二百十八話 反乱終わって
カヴァロ地域の首都で、反乱貴族の排除が終わった。
早期鎮圧できたため、住民の被害は最小限に食い止めることができた。
そのお陰で、住民たちの俺たちに向ける感情は、悪いものにはならなかった。
むしろ反乱を起こした貴族たちのことを、悪く言って非難しているぐらいだ。
ノネッテ国に友好的と判断した貴族たちと役人たちはというと、殺した貴族たちの土地や権利などを渡したこともあって、より従順になった。
反乱を企てれば即殺されてしまうが、従っていれば良い目を見ていられる、そう判断したんだろうね。
積極的にカヴァロ地域の運営を手伝ってくれるようになり、すぐに運営が安定基準に至っている。
順風満帆にカヴァロ地域が治まってきたので、俺は自分の領地であるロッチャ地域に戻ることにした。
理由は、パルベラの妊娠期間を十全に整えるためと、魔導鎧の改良を行うためだ。
「気になるのは、パルベラの体調だけど。平気?」
長旅が負担にならないかと危惧する俺に、パルベラは笑顔を向けてくる。
「大丈夫ですよ。ここに来るのも、平気でしたし」
「心配はいりませんよ、ミリモス王子。私の馬術の技量と、ネロテオラの動きが合わされば、どんな長旅だろうとパルベラ姫様に大した負担にはなりません」
ファミリスの断言もあり、移動を開始することにした。
カヴァロ地域の統治は、ノネッテ王族に目ぼしい人がいないこともあって、ドゥルバ将軍に任さざるを得なくなった。
「軍事のこと以外は、頓珍漢なのですが?」
「暫定的な措置だから、少しの間だけ睨みを利かせてくれればいいから。それと、周辺国から攻められないよう、兵士に警戒を呼び掛けておいて」
「戦争はまだ続くと?」
「帝国が、どこまで企みの手を伸ばしているかわかったもんじゃないからね」
帝国は、ノネッテ国を第三の大国に押し上げたいと考えているんだ。
カヴァロ地域を平定しんだからと、ノネッテ国が攻め落とすための次の国を動かして戦争を吹っ掛けさせる、なんてことをしてこないとも限らない。
「ペレセ国の荒廃が予想以上だったから、戦争の準備で蓄えた物資の大半が無くなっちゃっているんだ。間を置かずに次の戦争なんて、考えるだけでゾッとするよ」
「ではペケェノ国以外の国と接する地域に、魔導鎧を分散配置しておきましょう。そうすれば、少数で相手を撃退する目算が立ちますので」
「そういうことなら、魔導鎧の追加生産分を持ってこさせるよ。でも、次の生産分は改良を施した後になるだろうから、あてにはしないでよ」
「改良、するのですか?」
今でも十分な兵器なのにと、ドゥルバ将軍は言いたげだ。
確かに、兵士一人を十人力に押し上げる魔導鎧は、十分に優れた性能をしていると言える。
しかし、いまある魔導鎧はあくまで間に合わせだ。
改良すべき点なんて、いくらでも見つけることができる。
「目下の課題は、稼働時間の大幅な向上だよ。少なくとも、半日は連続稼働できるようにしないとね」
「そうなったのなら嬉しいですが、可能なので?」
「考えはあるよ。それができるかどうかは、研究部の頑張り次第ってことになっちゃうけどね」
俺はドゥルバ将軍に後を任せると、連れてきた兵士たちをカヴァロ地域に残し、パルベラとファミリスと共にロッチャ地域に戻るべく移動を開始した。
道中、ペレセ国に入ると、治安の荒れが目立っていた。
ペレセ国の治安維持を担当している、ノネッテ国から派遣された兵士に話を聞くと、この国は国で問題が発生していた。
「戦争で大多数の貴族が死に、統治者が不在なのです」
ペケェノ国とカヴァロ国の連合軍に蹂躙され、一族郎党合わせて死んでしまった貴族の家が多かったらしい。
しかも今回、ペレセ国の王とその側近は敵の強襲で戦死してしまった。
そのため、国を動かす人材が枯渇しているのだという。
「イニシアラ・ペレセ王が立ったところで、これじゃあ国は運営できないじゃないか」
「民もそれを理解していて、こんな嘆願書が我々に届くほどですよ」
兵士が俺に差し出してきた手紙には、ノネッテ国がペレセ国を吸収合併してくれないかというものだった。
「ペレセ国がノネッテ国の一部となれば、ノネッテ国の人材を使って、滞っている運営を回し、土地を復興させることはできるけどさ……」
それを決断できる人物は、ペレセ国の王であるイニシアラだけだ。
俺たちに手紙を出してくれたところで、どうすることもできない。
俺と兵士は気持ちを共有し、やるせなさから溜息を吐き出す。
ここで、静かに話を聞いていたファミリスが口を挟んできた。
「大勢の民が望むのであるなら、ノネッテ国がペレセ国の王を玉座から引きずり下ろすことは、正しいことだと思いますが?」
これが普通の人物の発言なら聞き流すところだ。
しかし、ファミリスは騎士国の騎士。無視するには発言力が大きすぎた。
「つまり、騎士国の基準に照らして考えると、民に望まれない王は、王に足りえないってこと?」
「民の信任を得られない王など、早晩革命によって討ち死にする運命を辿るものです。その時間を多少早めたところで、革命による人死にが出ない分だけ得があるものの、損する部分は皆無ではありませんか?」
ペレセ国の王が排されるという未来が同じという点と、ノネッテ国が動けば穏当に済ませられる可能性があるという点で、ファミリスの言い分は真っ当だ。
「……イニシアラ王は納得しないだろうさ。国の名を残すためだけに、ノネッテ国に亡命に近い形で逃げてきたんだから」
「国を見捨てて逃げた者が王として立ったところで、ついてくる者がいなければ、それは『虚飾の王』と同じでは?」
従う臣下も臣民もいない王様に価値はないと、ファミリスは断じてきた。
それは同意できるけど――
「――俺は軍の責任者で領主だけど、その権限を越える話だよ。チョレックス王に判断を任せるしかない」
「確かに、一国の行方を左右する話は、王同士で行うべきことでしたね」
ファミリスは、珍しく悔いるような顔をする。
言い過ぎたと思ってくれているのかと見ていると、パルベラの笑い声が聞こえてきた。
「ふふっ。ファミリスは、ミリモスくんのことを『王太子』のように感じてしまって、余計なことを言ってしまったと反省しているんです。そんな勘違いをするほどに、ファミリスはミリモスくんのことを買っているんですよ」
「ひ、姫様! 根も葉もない、変なことを言わないでいただきたいですね!」
狼狽えるファミリスを、パルベラはさらに笑う。
一方で俺は、どう反応した者かを迷い、ファミリスの反応に気付かないことにすることを選んだのだった。