二百十一話 ゾーガノーズとの路上会談
俺は偵察から帰り、ゾーガノーズがやってくるのを、準備しながら待つことにした。
少しして、ゾーガノーズが交渉旗を携えて現れ、俺たちの前までやってきた。
「ミリモス王子! 話し合いがしたい!」
名指しで呼ばれたので、俺は魔導鎧をつけた兵士五人と共に、ゾーガノーズの前へ進み出る。
ゾーガノーズとその護衛たちは、こちらの魔導鎧を見て、青い顔になっている。
俺はそのことに気付かないふりをしながら、にこやかに喋りかけた。
「お呼びのようですけど、何か御用があるのですか?」
俺の問いに、ゾーガノーズは気丈な顔つきで返答する。
「終戦協議について、話し合いたいのだ」
「終戦、ですか?」
「そうとも。これ以上の戦争は、お互いのためにならないのではないかね?」
「ペケェノ国が始めた戦争なのに、白々しいと思うのですけど?」
「ノネッテ国にとっては、他国の戦争に援軍を出した形なのだ。消費した戦費を考えると、頭が痛いのではないのかね?」
帝国から戦争をお膳立てしていることを教えてもらって、事前に準備をしていたから、使った戦費は予想内なので、さほど懐が痛むということでもない。
とはいえ、攻め込まれて消耗したペレセ国の国土を考えて、お金を節約したいという気持ちはある。
「終戦することに同意したとして、条件はどんな感じを考えているんですか?」
俺が水を向けると、こちらが乗り気だと思ったのか、ゾーガノーズは安堵と緊張が半分ずつの表情になった。
「ペケェノ国は、ペレセ国の国土を荒らした賠償を払う用意がある。それでどうか」
なんとも調子のいい条件提示だな。
「話になりませんね。ペケェノ国はカヴァロ国との連携が崩れて、いまは単独。ノネッテ国の戦力を集めれば、楽に攻め落とせます。亡国の危機なのに、それだけの出費で済ませようなんて、ケチが過ぎるんじゃありませんか?」
「楽に落とせるとは、異なことを言う。我らはまだまだ精強。この道の先には、我らの軍勢三万が集結し、反撃の機会を伺っているのだ。ミリモス王子の方こそ、いまは千人にも満たなそうな軍勢しか連れていないのだから、危機なのは貴方の方ではないかな?」
俺は事前に偵察していたから、ペレセ国の戦力は寄せ集めで、数も三万人もいないと知っている。
ここでそれを指摘して嘘を暴くことは簡単だけど、果たしてそれでいいのかを考えてしまう。
この戦争におけるノネッテ国の目的は、帝国から要請された三番目の大国になるために必要な、国土の拡大だ。
滅亡の危機を救ったことで、ペレセ国はノネッテ国に頭が上がらない関係性になった。事実上の属国化を果たしたと言って差し支えないだろう。
ドゥルバ将軍率いる軍隊が攻めているため、カヴァロ国の陥落は間違いない。すぐにでもノネッテ国の一部となるだろう。
そう、二国分の土地を確保する算段が付いている状況。
そしてこの二国――戦争で踏み荒らされたペレセ国の国土と、戦争で多くの兵士を失ったカヴァロ国の生産力低下の回復に、かなりの手間と資金が必要になると考えられる。
新たな領地の確保は叶い、その領地を治めるための資金が必要な状況だ。
ここはペケェノ国の国土を狙うより、賠償金を得る方が利口だろう。
「わかりました。そちらの条件を飲んで、終戦としましょう。ただし、賠償金は多く要求する積もりですよ」
「おおー、流石は噂に聞こえたミリモス王子。話がわかるお方ですな。むろん賠償は勉強させていただきますとも」
ゾーガノーズの安堵した表情の中に、どこか侮りのような感情が見えた気がした。
たぶん、俺が軍勢の数の前に屈したと、誤解したんだろう。
そう思わせていれば話が早いのなら、誤解は放置したままでいいだろうね。
「それで、終戦の調印はどこでやりましょう?」
「早い方がいい。この場で行おうではないか」
ゾーガノーズはそう言ったが、護衛の一人が道を引き返して走っていく。
どうやら、この場で話が決まるとは考えていなかったらしく、調印のための書類を持ってきていなかったようだ。
「ここからさほど距離があるわけじゃありませんし、ペケェノ国の都で調印式を行っても構いませんよ?」
と俺が提案すると、ゾーガノーズは慌てた様子で留めてくる。
「足労をおかけするわけいはいかん。事実上こちらの敗戦とはいえ、都に敵軍を入れたとあれば、それは末代までの恥となる!」
そんな気にすることかなと思いつつ、とりあえずこの場で調印用の書類が来るのを待つことにしたのだった。