二百十七話 反乱、始まる
元貴族たちの反乱が始まった。
あらかじめ予期していたため、対応策はバッチリ用意してある。
「ドゥルバ将軍! 兵を率いて、鎮圧にあたって! あと、伝令を走らせて、各場所に配置している兵士に出動を命令する!」
「了解です。優先して鎮圧する場所は、民が住む区画でしたな?」
「ああ。貴族が多くいる区画は、後回しにしていい」
元貴族たちが手勢を率いているように、俺が権利を戻した貴族たちも戦力を保有している。
今のように小勢が各地で暴れるぐらいの規模なら、貴族たちは自分の戦力で身を護ることはできるはずだ。
もっとも、早めに救援に行かなければならないことには、変わらないけどね。
「では、行って参ります!」
ドゥルバ将軍が外へと出ていき、大勢の兵士を連れて街の中へと進出していく。
ドゥルバ将軍の行動に合わせて、街に分散配置していた兵士たちも動き、各場所の反乱を鎮圧する運びになっている。
「さて。あとは、待つだけだね」
俺が鷹揚に構えていると、同室にいるファミリスから苦言がきた。
「ドゥルバ将軍に兵を引き連れて行かせたのは、この場所の守りを薄くしたと、敵に察知させるため。そしてこの場所に、敵の主力を誘引するためですね。まったく、自分を囮にするなど、姫様の夫としての自覚が足らないのではありませんか?」
「確かに自分を囮にはしているけど、敵を撃退できるだけの兵力は残しているよ。心配いらないって」
「そう納得はしますが、姫様に心配はかけないようお願いします。胎教に悪いですから」
話題に出た本人であるパルベラは、ファミリスに苦笑いを向けていた。
「ファミリスったら。私のお腹に子供が宿ってからは一層、心配性になっちゃって」
「なにを言います! 子を宿し、そして生むことは、女性の一大事! 万難を排して事にあたらねばなりません!」
ファミリスの心配もわかる。
この世界の出産は命がけ。産後の肥立ちが悪いと、体が回復できずに死ぬこともあるという。
今世の俺の母であるモギレナ妃は、俺を含めて七人もの子供を産んでも元気に過ごしているけど、これはとても稀なことなんだよな。
「パルベラのことを考えて、もっと穏当な手を選んだ方がよかったか?」
「もう。ミリモスくんに、ファミリスの心配性がうつっちゃったようです。大丈夫です。私は信じていますから」
「信じているって、俺の勝利を?」
「それは当然です。あとは、私をちゃんと守ってくれることをです」
確固たる信用の元で笑顔を向けてくるパルベラの顔を、俺は任せろという意気込みと共に見つめ返す。
そのまましばらく見つめ合っていると、ファミリスの咳払いがやってきた。
「こほんっ。姫様は信じていようと、この私はミリモス王子の手腕に一抹の不安があります。姫様の身を守るために、私たちは独自行動を取らせていただきます」
「それは構わないけど、どうする気?」
「この建物の中で一番堅牢な場所である倉庫に、二人で入らせていただきます」
「倉庫って。妊婦を入れていい場所じゃないんじゃない?」
「心配いりません。あらかじめ、倉庫内を整えて、普通の部屋と同じ作りに変更しています」
妙なところで行動的だよなと、俺は胸を張るファミリスに評価を下す。
「もしも体調が急変したときのために、衛生兵を一人つけようか?」
「私が目星をつけていた兵がいるので、その者にお願いします」
「二人とも。あまり大事にしないでって」
そんな風に笑い合っていると、執務室に兵士がやってきた。
「反乱した元貴族の一派が、この建物に向かっていると知らせが来ました。主に、貴族の区画で蜂起した連中のようです」
「こっちの狙い通り、ドゥルバ将軍が民の区画に行ったのを見て動き出したな。敵の人数は?」
「合計で、千から二千ぐらい。内訳は、貴族とその従者たち。そして傭兵であるようです」
元貴族たちが傭兵を雇うことは、俺が彼らの財産を安堵した時点から、想定内だ。
「それにしても、多くても二千って。大分、舐められたもんだね」
「カヴァロの連中にとって、怖い相手は先の戦争で軍を壊滅させられたドゥルバ将軍だけ、って思っているでしょうから」
「差し詰め俺は、ドゥルバ将軍の戦功を掠めとって出世した、小狡い王子ってところかな」
「ミリモス王子は、そのドゥルバ将軍を下して上に立った人物だって、ちゃんとわかってないんでしょうね」
俺は兵士と笑い合った。
「まあいいさ。侮ってくれるなら、そこが付け入る隙になるんだ。こっちに取っては嬉しいことでしかない」
「その通りですね。では、迎撃の準備をしましょう」
「魔導鎧の整備は十全かな?」
「もちろんです。百着、全て万全に整え、着用者の心身も十全です!」
「じゃあ、魔導鎧を着用して、出迎えの準備をしておいて」
「了解です!」
兵士が去った後、俺はパルベラに向き直った。
「というわけで、行かなきゃいかなくなった。心配せずに、戦いが終わるのを待っていてくれ」
「はい。お茶菓子でも食べながら、ゆるりと待つとしますね」
パルベラの余裕ある返答に、俺は微笑む。
一方で、ファミリスは眉間に皺を寄せていた。
「……パルベラ姫様。今は戦い前ですよ。多少は緊張感を持っていただかないと」
「だって。ここ最近、お腹がやたらと空くんだもの」
パルベラは、妊婦らしい言い訳をしながらも、恥ずかしそうに頬を赤くしたのだった。