二百十四話 訪問者は吉報を連れて
俺はカヴァロ国の貴族だった連中から、権利を取り上げている。
といっても、その権利を凍結状態にしていると、関係する仕事についている民に負担がかかってしまう。
だから、貴族の身辺調査がすむまで、貴族が関わらない形で、仕事を平常運転をさせている。
当初、仲立ちしてくれていた貴族がいないことに、仕事人たちは戸惑っていたらしい。
けど、すぐに同職間で連絡を取り合ったり、伝手を辿ったりして、仕事を普通に回せるようになっていた。
そうなると出てくるのが、貴族不要論だ。
『いつも通りに仕事ができるなら、頼らなくても良かったんじゃないか』
『調整は手間だけど、下手に上前跳ねられない分、この方が楽なんじゃないか?』
そう感じる人たちから、俺に陳情が来た。
内容を掻い摘むと、貴族に権利を返さないでくれというもの。
予想はしていたけど、本当にコレがくるとなると、よほどカヴァロ国では貴族の専横が酷かったようだ。
「陳情のあった職種に関係する貴族の調査はしっかりね」
「逆の陳情があった職種では、どうします?」
新たに雇った文官から尋ねてきたように、職種によっては貴族に権利を戻して欲しいという要望もあった。
芸術系と研究職、インフラ系や治安維持系だ。
芸術と研究は、貴族をパトロンとして必要としている。貴族が金を出さないと育たない分野だから、当然だろう。
インフラや治安維持についても、貴族が見栄や面子のために力を入れていたらしい。もっともそれは、都市部や地方の街に限った話のようだけどね。
「必要というからには戻してあげても良いけど、そっちは貴族が支出する分野だしなぁ」
「それが、なにか拙いので?」
「お金が入ってこなきゃ、お金を出すこともできないでしょ。だから、支出する分は収入があるように調整しないといけないんだよ」
稼ぐ権利を取り上げて、消費する権利だけを戻したら、それは貴族に滅べと言っているのと同義だ。
そんな真似をしたら、生存を脅かされていると受け取られて、いたずらに敵対者を増やすことになってしまう。
「これは、明確に悪いことをしていない貴族の権利は、そのまま保証する方向で調整かな」
「その悪いこととは?」
「権利を私腹を肥やすために悪用したり、贔屓する人が勝つように裏で手を回したりだとかかな」
正直言うと、俺は『貴族がやる悪いこと』に、あまりピンと来ていない。
前世は小市民だったし、今世は王子ではあるものの王子教育は受けていないので庶民的な価値観を持っている。
貴族たちが持っていた権利をどう悪用するかは、想像の埒外だ。
「騎士国の人がいれば、なにが『正しい』かを判別してくれるんだろうけどなぁ」
とつい愚痴を垂れ流したところで、執務室の扉がノックされた。
入室の許しを出すと、意外なことに、入ってきたのはファミリスだった。
「えっ。パルベラと一緒に、ロッチャ地域にいるはずじゃ?」
「戦争が終わり、統治作業に入ったと聞いて、ここまで姫様と一緒に来たのです」
ファミリスが横に一歩ずれると、その後ろにパルベラが居た。
パルベラは入室すると、歩いて俺に近づき、抱き着いた。
「ミリモスくんが帰ってこないから、私から来ました」
「ご、ごめん。戦争から統治作業に入って、手が離せなくてさ」
「わかっています。こうして来たのは、私のわがままです。だからミリモスくんは気にしないでください」
「いやいや。妻をほったらかしにするなんて、悪いことだよ」
抱擁してお互いの体温を交換していると、ファミリスが咳払いしてきた。
「仲睦まじいことは良いことですが、人の目があることですし、控えめにお願いします」
「抱き着くぐらい、目くじらを立てなくてもいいじゃない」
パルベラがむくれる姿に、俺は苦笑いしてしまう。
それでも抱擁は続けていたのだけど、以前とちょっとした違いをパルベラから感じた。
「ん? なんだか、お腹が――」
と指摘する言葉が出かけて、しまったと思って口を閉じる。
体重に関する話題は、女性へのタブー。下手に言葉に出してしまえば、取り返しがつかない事態を呼び込むことになる。
うっかりミスに、俺は額に冷や汗がでる思いをする。
そんな俺の悪い予感とは裏腹に、パルベラはなぜか笑顔を向けてきた。
「もう、ミリモスくんは聡いんですから。もうちょっと秘密にしておきたかったんですよ」
パルベラは俺の手を取ると、自身のお腹に導いた。
触れると確実にわかる。パルベラのお腹が膨れている。
「これって、まさか」
「はい。私とミリモスくんとの赤ちゃんです」
一瞬、何を言われたか理解できなかった。
けど一秒毎に、パルベラの言葉がじわじわと脳に染みてきて、ふっと実感が胸に湧いた。
「俺の子供! うわ、うわ! うわわ!」
言葉にならない喜びが、俺の口から洩れて止まらない。
そんな俺の様子を、パルベラは笑顔で受け止め、ファミリスからは呆れ声がやってきた。
「同衾を許した後、あれだけ二人が褥を共にしていれば、子供もできようものでしょう」
「うぐっ。いやまあ、それはそのぉ……」
俺だって、前世から記憶を持ちこしているといっても、肉体はヤリたい盛りの年齢の男性だ。
結婚した相手がいるのだから、折に触れてパルベラとベッドを共にするのは仕方がない。
パルベラも、行為を嫌がるどころか、むしろ乗り気だったしね。
でもそんな反論をするわけにもいかず、俺は言葉に急してしまう。
するとパルベラが微笑みを浮かべてきた。
「ファミリスの憎まれ口は、自分に良い人が居ないことによる逆恨みのようなものです。ミリモスくんが気にすることじゃありませんよ」
「姫様!?」
「あら、違うという気かしら?」
パルベラの切り返しに、今度はファミリスが口を閉じる番になった。
やり込められたファミリスを見て、俺もいつも思っていたことを言うことにしてみた。
「ファミリスは綺麗だし、恋人を作ろうと思えばできるんじゃない?」
俺の疑問に、ファミリスは嫌そうな顔をして、パルベラが笑みを深くする。
「恋人というものは、間に合わせのように作るようなものではない!」
「ミリモスくん。ファミリスは意外と乙女なんですよ。自分を打ち負かしてくれるような強い男性に嫁に欲しいと行ってもらいたいと、愚痴をこぼすぐらいにです」
「姫さま!!」
非難の声を上げるファミリスに、パルベラは「ごめんなさいね」と悪びれない謝り方をする。
しかし、ファミリスが結婚相手に求めるのが、自分を倒せる実力者か。
「ファミリスは騎士国の騎士なんだから、騎士国内で探さないと無理なんじゃない?」
「ところがです。ファミリスを倒せるぐらいに強い騎士となると、誰もが人気者で引く手あまたなんです。その多くは結婚していたり、恋人がいたりと、ファミリスと付き合ってくれる人はいないんです」
「い、いいんですよ! 私はパルベラ姫様のお付きとして一生を捧げると決めているんですから!」
「そう寂しいことを言わないで欲しいわ。私はファミリスも幸せになって欲しいって思っているの」
俺もファミリスには色々と世話になっているし、幸せになって欲しいな。
そんな気持ちでいると、パルベラがこっそり耳打ちしてきた。
「だから、ミリモスくん。ファミリスを倒せるよう、頑張ってくださいね」
「それを目的に訓練を頑張っているから――」
と返答しかけて、俺が言おうとしている意味と、パルベラの言葉の意味が違うんじゃないかと気付く。
まさかとは思ったけど、ファミリスがいる場でパルベラに問い返すわけにもいかず、口を閉じざるを得なかった。