二百二十三話 砂漠の通商
「ミリモス。武器をくれ」
面会してすぐに、そう唐突に言ってきたのは、俺の二歳年上の兄であり、アンビトース地域を治める当主のヴィシカ。
久しぶりに会ったヴィシカは、長い砂漠暮らしで日に焼けて色黒の肌に変わり、服装もその地に根差したものを着ているため、すっかり砂漠の民と言った感じだ。
俺は、相変わらず言葉が少ないヴィシカを見ながら、考える。
領地の当主が武器をくれということは、個人的な武装という意味ではないはずだ。
「ヴィシカ兄上。ロッチャ地域で作った、鉄の武器でいいでしょうか?」
「上等だ」
「どれぐらいの数が入用ですか?」
「戦争に送る」
戦争と、送るという、二つの言葉。
それを聞いて、俺はちょっと前に聞いたことを思い出した。
「確か、砂漠の通商路に関わる国が、他の国から目の敵にされているって話がありました。それに関連するものですか?」
「ああ。西側の拠点にしている国にだ」
アンビトース地域を含む砂漠地帯は、大陸地図の規模で見ると、菱形に近い形をしている。
通商路は右端と左端――つまり東西の端から端にかけて作られている。
「ということは、西端にある国と周囲の国とが、戦争状態にあるってことですね」
「まだ、交渉中だ。だが、そうなると連絡がきた」
「なるほど。戦争になる前に、武器の援助をするわけですね」
「商売だ。武器を売る」
取引先に恩を売る形での援助ではなく、実利を得るための販売先として見ているのか。
砂漠の通商路を運用してきて、ヴィシカの考え方は商人よりになってきているってことだろうな。
「分かりました。武器を用意させましょう。千人分ぐらいでいいですか?」
「十分だ。あの国の兵に行き渡る」
千人に満たない兵力しかない小国なのか。
それは確かに武器を送らないと、戦争になったら占領されかねない。
「小さな国が砂漠の貿易で裕福になったから、周りから狙われたわけか」
かつてのノネッテ国が得た帝国の同格証明書を、ロッチャ国が狙って戦争を起したことがある。
状況的に似ている国の話に、俺は同情心を抱いた。
「援軍は送らなくてもいい?」
「武器だけでいい」
「相手も同じ小国で、武器さえあれば勝てるってこと?」
「知らない。負けたら、拠点の国を変える」
「直接その国の勝敗に関わる気はないって、いままで取引してきた相手に対し薄情では?」
「ミリモスは騎士国的だな。僕は商人的だ」
俺とヴィシカでは考え方が違うと言われてしまえば、それまでだな。
でもまあ、ヴィシカの言い分もわかる。
わざわざ他国の戦争に首を突っ込もうとする俺は、騎士国のような存在に見えることだろう。
逆にヴィシカのように、国を商売相手とだけ見ているのなら、火の粉を浴びないためにも他国の戦争と関わらない方が賢明だ。武器を売ることだって、取引先だからという温情がなければ、行わない選択だって考慮に入る。
「一応聞くけど、その国から援助要請はないんだよね?」
「報告にない。あったら、売り物にする」
「武力を売るってことは、ヴィシカ兄上は傭兵を持っているってこと?」
「砂漠の戦士は、傭兵で稼ぐ」
砂漠に傭兵がいるとは、俺は考えてなかった。
「砂漠には国がないから、戦争もしていないんじゃないの?」
「郡ごとで利権を奪い合う。水、魔物、商業路の休憩場所、などだ」
「じゃあ、砂漠の傭兵は戦い慣れてそうですね」
「勇猛果敢。高く売れる」
自信ある商品を語る口調に、俺は苦笑いする。
「もしものときは、ヴィシカ兄上がオススメする人を雇うとするよ」
「ミリモスには安くしよう。約束する」
俺は紙を取り出し、ヴィシカに武器を千人分渡す書類を作り上げる。
「いま手が空いている工房の一覧を頂戴」
「はい、センパイ。用意してます」
書類を差し出してくるホネスは、俺と結婚してから常に機嫌良さそうにしている。
その様子に、ヴィシカが微笑ましそうにしてくる。
「第二夫人の機嫌が良い。良い事だ」
「実感を込めてそう言うってことは、ヴィシカ兄上も第二夫人が?」
「通商路を確立するため、複数人と政略で」
元アンビトース王族と婚姻したことは知っていたけど、その他に複数と結婚していたとは知らなかった。
通商路関係ってことは、砂漠を支配する氏族や豪族から貰ったんだろうな。
「遅れた結婚祝いで、この千人分の武器を譲りましょうか?」
「いや、支払う。祝いなら、硝子細工がいい。妻たちが気に入っている」
「ははっ、わかりました」
俺は、まず武器工房へ千人分の武器を作る命令書を書き終えた。
その後で、新たにガラス工房へ送るための書類を作り、領主の夫人たちに相応しいものを選んで渡すようにと書き添えておいたのだった。
諸事情により、次回の更新は四月十一日になる予定です。
ご了承ください。