二百七話 意趣返し
カヴァロ国の軍勢の軍勢が迫ってくる。
「まさか決闘を悪用して、罠にハメてくるとは思ってもみなかったな」
確かにコウガンはペケェノ国の師団長であって、カヴァロ国とは関係がない人物だ。
彼が決闘で負けたからといって、カヴァロ国が従う必要はない。
でも一歩間違えれば、騎士国が出張ってくるグレーな判断だぞ、コレは。
「面倒なことになっちゃったな」
無駄な戦争を回避しようとしたのに、ままならないもんだ。
なんて考えている内に、敵の騎馬隊が迫ってきていた。
「そいつはノネッテ国の王子だ、捕まえろ!」
騎馬隊の先頭を走る人物が、周囲にそう命令している。
どうやら俺を交渉材料として欲しいようで、命の保証はしてくれるみたいだ。
「ありがたいことだ――ねッ!」
神聖術を全開で発動して、身体能力を強化。力を増した脚力で地面から跳び上がり、一瞬にして騎馬隊の先頭の一人に跳び蹴りを食らわせた。
「えっ――げぶごっ!」
俺の蹴りで騎兵が後ろに吹っ飛び、馬の背から転がり落ちる。
その開いた鞍の上に、俺は降り立ち、手綱を取ってから着座した。
「ほら、走れ!」
俺が腹を踵で蹴りつけると、馬は指示通りに駆けだす。
この馬、人見知りをしなくて、命令に従順で、足の速さも上々と、中々に良い。
「さて、これからどうするかだけど」
とりあえず、馬の足を手に入れたことで、いますぐ刃を交えなければならない状態からは脱することができた。
それにしても、一人に対して一軍が襲い掛かってくるなんてな。
俺の立場に騎士国の騎士がいたなら、単騎駆けでカヴァロ国の軍を相手取って戦ったことだろう。
ファミリスなら、全員蹴散らして、悠然と砦に戻るかもしれない。
「でも、俺には無理だな」
一人で千人以上の相手をするなんて、仮に戦い抜ける力があったとしても、面倒なことこの上なくてやりたくない。
だからこそ俺は、この状況を自分が多少でも楽に切り抜ける方法を選ぶことにした。
「まずは、意趣返しをする!」
俺は人馬一体の神聖術を発動し、自分の騎馬の身体能力を向上させる。そうして一気に速度が増したところで進行方向を変え、ある場所へと馬の顔を向けさせる。
その先にいるのは、ペケェノ国の陣営に戻ろうと移動している、コウガンの姿があった。
俺は口元に悪戯っ気を含ませた笑みを浮かべると、馬をさらに勢いよく走らせながら、コウガンへ大声を放つ。
「退いた、退いた! 邪魔だよ!」
「んなっ! ミリモス王子ッ!」
「師団長、横へお飛びください!」
ペケェノ国の兵たちが、支えていたコウガンを横へ突き飛ばす。
恐らく、俺が彼らに追突しようとしていると考えて、コウガンだけでも逃がそうとしたんだろう。
申し訳ないけど、それは無駄な行動だ。
なにせ俺は、コウガンたちを蹴散らすために、そっちに向かったわけじゃない。
だから俺は、彼らの横を通過して、さらにその先へと駆け続ける。
「な、なんだったのだ?」
と後ろからコウガンの声が聞こえてきたが、すぐにその場から離れた方が良いぞ。
なにせ、俺を追ってカヴァロ国の軍勢が追いかけてきているんだ。
周辺を見やると、俺が馬が走る軌道を変えたことで、俺を追跡し続ける騎馬が上半分、徒歩で追いかける兵士が下半分の、半包囲のような隊列になっている。この隊列を上空から見ることができたら、きっと六分の一カットにされたバームクーヘンのような見た目になっているだろうな。
そんな形で走り寄ってくる隊列に、コウガンたちが飲み込まれた。
「うおおおおおおお! 近くに、近くにくるでない!」
「師団長。身体を伏せて、大人しく――」
コウガンたちの声が、カヴァロ国の軍勢の中に埋没した。
大軍の移動に巻き込まれたんだ、怪我だけじゃすまないはず。まあ運が良ければ無傷で終わるかもしれないけどね。
とりあえず、これで決闘を悪用されたことに対する意趣返しは、終わったということにしよう。
「さて、ここからが正念場だ。頑張ってくれよ」
賢明に走る騎馬を手でポンポンと叩くと、「ぶふるる」と勇ましい鳴き声が返ってきた。
「よし、それじゃあ行くぞ!」
俺はカヴァロ国の軍勢に追いかけられながら、再び騎首の方向を変更。視線の先を、ノネッテ国の軍勢がいる砦へと向けさせる。
遠目ではっきりとは見えないけど、砦の壁上にいる兵士たちが右往左往している。
たぶん俺が襲われていると知って、救援部隊を急いで編成しているんだろう。
でも、下手に砦から出てこられると、俺の予定が狂ってしまう。
ここから通じるかわからないけど、抜いた剣を使って大きく身振りして、こちらの意図を伝えてみよう。
ブンブンと剣を振る俺に、後ろから笑い声がかけられる。
「ははは! 仲間に助けを求めようと無駄なこと! 馬鹿にも砦の扉を開けてきたら、そのまま我らが雪崩込んでくれる!」
その懸念があるから、俺は大急ぎの身振りで砦の兵士に出るなと伝えているんだけどな!
ちゃんと伝わったかなと心配になりつつも、どんどんと砦に近づいていく。
やがてあと十秒もしない内に扉に着く場所まで到達し、そしてその扉は開かれなかった。どうやら俺の意図は、兵士たちに通じていたらしい。
「ははは! 兵士に見捨てられたな、ミリモス王子とやら!」
扉が開かないことを揶揄しての言葉だろうけど、それは勘違いだ。
俺なら、馬に乗った状態で、扉を潜らなくても砦の中に入ることができるからだ。
「このままいくよ。俺の指示通りに動けば大丈夫。怖気づいて足を止めないでよ!」
「ぶふるるるる!」
俺の声に馬が応え、砦の壁を目掛けて直進する。
壁に衝突する直前で、人馬一体の神聖術の出力を限界まで上げつつ、手綱を引いて馬体を起き上がらせ、壁面に前足を着けさせる。そして馬の後ろ脚を強く蹴り込ませれば、これで壁面走行が開始された。
垂直の壁に対し、斜め上へと駆けあがっていく、俺の騎馬。
それを見て、カヴァロ国の追撃隊から驚きの声が上がっている。
「なんと! 壁を走るとは、どういう仕組みだ!?」
壁を駆け上がるなんて真似ができない告げ期待は、追いかけ続けることができなくなり、砦の前で急停止する。
そこに、砦から矢や投石が降ってきた。
「敵は盾も持っていない騎馬ばかり! 戦果の稼ぎ時だぞ!」
砦の指揮を任せていた兵士が大声でがなりたて、壁上に集まっていた兵士たちが力を振り絞るようにして、次々に攻撃を行っていく。
魔導鎧も攻撃に参加していて、専用の恐るべき強度の弓矢で、追撃部隊を射貫いている。
「くおおおっ! 撤退だ!」
予想外の攻撃に泡を食ったのだろう、追撃部隊の指揮官が急いで方向転換を命じている。
しかし押し寄せる勢いがついていた隊列は、急な動きに対応しきれていない。
遅々としか方向転換は五分ぐらいかかり、その時間、砦から攻撃を受け続けた。
結果、こちら側は無傷のまま、敵側にだけ被害を与えることに成功した。
しかし、これだけで、この騒動は終わらなかった。
地平線の向こうから、ノネッテ国からきた大援軍が姿を現したのだ。
そして多分だけど、大援軍を指揮するドゥルバ将軍は、砦の近くに敵の軍がいるのをみて、俺たちが襲われていると勘違いしたんだろう。その大援軍の進行方向が、途中でカヴァロ国の陣地へと変更されている。
「援軍が来たか。これで食料を切り詰めた食事をしなくて済む」
「ぶふるるるるる」
「頑張ったお前にも、タップリ食わせたあげるからな」
壁上まで駆け上がってくれた馬を労いつつ、視線をカヴァロ国の陣地に戻す。
もう間もなく、ノネッテ国からの大援軍が、百個あるという魔導鎧を先頭に配置した状態で、カヴァロ国の陣地に襲い掛かりそうだった。
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