二百十三話 波及する波紋
俺がカヴァロ地域にいる貴族たちと面会してから、早くも五日が経過した。
貴族たちの権利と利権を取り上げると明言したこともあって、色々な場所に波紋が広がっている。
結果、俺に面会を求めてくる人が大勢現れた。
多くは、俺にすり寄ろることで、いままでの権利や利権を保とうとしてくる人たちだ。
そう言った人たちが来ることは分かっていたので、あらかじめ『ふるい』を用意していた。
そのふるいで遮られる条件は、たった一つ。
『貴族であること』
貴族であれば、どんな爵位を持っていようが、誰一人として面会を許さなかった。
なぜ貴族と面会しないかだけど、それは多数派工作に巻き込まれないため。
俺と誰それが会った、俺が誰それとどんな会話をした、俺がこんな約束をした、などなど。
少しでも俺を自陣へ引き込もうとする噂を流し、その噂を元に味方を募るのが、貴族というもの。
俺の偏見が入っていないとは言わないけど、警戒するに越したことはない。
「会えないからと、俺の面会者に手紙を託してくるぐらいだし」
さっき面会したのは、国家運営に関わっていたという、貴族が抱えていた平民身分の使用人。
知識深くて能力に問題がなかったので、統治作業に組み込もうとしたのだけど、その際に一通の手紙を差し出してきたのだ。
『お世話になった方なので、便宜を図っていただけると助かる』なんてことを言いながら。
「えーっと。あー、領地に引っ込んでいるっていう、大貴族の紋章か」
手紙に押されていた封蝋の模様を、カヴァロ国の貴族年鑑で調べて、差出人を突き止める。
その作業を、ドゥルバ将軍が隣で見て笑う。
「これで、地方に逃げたという大貴族全員から、手紙がやってきましたな」
「中の文面も、ほぼ同じだよ」
カヴァロ国が戦争に負けると見て、真っ先に首都から逃げ出して自領を守ることに注力したという、抜け目のない大貴族たち。
彼らは、俺が『不正があったら利権は取り上げたままにするぞ』と脅しているにも拘らず、ウチは大丈夫だから早く調べて利権を戻せと手紙を送って来たのだ。
「よっぽど自身があるのか、それとも証拠を全て消した後だからなのか」
「力を入れて調べますか?」
「……いや。この大貴族は、そのまま使うことにしよう。その方が統治作業に有益そうだ」
「どうしてそう考えるので?」
「証拠を消すにしても、人の口を塞ぐには、殺すしか方法はない。人の口に鍵はかけられないものだしね」
「そして人を殺して証拠を消したのならば、その痕跡や証言が得られないはずがないと」
「それにも関わらず、早く調べに来いって自信満々なんだから、真っ当に領地を統治してきて、民からの支持は厚い。そう考えたほうが自然だからね」
それでも、彼らの噂話を収集するぐらいはしておこうかな。
もしかしたら、大変な馬鹿がいて、圧制を敷いているのに当たり前と思っている人もいるかもしれないし。
まあ、国が戦争で滅ぼうとしているときに、国王への義理ではなく自領の守護を選んだ貴族だ。多少の金欲しさに圧政を敷いて、自領を苦しめている可能性は低いと思うけどね。
「で、問題は首都に残っている貴族たちだよ」
「密かに、アリストロ・クレ・ティナウストス侯爵が旗頭となって、こちらへの対抗を考えているようですな」
「予想通りの展開だけど、予想以上に集まっている貴族の人数が多いみたいなんだよね」
それほど、彼らは自分たちがあくどいことをやってきたのだと、自覚があるんだろう。
「権利が取り上げられる事態が確定と思ったんなら、彼らが屋敷に溜めた貴金属や芸術品は取らなかったんだから、それを使って商人に転向でもすればいいのに」
「はっはっは。王族であるミリモス王子が言うと、それが本心であろうと、下手な冗談ですな」
「権利なんて、持っているだけで面倒なもの、使おうとしている人の気が知れないよ」
権利を使って旨い汁を啜るろうとする人の多くは、その権利に付随する義務と責任の存在を忘れがちだ。
というか、義務や責任があると分かっている人なら、権利なんて欲しがらないだろうしね。
「貴族たちが反発して行動を起こしてくれるのなら、こちらとしては願ったり叶ったりだよ」
「貴族の数が減れば、権利の集約がしやすくなりますからな」
「数が減っただけ、消えた貴族の親類からの恨みが、俺に募ることになるんだろうけどね」
「征服者の辛いところですな」
「帝国の口車に乗って、国土を広げようとしているんだ。それぐらいの恨み言は引き受けないとだよ」
俺は大貴族からの手紙を机の中へ仕舞うと、次の面会者を呼ぶことにした。
「それにしても、この人も貴族の下から離脱した人か。そういう背景の人が多いね」
「それだけ、首都にいる貴族は、部下の心を掌握できていないということでしょうな」
「沈みゆく船からは、その船に愛着があろうと、人は逃げだす。といったところかな」
現金なものだと逞しさを感じつつ、統治作業に使える人の選別に戻ることにしたのだった。