二百十九話 少し先のために
俺とパルベラ、そしてファミリスは、ノネッテ国に入り、王城へ向かった。
パルベラとファミリスは王城で一休みしてもらい、俺はチョレックス王に謁見する。
「――というのが戦争の結果と、カヴァロ地域とペレセ国の状況となります」
俺が報告を終えると、チョレックス王は悩み深そうな顔つきに変わった。
「ペレセ国を属国とせよと、ミリモスは主張するのだな?」
「属国化というより、ノネッテ国として組み込んでしまった方が楽だと思いますよ」
俺の返答に、宰相のアヴコロ公爵は同意する。
「ペレセ国の状況を考えると、支援はせねばならないでしょう。しかし、属国に与えるにしては、支援規模が大きすぎます」
ペレセ国の国土の大半は、戦争で荒れ果ててしまっている。
復興させるには、ノネッテ国全土から作物や人手を集めなければいけない。
それほどの大事業であり、巨大な出費が伴うことを考えると、属国の支援という形では採算が合わない。
属国といえど、所詮は他国。支援代として借金させたところで、踏み倒される危険性がある。
だからこそ、ペレセ国をペレセ地域と化してノネッテ国の内側に組み込むことで、税という形で金銭の取りっぱぐれを防がなければいけないわけだ。
「その理屈は分かるが……」
チョレックス王は王であるからこそ、ペレセ国の国体を失わせる行為に二の足を踏んでいるようだ。
そして王の尻を叩くのが、アヴコロ公爵の役目だ。
「ペレセ国の国民を見捨てるのでしたら、このままの状態でも構いませんが?」
「そんな真似をしたら、大変なことになるであろうが」
「そうですね。ペレセ国の国民が難民となり、我が国やカヴァロ地域やペケェノ国へと流れ、それらの土地の治安が悪化するでしょう」
「そこは素直に、多数の人が飢えて困ると言うべきであろうが」
チョレックス王はアヴコロ公爵の物言いに対して憤然とした様子で鼻息を吐くと、腹を決めたようだ。
「イニシアラ『王子』には、儂から話すとしよう」
「彼の身分を王子とすることでペレセ国の玉座は空位であると定義し、国体が失われる責任をイニシアラ王に背負わせない気なのですね?」
「野暮なことは言うな。ともかく、儂はイニシアラ王子に話すだけだ。ペレセ国の行く道をどうするかは、彼が決めるべきことであるからな」
どうやらペレセ国の未来は、イニシアラ王の決断によって決まるようだ。
これで俺がノネッテ国の王城で済ます用事は終わった。
王城で数日休んで英気を養ってから、パルベラとファミリスを伴ってロッチャ地域に戻ることにしよう。
ロッチャ地域に戻った俺は、色々な手続きに奔走することになる。
「まずは、パルベラに医者をつけることからだ!」
妊婦であるパルベラのために、ファミリスが目星をつけていたという医者を専任化させる手続きを行う。
十全に仕事をして欲しいので、報酬も規定の金額に少し上乗せした。
俺が帰って真っ先に医者の手配をしたことを、パルベラは微苦笑している。
「出産はまだまだ先ですから、私のことなど後回しで良かったですのに」
「そうはいかないよ。なんたって、妊娠出産は一大仕事って言うじゃないか」
「ミリモス王子の言う通りですよ、パルベラ姫様。失敗が死に繋がるのですから、万が一もないようにしなければなりません」
「もう二人とも、大袈裟ですよね」
パルベラの妊娠に対処する手立てが整ったところで、今度はペレセ国の国民を救うための食料をノネッテ国全土から融通するための書類の作成に入る。
「ホネス。本当に、帰ってきて早々に大仕事に巻き込んでゴメンね」
「全くです。長々と戦争に行って心配させておいて、帰ってきたら書類作成を手伝えなんて、呆れる他ないですよ」
「この書類と、もうひと仕事片付けたら、約束はちゃんと果たすからさ」
「……約束って、なんのです?」
「えっ。戦争が終わったら結婚式を挙げようって――もしかして、嫌になった、とか?」
俺が恐る恐ると目を向けると、ホネスがニンマリと笑っていた。
「ふふんっ、ちゃんと覚えてましたね。よしっ、機嫌を直して、書類仕事を手伝ってあげます」
楽しげな様子に変わったホネスが、さらさらとペンを走らせて書類を作り上げていく。
嬉しそうなホネスの様子を見ると、俺との結婚は嫌がっていないように見える。
するとどうして、さっきは約束のことをすっ呆けてきたのだろう。
ちゃんとした理由が予想付かないので、俺が戦争中にロクに連絡を送らなかったことに対する意趣返しかなと、勝手に納得することにしたのだった。
書類作成を終え、ホネスと共に結婚式の日取りと開催場所をノネッテ本国にすることを決めると、今度は研究部に顔を出す。
「魔導鎧を改良しなければいけない!」
俺が初っ端に主張すると、研究部の鍛冶師たちの目が光った。
「あれは先行制作したもんだからな。問題があって当然だな。で、どこが問題だったんだ?」
「戦争で使った感想と、改良点をどうぞ!」
鍛冶師たちに詰め寄られて、俺はタジタジになってしまう。
「問題はいくつかあるけど、最大の問題は稼働時間が圧倒的に短いことだよ」
魔導鎧の稼働時間に制限があったから、先の戦争で俺は戦闘時間が短くなる戦術を取り、ドゥルバ将軍は多くの兵士を消耗させても着用者を入れ替える方策を取った。
これがもし稼働時間の制限がもっと緩かったら、戦い方はもっと楽になったはずだった。
「だからまずは、稼働時間の延長を図らないといけないんだ」
俺の主張に、鍛冶師たちは苦悶の表情を浮かべる。
「ミリモス王子。言うは簡単ですがね、今の魔導鎧を動かせる時間だって、ようやっとあれだけ確保できたんだぞ」
「その通り。魔力消費が少ない液体操作の魔法を用い、魔法で油を動かすことで、鎧の各部にある湯圧筒を駆動させる方法をとっているのです」
「あの魔法以上に魔力消費が少ない魔法で、魔導鎧を動かす動力に使えそうなものとなると、考えがつかないな」
鍛冶師たちの主張は最もだ。
幼少期に魔法にのめり込んで魔法の種類を多く知っているはずの俺でも、全身鎧の動作補助に使えて魔力消費が少ない魔法なんて、パッとは思いつかない。
けれど、魔力消費を抑える方策は、実は立てていた。
俺は研究部の中を見回し、資料用として保存されていた、とある魔導具を手に取った。
「改良の鍵は、この『帝国製の魔導杖』にある」
強く主張して研究部の面々の注意を引き付けたところで、詳しい説明に入ることにした。
「この杖の効果は、魔法の効果を飛躍的に高めるもの。それも、魔力消費は据え置きでだ」
「それは知っています。しかし、その杖の効果で油を操る魔法の威力を上げたところで、魔導鎧の膂力が上がるかもしれませんが、稼働時間の増幅は叶わないのでは?」
反論されたように、威力が上がろうと魔力消費が据え置きなら、意味がないように思える。
しかし、発想を転換すればいい。
「こう考えてみてよ。液体を操る強さを数分の一に減らした魔法があれば、その強さを減らした分だけ魔力消費も減る。そして減った強さの分を、杖の効果で増幅させれば、駆動することはできるでしょ?」
俺の拙い説明に、鍛冶師たちは理解を試みる様子になった後で、ああっと納得の声を上げた。
「そうか。魔導鎧の駆動を補助するには弱いと判断した魔法でも、魔導杖の効力を使えば、補助を可能に出来るわけか」
「いっそのこと、ミリモス王子が提唱したように、液体を操る強さを減らした魔法を開発するのもいいかもしれない」
「いやいや。まずは魔導杖の『魔法の威力を増幅させる』という効果が、どの模様で成されていることかを判別することが先だろう」
活発に意見を交わし合い始めた鍛冶師たちに、俺は腕組み頷きで眺めて議論が落ち着くのを待つ。
しかし一向に議論が止まる雰囲気が出なかったので、声をかけることにした。
「駆動時間の改善に目処がついたところで、魔導鎧の他の問題点も指摘ておきたいんだけど?」
「待ってください。まだ議論が煮詰まってません!」
「くそっ。魔導具に適した素材を探す際にも沖田ように、やっぱり意見が分かれるな」
「それぞれ意見が合う者同士で組み、研究を始めるのでどうだ?」
「……えーっと。じゃあ、その他の問題点は紙に書いておくから、後で見ておいてよ」
「「「分かりました!」」」
議論の合間で放たれた鍛冶師たちの威勢のいい返答み、俺は本当に効いているのかなと心配になった。
でもまあ、紙に書いておけば後で見てくれるだろうと、戦争で判明した魔導鎧の問題点を書き連ねる作業に入ることにしたのだった。