二百十五話 カヴァロ貴族の選択
パルベラとファミリスが来て、カヴァロ地域の統治は早く進むことになった。
それはなぜかというと、二人が『正しさ』について詳しい騎士国の王族と騎士だから。
俺が集めたカヴァロ貴族たちの資料を渡すと、一目で不正かどうかを判別してくれるのだ。
「不正蓄財の痕跡がありますね。こっちは、贔屓の商会と敵対していた商会を、裏から手を回して潰した証拠ですね」
「雇用したように見せかけているが、貴族の権利にモノをいわせて無理やり手籠めにしたな。許せん!」
バシバシと不正を見抜いていく二人の作業に、俺は目を丸くする。
「よく、わかるね。俺なんて、資料を見ただけじゃ、さっぱりだったのに」
「ふふっ。私の場合は、騎士王族の教養として、見抜き方を教わりましたから」
「物事を隠そうとすると、必ず不自然な部分が出るもの。騎士国の騎士であれば、それを見抜くことは容易いのですよ」
自信満々の様子に、俺は貴族たちの処置を二人に任せることにした。
騎士国の姫と騎士が貴族たちに沙汰をつける。
その噂が、二人が来てすぐに、カヴァロ地域に流れた。
それを聞いた人々の反応は三つに分かれた。
まず民の感想は一つに集約されている。
『騎士国の人が判断するなら、間違いはない』
と歓迎ムード。
裁かれる側の貴族たちの反応は真っ二つ。
『相手が騎士国の姫や騎士であろうと、堂々としていれば良い』と鷹揚に構えている人。
『まさか騎士国が出てくるとは。まずいぞ!』と慌て、起死回生の方法を模索する人。
このどっちの人が己の不正を自覚しているかは、言わなくてもわかるだろう。
不正を行っていたと自覚している貴族たちの行動も、いくつかに分かれているようだ。
一つ目は、貴族という立場と権利をすっぱりと諦め、俺が安堵を約束した財産を持って民の身分に下りる選択。
爵位の低い貴族の多くが、この選択をして、再出発に乗り出している。
二つ目は、貴族の立場を保持しようと、不正が不正ではなかったことにしようと画策する選択。
不正の程度が低い人たちがとる方法で、金品を用いてトラブル先と和解し、問題は解決されたと繕うようだ。
三つ目は、貴族の立場を堅持するべきと考え、俺やパルベラとファミリスの判断に真っ向から歯向かう選択。
不正の程度が酷いうえに爵位の高い人が多く選び、反乱を画策している様子がある。
「一つ目の選択をした貴族は放置でいいとして、二つ目の選択をした貴族の権利は縮小させるべきだよね」
「はい。それでいいと思います」
「問題は、三つ目の選択をした者たちですね。不正の自覚がない貴族も、我々が不正を指摘すれば不満を持ち、反乱に参加することでしょう」
これぐらいの不正行為は貴族なら当然――いや、不正だとすら認識していない人たち。
彼らの身で考えると、騎士国の二人から不正の指摘を受けたら、その判断は理不尽であり、もはや捏造であると判断してもおかしくない。
「これは、予想以上に反乱の規模が大きくなりそうだなぁ」
「幸い、領地に戻った大貴族は臣従の意を示してます。広範囲に渡る反乱は起きないはずです」
「先の戦いで大敗して、動かせる兵の数も少ない。そして民の中に、不正貴族に手を貸す者が出るはずもない。反乱は小規模になるでしょう」
パルベラとファミリスの見解は、俺も同じだった。
だけど、不安要素が一つだけある。
「破れかぶれで、俺を殺しに来るってことがあるかもしれないな」
唯一の起死回生の策だけど、仮に俺を殺したところで、カヴァロ地域が国に戻ることはあり得ない。
だから無駄な行為なのだけど、短絡的に反乱を起こそうとしている人たちに、それを考え付くほどの頭があるとも思えない。
面倒事が起きそうな予感に俺が辟易していると、ファミリスが鼻で笑ってきた。
「私より二歩――いえ、三歩ほど劣るとはいえ、ミリモス王子は神聖術に長けた存在です。不正貴族が雇えそうな刺客程度、どれだけ来ようと物の数ではないでしょう?」
「……流石に就寝中に襲われたりすると、対応が困難だと思うんだけど?」
「それはいけない。これからは、寝ていても襲撃者に反応できるよう、鍛えてあげましょう」
ファミリスの嬉々とした表情を見て、俺は要らないことを言ってしまったと気づく。
「寝るときぐらいは、静かに安らんでいたいんだけど!」
「駄目ですよ、ミリモス王子。貴方はもう、パルベラ姫様の夫であり、そのお腹にいる子の父。万が一にも死んでもらっては、姫様が悲しむではありませんか」
真っ当な指摘に、俺は言葉を詰まらせる。
そして、腹をくくることにした。
「……襲撃者対策は必要だとは認めるけど、襲撃者が来ないように方法を考えもするから、お手柔らかにお願いします」
「心配いりません。半覚醒状態で寝れるよう、指導してあげますとも」
「ふふっ。相変わらず、ミリモスくんとファミリスは、仲がいいですわね」
パルベラのちょっとズレた評価に物申したい気持ちはあったけど、傍目から見たら、俺とファミリスの掛け合いは仲良く映るに違いないとも思わなくもなかったのだった。