二百十六話 カヴァロ貴族が至る道
ファミリスからの無茶な特訓を受けながらも、カヴァロ地域の統治改革は続いていく。
素行に問題がないと判明した貴族たちには、権利を返して統治作業に参加させることにした。
もちろん野放しにするつもりはない。
密かに監視の目はつけておき、悪いことをしたのなら権利を取り上げる気でいる。
でも、俺がそういう考えを持っていることは、権利を返した貴族たちも弁えているらしく、今まで以上に民のことを気遣って動いている様子が見える。
いつまで調子が続くかはわからないけど、とりあえずのところは問題ないと判断できる。
権利を返した貴族がいる一方で、権利を返すに値しないと確定した貴族たちもいる。
その権利を失った貴族を数組集めて、俺が直々に決定を伝えることにした。
「――以上のことから、貴方がたの権利は剥奪となりました。反論はありますか?」
調べ上げた悪徳の証拠を並べ立てた後で問いかけると、貴族たちは口々に主張を開始する。
「我らは貴族! 民の上に立つ者! 上位者が持つべき当然の権利を行使しただけだ!」
「そうだ! ミリモス王子が語った内容は、悪徳に程遠い! 貴族の慣習として、当たり前に行われていたこと! 言わばカヴァロ国の文化だ!」
「文化、ねぇ……」
俺が呆れ顔で、手にある資料に再び目を落とす。
ここに、目の前にいる貴族たちが行ってきた悪行が書き連ねてある。
目につくものだけを判別すると。
悪行の程度の低いもので、個人商店への嫌がらせやみかじめ料の徴収、不当なほどの安価で他者の宝を強引に買い取るなんてこともしている。
中程度では、馬車による人身事故のもみ消しや、見初めた人を拉致し監禁。
高程度になると、殺人や凌辱に拷問、決闘での殺し合いの観賞もある。
これが貴族の間では当たり前にまかり通っていたというのだから、カヴァロ国の文化といえば文化に違いないんだろうな。
「正しさを標榜している騎士国が、カヴァロ国のこの現状を見逃していたのが、ちょっと意外だよね」
そう俺がうっかり呟いたところ、隣にいるパルベラが反応した。
「確かに、ここに書かれている内容は、見るに堪えないものばかりです。ファミリス、どうして騎士国は動いていなかったのかしら?」
「姫様。騎士国は動いていなかったのではありません。黒騎士から、証拠集めを行って悪徳者たちの判別していた最中だと聞いています」
「判別、ですか?」
「はい。カヴァロ国の貴族の中には、真っ当に正しい行いをする者もいます。カヴァロ国に『悪しき文化』が蔓延しているからと、その正しい者たちをも滅ぼしては、騎士国の名折れとなってしまいます」
騎士国としては、カヴァロ国全体の問題ではなく、貴族の個々人の問題と捉えていたわけだ。
そして個々人の話だから、騎士国の人間が個人的に動くならまだしも、国として動くには問題の程度が低いと判断ぜざるを得なかったんだろう。
騎士国は正しさを標榜するからこそ、軽々には動けないという典型例ってとこかな。
騎士国の判断する仕組みは兎も角として、俺の目の前で「権利を返せ」と喚く貴族たちへの返答は決まっている。
「品性下劣な真似を恥ずかしげもなく文化と言い張る諸君らは、この『地域』の運営に加わって欲しくないんだよ。だから、権利は決して返さない」
「我らが、下劣だと!?」
「他者の不幸を笑い物にしてきた者への評価としては、妥当じゃないかな」
「失礼な! 撤回を要求する!」
「そうやって自覚がないからこそ、権利を剥奪するんだよ。統治とは民を幸福に導くための行為。不幸をまき散らす人たちは、要らないんだよ」
俺が身振りで護衛に行動を促し、貴族たちを力づくで退出させることにした。
「放せ! まだ話は終わっていない!」
「こんな真似、許されるはずがない! ミリモス王子、お前には天罰が下るぞ!」
退出するまで騒がしい彼らに、俺は残念さを感じていたところで、ふと思ったことがあった。
彼らは権利を失って貴族ではなくなり、元貴族の平民という位置づけになった。だから『彼らの文化』に従うのなら、彼らを食い物にしても、何ら問題はないわけだ。
彼らが強硬に権利を戻すように主張する背景には、自分が食い物にされるんじゃないかっていう不安もあるのかもしれないな。
「これで心を入れ替えて真っ当に生きるなら、統治作業の運営に登用するのもいいかもしれないけど」
「権利を持ったら性根が曲がると判明している者に、改心したからと権利を渡すなど、再び下劣に堕ちる手助けをするようなものでは?」
「……ファミリスの言う通りだ。やっぱり登用はなしにしよう」
さて、権利を剥奪するべき貴族は、まだまだいる。
次々に沙汰を言い渡していくことにしよう。
権利の剥奪が決定して『元貴族』となった者たち。
その動向を監視していて、彼らの次の動きが見えてきた。
まずは血の繋がりを利用して、権利が戻った貴族に庇護を求めに向かった。
しかし、幸いにも庇護下に入れた元貴族たちは少なく、多くは路頭に迷うことになった。
それもそうだろう。
悪徳と判決が下された者を身内に抱えたら、俺という新たな統治者の不評を買って、権利を取り上げられかねない。
これは俺がそうするというわけではなく、カヴァロ貴族たちがそう考えるという話だけどね。
庇護を受けられなかった者たちは、向かう道は二つ。
一つは、復権を諦めて民として再出発を図ること。
今まで貴族として無体な真似をしてきたツケで、周囲からの目は厳しいだろうけど、俺が財産は安堵したこともあって、多少の余裕はあるんだ、やってやれないことはないだろう。
もう一つは、アリストロ・クレ・ティナウストス侯爵を始めとする、俺を打倒してカヴァロ地域をカヴァロ国に戻そうと息巻く者たちへの合流。
これは、こうして俺が情報を掴んでいることからわかるだろうけど、無謀にもほどがある選択だ。
そもそも、いま彼らを放置しているのは、明確な動きがなくて証拠が乏しいから。一度動いてくれれば、キッチリと撃滅する用意はしてある。
「アリストロ侯爵が行動を起こすのは、俺が貴族全員に沙汰を言い渡し終わってからかな」
権利を剥奪された元貴族という、獲得し得る最大人員が集結するタイミングは、その時期以降しかない。
武器や手勢を集める日数を考えると、もう少し先になるかもしれない。
その俺の考えは当たっていた。
俺が権利の沙汰を最後の貴族に伝え終わってから五日後。
元貴族たちは、アリストロ『元』侯爵を筆頭に掲げて、首都で一斉に蜂起した。
面倒なことに、元貴族たちはそれぞれがバラバラな位置で、小勢を率いて暴れ始めていた。
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