもので。つい感情的になってしまいました」
「貴様! 私を悪者に仕立てる――」
「騎士ファミリス殿。ノネッテ国を心配して駆けつけた心意気、立派だと思います。ですが、帝国の皆さんは話し合いに来たと言っています。ここは僕に任せてはくれませんか?」
発言を遮るように俺が早口で言うと、ファミリスは口惜しそうな態度で戦意を収めてくれた。
「王子ミリモスに免じて、先ほどの雑言は聞き流してやろう。有り難く思うのだな、ロバめ」
ファミリスは悪態をついてから、壁際に移動し、俺とフンセロイアとの話し合いを見守るような姿になる。
「では、帝国がノネッテ国に、どんなお話を持ってこられたか、お聞きしてもいいですか?」
俺が水を向けると、フンセロイアが応じた。
「話題はいくつかあるのですが、最初は賠償に関することです」
「賠償、ですか? ノネッテ国が帝国に対して、なにかをお支払いするようなことをした覚えはないのですが?」
俺が横にいるアレクテムに視線を向けると、首を横に振ってきた。
アレクテムも知らないとなると、軍関係の話じゃないな。
「外交系の問題でしたら、僕の父や兄姉の分野なので、王城まで赴いていただかないと」
というか、帝国の対応を俺がしなくてもいいよな。
よし、父や兄姉に押し付けよう。
そう考えて、アレクテムに帝国の人たちを運ぶ馬車の用意をさせようとしたのだけど、俺が言葉を発するより先にフンセロイアが待ったをかけてきた。
「賠償といいましても、ノネッテ国が帝国に行うものではないのです。その逆です」
不思議な物言いに、事態を見守ってくれているファミリスが首を傾げている。
俺も理由が分からず、思わず疑いの半目になってしまう。
「逆というと、帝国がノネッテ国に何かを払うと。そうされる覚えがないのですが、それはまたどうしてです?」
「不幸なことに、不正に利用された帝国の【魔導杖】によって、ノネッテ国には少なくない被害が出たと聞いております。本来なら我々が圧力をかけて、メンダシウム国に賠償を払わせるのが筋でしょう。ですが、既に当該の国はなくなっております」
「帝国が占領してしまいましたからね」
「そう、いまやメンダシウム『地域』は我が国の一部。その地域に負債があるというのなら、帝国が支払うのは当然の成り行きでしょう?」
話の筋は通るな。
「理由は理解しました。それで、賠償は何でお支払いになる気なんですか?」
「土地ですよ。我々が手に入れたメンダシウム地域、その半分をノネッテ国に譲渡したく考えています」
気前が良い話だなと、俺はちょっと他人事のように考えてしまう。
しかし、アレクテムはそうではなかった。
「ミリモス様。この話、お受けした方が良いと考えますぞ」
「それはまた、どうして?」
「この国の成り立ちはご存知でしょう。追い出されてしまった土地に戻りたいというのは、ノネッテ王家の悲願ですぞ」
「へー、初耳だよ」
そういうことなら、この話は俺が決めて良いものじゃないな。
「お聞きになったように、メンダシウム地域の取得は僕の家の悲願らしいですので、父に話を持っていってください」
俺が次の話題に移ろうと要望しようとすると、フンセロイアから待ったがかかった。
「帝国も戦争後で慌ただしく、我々もそう暇ではありません。国の王子かつ元帥位を持つミリモス様がここにおいでなのですから、賠償がこれでいいか悪いか、即決していただかないと」
「……これって、俺が決めて良いことなの?」
つい素でアレクテムに質問すると、頷きが返ってきた。
「資格は十分に擁しておりますぞ。この場は戦後賠償の話ですので、元帥が前線で話を纏め、後に王へ奏上する方法もありますからな」
王様が戦場にでることは滅多にない。だからこそ、軍内で一番階級が高い人が代表者となって、戦争した相手と条約の締結を結ぶのだろう。この世界では移動に時間がかかるから、戦勝国の首都に戦敗国の国主が向かうなんてことになったら、条約を結ぶまでに日数ががかかりすぎる。そのかかる日数だけ両者の緊張は続くことになるから、前線で条約を締結することで緊張を解く意味が生まれるってわけか。
とりあえず、俺がこの場で帝国側が出してくる案に対し、最低でも良い悪いの判断をしなければいけないようだ。
「分かりました。それで、メンダシウム地域の半分を、賠償としてくれるという話ですが、どこからどこまでを渡してくれるのでしょうか?」
「半分は半分ですよ。真ん中から横にスッパリと真半分にして、ノネッテ国に近い方を譲渡します」
豪快な話だな。本来なら、この地域は有用だからこっちにくれとか、この土地は不毛だからお前にやるとか言うものだと思うのだけど。
俺が返答に困っていると、壁際に立っていたファミリスが口を挟んできた。
「相変わらず、帝国は手法が荒っぽい。それでは境界線に町があった場合、国と国で分断されてしまうというのに」
「そうなったらそうなったで、話し合いですとも。その町をどちらかに帰属させるのか、それとも共同で管理するのか、それとも割ったままにしておくのをね」
「住民の感情を考えないとは、やはり蛮族だな」
「話を聞いてなかったのですか? 住民の処遇は、当事者間で話し合うと言ったばかりでしょう?」
またもや険悪な雰囲気になりつつあるが、俺はそれに構っているどころじゃない。
メンダシウム地域の半分を貰えるとなったら、俺が苦痛に感じていた豆ばかりの料理が改善される可能性があるのだ。
なにせメンダシウム地域は、なだらかな丘と平原ばかりある場所だ。川は少ないものの、小麦が良く取れる土地だと聞いている。
ああ、小麦。麺にパンにお菓子。お好み焼きに、大判焼き。
小麦とは、とても夢が膨らむ食材だよなあ。
土地を手に入れれば、王城には年貢という形で小麦粉がやってくるに違いない。食卓が豊かになりそうだ。
そんな夢想を途中で切り上げて、俺の返事は決まった。
俺はフンセロイアに笑みを向け――
「決めました。賠償にメンダシウム地域の半分を頂けるというお話、お受けいたしません」
――そう、きっぱりと断った。