二百十二話 貴族の思惑
アリストロ侯爵に連れられて、俺たちは首都の議事堂に入る。
兵士全員は連れて行けないので、俺とドゥルバ将軍と護衛を数人で、議事堂の奥へと進む。
『大広間』とプレートがある扉を潜ると、日本の国会議事堂のような、半円状に机が配置された部屋が広がっていた。
「ささ、皆さまはどうぞ、中央に」
アリストロ侯爵が示している場所は、半円の弦の中央――発言者席といった場所だった。
嫌な予感はしつつも、俺たちはカヴァロ国の貴族たちに見られながら、その席へ。
俺たちが到着するや、アリストロ侯爵が大きな声を大広間の中に響き渡らせた。
「彼らが、この国――いえ、この地域と堕した土地の新たな支配者となった国の代表者です。新たな支配者の統治が楽に行えるよう、この地域を正しく運用するために必要な助言を、皆さんの口から伝えようではありませんか」
なるほど、そういう建前で、カヴァロ国の貴族たちはノネッテ国に提案や要求を出そうとしているわけか。
もしその言い分が、カヴァロ『地域』に必要なことなら、受け入れてもいいかもしれない。
と俺が考えていると、隣にいるドゥルバ将軍が唐突に大声を放った。
「ここに集う皆に告げる! ここに居わすミリモス王子は、公平正大なお方! 諸君らの言い分に耳を傾け、良い献策があれば取り入れてくれるお方だと保証しよう!」
急に俺を持ち上げてどうしたのかと見ると、ドゥルバ将軍の声が続いた。
「しかし公正な方であるからこそ、諸君らが手前勝手な要求を出してきたときは、苛烈な対応が起ると心せよ! 誰がこのような場所を画策したかは知らぬが、その者の思惑に乗っかるか否か、その判断の結果でどんな未来が待つと見るか、いまこの場で己で判断するといい!」
ドゥルバ将軍は言うべきことは言い終えたと態度で語り、席にどかりと座った。
明確な言葉での援護に、俺は有り難さを感じながら、余裕ぶって席に深く腰掛け直す。
一方でカヴァロ国の貴族たちは、ドゥルバ将軍の言葉に、少なからず動揺したようだった。
「な、なあ。あの『義腕将軍』がああも忠告しているんだ。本当に大丈夫か?」
「ミリモス王子って、戦上手と噂のノネッテ国の『猿王子』の名前だよな。幾つもの国を滅ぼして、その国の王家を断絶さ回ったっていう」
「征服された側とて、引けない部分はある。怖気づいてはいられない」
小声で話しているようだけど、場所の関係からか、俺の耳に貴族たちの会話が聞こえてきている。
大まかに把握するに、ドゥルバ将軍の忠告によって、半分ほどの貴族たちは意気消沈したか様子見に回ったようだった。
しかし、アリストロ侯爵を始めとする、もう半分の貴族たちは、要求を出すことに迷いはない様子でもある。
「義腕将軍殿の忠告、痛み入ります。しかし、言うべきことは言わせていただく」
アリストロ侯爵はそう宣言すると、貴族たちを代表して要求を出してきた。
「我々はノネッテ国の統治に協力いたします。その代わり、現時点で保有している我々の財産を安堵すること、各種の税率を変えぬこと、ノネッテ国の軍がこの国土を防衛する任を受けることを要求いたします」
戦争に負けた側だと理解している割には、随分と図々しいお願いをしてくるもんだと、俺は逆に感心してしまった。
その感心した分だけ、彼らの言い分を吟味してあげることにした。
「その三点の要望に対して、返答しますね」
俺は言いながら考えて、要求されたものについて逆順に意見を語ることにした。
つまりまずは、ノネッテ国の軍が土地を守ることについてだ。
「カヴァロ国の軍隊は、先の戦いでのドゥルバ将軍の活躍もあって、壊滅してしまっている。その認識で良いでしょうか?」
俺が問いかけると、貴族の大半が痛い場所を撫でられたという顔になった。
多分だけど、親類縁者の誰かが戦争で死んだんだろうな。
俺はその表情に気付かないふりをしつつも、カヴァロ国の兵員が皆無であると判断した。
「土地を守る兵力がいないのは困りものです。いいでしょう。ノネッテ国から兵員を出して、守らせましょう」
「おおー! ありがとうございます!」
要求が一つ通ったことに、アリストロ侯爵は大げさな喜びを見せる。
でも、喜ぶのはまだ早いぞ。
「では次の税率を変えないことですけど、カヴァロ国の税率について何も知らないので、返答のしようがありませんね。詳しく調査をしてから、変更するかしないかを判断したいと思います」
俺の答弁に、貴族の一人が噛みついてきた。
「今まで続いてきた税率だ。変える必要はないはず!」
そうだそうだと意見に同調する貴族が、もう五人ほど。
俺は彼らに向かって、作った微笑みを向けた。
「いままではそうかもしれませんが、これからはこの土地は『ノネッテ国の一部』です。ノネッテ国の税率に準拠することは当然でしょう?」
「土地が変われば、採れる作物も変わってくる! であれば、土地土地によって税率を変えることもあり得る話だ!」
貴族の強気な発言を受けて、俺は彼の思惑を察知した。
要するに、税を変えられると、自分の懐に入る金の量が変わってしまうことが、この貴族の興味なんだろう。
なら、その心配を失くしてあげることにしよう。
「とりあえず、話を貴方がたの財産の安堵の方へ移します。この件について、貴方がたの所有物に関しては、安堵しても良いと思っています」
と前置きをして、貴族たちの安心しつつも侮りが見える表情を観察してから、続きの言葉を放つ。
「ただし、貴方がたが持っている農地や鉱山に権力と権利は、ひとまず全て没収させていただきます」
俺の発言から一瞬間を置いてから、貴族たちは激昂した。
「我らが代々受け継いできたものを、取り上げるというのか!」
「そんなこと許せるものか! 断固抵抗するぞ!」
威勢よく言ってくる貴族たちに、俺は半笑いの顔をする。
「いやですね。ひとまず預かるだけですよ。ひとまずね。詳しい調査を行って、貴方がたがその地を治めるに足ると判断したら、元に戻しますよ」
「問題があると判断されれば、取り上げるということだろう!」
「それはそうですよ。でも、問題がないと判断されたときは、もしかしたら土地や権利が増えるかもしれませんよ?」
俺が告げた言葉に、貴族たちの発言が止まる。
大半は『なぜ増えるのか』が分かっていない様子だけど、賢い人は理由に気付いたようだ。
俺は、その大半の方の人に向かって説明する。
「先の戦争で滅んだ貴族の家があるはずです。その家が持っていた権利は、自動的に戦勝者であるノネッテ国が握っています。そして調査の結果、所持することに値しないと判断された家の土地や権利も、ノネッテ国が取り上げます。では、没収されたそれら土地と権利は、誰のものになるでしょう?」
「……問題ないと判断された家に、土地と権利が委譲されると」
「ノネッテ国が預かったままにしても手間ですからね。運用に慣れた者の中で、善良な方に任せた方が上手くことが運ぶでしょうから」
俺の説明を受けて、貴族たちの気勢は弱くなった。
他家の権利を貰えるかもしれないと知って、むしろ俺よりも身近な貴族たちの動向を伺う様子に変わっている。
先ほど、説明する前に察知していた貴族たちなんて、敵対する意思など最初からなかったって顔で座っているぐらいだしね。
それでも、反発を選ぶ貴族もいないわけじゃなかった。
「我らの権利は、我らのものだ! 簡単に手放したりはしない! 無理やり奪おうとするなら、断固として戦う!」
アリストロ侯爵の声に、同調する者が少数現れる。
「そうだ! 戦いに勝ったからと、我らの文化や習慣を好き勝手にいじれると思うな!」
「ノネッテ国の傲慢に、力を持って抗議する用意がある!」
威勢よく言葉を放って、周囲の貴族たちを煽ろうとしている。けど、その感触は芳しくない。
当たり前だ。
ここでノネッテ国の方針に反対を表明すれば、いずれは返してくれるはずの土地や権利が、反対したからと目減りさせられるかもしれないからね。
それにだ――
「――そこまで反対されるってことは、貴方がたは土地や権利をノネッテ国に取り上げられる理由に、心当たりがあるんでしょうか?」
俺の問い返しに、声を大に反対していた貴族たちの言葉が詰まる。
だってそうだろう。調べて問題がなければ返すと言っているのに、それでも反対を止めないってことは、調べられたら不正がバレて没収されると理解しているとしか、受け止めようがないんだから。
俺の一言で、アリストロ侯爵を始めとする反対派を、他の貴族たちは嫌煙する様子に変わる。
さしずめ『うちは問題ないと確信しているのに、下手に彼らの肩を持って損を被りたくない』といったところだろう。
アリストロ侯爵も旗色が悪いと見たのだろう、攻める矛先を変えてきた。
「土地と権利を取り上げる方針は、ここにいる我らだけでなく、領地に帰っている大貴族たちも同様か?」
「もちろんです。例外はありません」
「大きな抵抗が予想されるが?」
「抵抗するなら跳ね除けるまで。まあ、最初は穏当に話し合いを持ちかけますけどね」
俺だって無暗に戦いたいわけじゃない。
平穏にカヴァロ地域を治めることができるなら、それに越したことはないんだしね。