二十話 帝国の部隊
日を置いてやってきた鳥文にも、帝国がノネッテ国に来る書いてないことから、事情は分からずじまいだ。
そして、帝国の部隊がやってくる日になった。
とりあえず、砦で戦闘は行わないことに決めた。
どうせ戦っても負けるのだから、人的被害が出ないことを第一に考えることにしたのが理由だ。
近づいてきている帝国の部隊を使者として迎い入れる準備をしながら、俺も王族らしい見た目になるよう服装を整えていく。
「王子の服装や元帥位の勲章を、アレクテムが持ってきてくれて助かったよ」
「立派に王子として見えますぞ。ただ剣を佩くのは、どうかと思いますぞ」
アレクテムが苦言を呈してきたが、剣帯を腰につけるのは止めない。
「戦場から拾ってきた帝国製の剣と、パルベラ姫から貰った短剣を、相手に見えるところに吊るすのに必要な措置だから許してよ」
「パルベラ姫の短剣は帝国へのけん制に使えるでしょうが、帝国製の剣のほうはどうして佩くのですかな?」
「特に意味はないよ。この剣を見て、なにかしら誤解してくれたらいいなーぐらいの、お守りみたいなものかな」
王子としての服装を整え終えたので、俺は砦の出入口へ進み、上げられた扉を越えて、砦の外へと出る。隣にはアレクテムが控えてくれている。
さて、どれぐらいで帝国の部隊が来るかなと、気長に待つことにした。
帝国の部隊が来たのは、太陽が中天をやや超えたあたりの時間だった。
見えた人数は三十人ほど。誰もが、俺が戦場で拾ってきたものと似た装備をつけている。
帝国の部隊の兵たちは、俺とアレクテムの姿を見て少し緊張した面持ちに変わり、こちらに歩み寄ってきた。
では、彼らから誰何される前に、こちらから名乗るとしよう。
「初めまして、魔導帝国マジストリ=プルンブルの兵士の皆様。僕は、ノネッテ国の王チョレックス・ノネッテの末の子、ミリモス・ノネッテです」
にこやかに余所行きの『僕口調』で名を告げると、砦の中から失笑が聞こえてきた。
どうやら俺が王子として演じている姿が、とても可笑しかったらしい。
失礼な自国兵士たちの所為で、自分の表情が崩れそうになるが、努めて笑顔を保持しながらアレクテムの紹介へ移る。
「こちらはアレクテム。歴戦の強者ですが、いまは僕の守役を任じられています」
「お初にお目にかかる」
アレクテムが無骨な兵士の礼をとる。
その様子を見てから、俺は帝国兵たちに視線を送る。
『こちらは自己紹介しましたよ。あなたたちはしないのですか?』
といった具合に。
帝国の部隊は、こちらの意図を悟ってくれたようで、代表者らしき人が前へ出てきた。
見た目は、銀色の髪の渋い顔立ちの三十代の男性。周りが武装をしている中で、一人だけ軍服姿だ。
「王子がお出迎え下さるとは、感謝の極み。申し遅れました。私は魔導帝国マジストリ=プルンブルにて一等執政官を任じられております、エゼクティボ・フンセロイアでございます。そして、私の護衛たちでございます」
洗練された優雅な礼を見て、やっぱり帝国は進んでいるなーと、能天気なことを考えてしまった。
これはいけない、話を前に進めなければ。
「魔導帝国の一等書記官であらせられるフンセロイア殿。ノネッテ国という小国になんのご用か、お伺いしても?」
「こうして事前に出迎えてくださいましたミリモス王子でございましたら、事情はもうお耳に入っているのではありませんか?」
こちらを試すような言葉に、俺は少し言葉が詰まってしまう。
そもそも帝国の目的が分かっているのなら、用向きなんて聞かないっていうのに。
意地悪な質問には、はぐらかしで答えるのが適当だな。
「僕が知っているのは、メンダシウム国が占領され、メンダシウム地域と名前が変わったこと。その直後に、皆さまがこちらへ向かって出立した。といったぐらいです」
「なるほど。優秀な諜報官をお持ちのようですね。そう、まさにメンダシウム国を、我らが帝国が占領したことが、我らがここまでやってきた理由に他なりません」
明言を避けるような物言いに、俺はつい突っ込んで聞こうとしてしまう。
だが寸前のところで、その気持ちを押し止めた。
「なるほど。では立ち話では難がありますので、砦にある僕の執務室の中で話を伺いしましょう。ああでも、三十人も入れるほど部屋が広くないので、護衛は三人まででお願いしますね」
俺は帝国の部隊に背を向けて、砦の中に歩き出す。
しかし続く足音がないことを不思議に思って振り向くと、誰も彼もが唖然とした表情でこちらを見ている。
「どうしたんですか。中に入らないんですか? ああ、こちら側の兵士については心配いりませんよ。帝国と戦う気は全くないので」
笑顔で言った効果が出たようで、アレクテムが慌てて俺の横にやってきて、帝国の部隊は一丸となって歩き始めた。
俺は率先して砦の中に入り、執務室への道を進んでいく。道中で出会う兵士たちには、帝国の部隊を刺激しないようにと、手振りで離れるようにと指示を出しながら。
そうして部屋に辿りつき、自分で部屋の扉を開けて中に入る。
「ここからは僕とアレクテム、フンセロイア殿と護衛の三人で、お話し合いをしましょう」
俺が部屋の中から廊下へ向かって告げると、帝国の部隊は一度集合して内緒話を行い、フンセロイアと三人の護衛が部屋の中に入ってきた。
「それでは、こちらの要件を済ますためにも、話し合いを行いましょう。ああ、部屋の扉は開けたままでも?」
フンセロイアが警戒した様子で言ってきたので、俺は頷く。
「そちらの用件が内緒話の類でないのなら、ご自由にどうぞ。アレクテム。俺は執務机の椅子に座るから、四人に椅子を用意してあげて」
「……ハッ。用意して参ります」
アレクテムが執務室の横へ向かい、脚が長い丸椅子を四脚持ってきて、フンセロイアと護衛たちに配る。
フンセロイアと護衛たちはその椅子に座るが、座り心地が悪いのか、腰の位置が落ち着かない様子だった。
帝国は裕福そうなので、あの椅子も粗末に感じてしまうんだろう。ここはお詫びの言葉を言っておく場面だな。
「国境の砦には荒くれ者しかいないので、椅子なんていうものを使う機会が少ないもので。どうしても、良い物は納入されないんですよ。申し訳ありません」
「いえいえ。椅子などというものは座れればよいものです。では、こちらの用件を進めさせていただきたく思うのですが――」
フンセロイアが言葉を言い終わる直前、砦の中が慌ただしくなった。
「侵入者! 侵入者!! 山から全身甲冑の人が乗った馬一頭!」
「崖を降りて砦の中に着地したぞ! 囲め囲め!」
砦の周囲は、ロッククライミングしなきゃ登れないほどの、急な崖だ。
そこを馬で駆け下りてきて、無事に砦の中に着地するなんて、異常な身体能力な馬だな。
ん? 異常な身体能力と全身甲冑??
その二つの言葉が結び付き、俺の背中に冷や汗が流れた。
俺は慌てて窓から顔を出し、兵士たちへ大声を放つ。
「その人は神聖騎士国の方だ! 包囲を解け、敵意を向けるな! 丁重に俺の部屋まで案内するんだ!」
「神聖騎士国!? そんなどうして!?」
「し、失礼しました! どうぞ、元帥が部屋でお待ちなようですので……」
突然の騎士国の者――馬に乗っていたことから恐らくは騎士の登場に、兵士たちは混乱しながらも、俺の命令を実行してくれているようだ。
俺は騎士国の騎士が暴れなくてよかったと安堵しつつ、苦虫を噛み潰したような顔になっているフンセロイアに笑いかける。
「予想外の闖入者とは、お互いに肝が冷えましたね」
「……その気持ちには同意しますよ。どうして騎士国の騎士が、単騎駆けで登場するのだろうとね」
こちらを非難するように言ってくるけど、正直俺も、どうして騎士国の騎士が現れるのか理解できない。
今日が厄日でなかったら、いったい何の日なのだろうと現実逃避をしながら、うちの兵士が例の騎士を連れてくるまで待つことにしたのだった。