十九話 急報
戦争が終わったため、砦に詰めていた兵士たちを、元の勤務場所へ戻していかねばならない。
まずは新兵たちと、彼らのお守りのセンティスが砦を出ていく。
「お前! 腹を蹴ってくれやがったこと、忘れないからな!」
「味方に怪我をさせるなんて、チビのくせにバカとは救いがないな!」
「こら、二人とも! センパイになんて口を叩いてるの!」
「いいから。二人の態度が悪いのは、教育係のセンティスの教育が悪いだけだしね」
「ええー、オレのせいにすんのかよー」
なんて騒がしい様子で、王城に帰っていった。ちなみにセンティスには、俺が書いた手紙を渡してある。センティスに借りがあったせいで、新人を砦に連れていく許可を出した上官に渡すようにと言ってね。俺が帰還した際に、どんな言い訳をしてくれるか、楽しみだ。
彼らの後で、数日ごとに少しずつ兵士たちを戻していく。
なんで少数ずつかというと、メンダシウム国が逆襲してきてもすぐに対応できるようにだ。
もしノネッテ国内にメンダシウム国の密偵が潜伏していた場合、こちらの兵士を大勢で移動させると、敵側に『砦の人員が少なくなっている』って伝わる可能性もなくはないしね。
気にしすぎだとは思うけど、これが戦後の慣習なのだとは、アレクテムの弁である。
ちなみに、俺とアレクテムは最上位の軍人であるため、砦に駐在勤務する兵士を抜きにしたら、離脱する順番は最後になる予定だ。
「帰ったら帰ったで、書類仕事が待っているんだよなあ。いっそのこと冬の間、砦に住んじゃおうかなあ」
「ワシらが出立する前に雪が降ったならば、それもよろしいでしょうな。しかしながら、冬の砦での勤務はキツイですぞ。山道が雪に閉ざされますからな、新鮮な食料はないし、やることがないから暇だしと、良いことはありませんぞ」
「……そういうことなら、早く王城へ戻ろう。うん。書類仕事を溜めておくのも悪いしね」
俺がすぐに前言を翻すと、アレクテムがしたり顔になる。
上手く誘導された形だけど、俺に損があるわけじゃないしね。
そうしてメンダシウム国との戦いが終わってから、二十日ほどの時間が流れ、俺とアレクテムが砦から出立する日になった。
この間、俺は外壁修理を手伝っていた。神聖術を使えば石材や粘土を大量に運べるので、人足として活躍することとなったのだ。
多少の魔法攻撃にはビクともしない外壁を作っただけあり、兵士たちが行う石組みや粘土の詰め方は職人技の域に達しているように見えた。
ともあれ、砦での生活はこれで終わりだなと、少し感慨深く思っていると、急報がやってきた。
メンダシウム国で暮らす密偵が砦へと放った、鳥文だ。
伝令が運んできた手紙を、俺は受け取って読み、少し絶句してしまった。
「……メンダシウム国の王都が、帝国に占領されたってさ。そして正式な植民地になったらしい」
「帝国が侵攻ですか? なにかの間違いではありませんかな?」
不思議がるアレクテムに、俺は鳥文を渡す。
アレクテムが何度読んでも、文面は俺が告げた通りの内容にしか読めないだろう。
「むむぅ。確かに、メンダシウム国が帝国の占領下に収まったとしか読めませんな。神聖騎士国が動いた様子が書いていないとなると、帝国が占領する大義名分があるのじゃろうか」
事情が全く見えてこないが、俺はやるべきことやるしかない。
「この情報の真偽を確認するために、俺とアレクテムは砦に居残らないといけないよね」
「そうですな。なにか動きがあったとき、一番に情報が来るのは、この砦ですからな。アレクテム様は元帥かつ王族。素早く状況を判断するために、砦に残っていることが望ましいでしょう」
とりあえず、砦での生活の延長は決定だ。
さて、占領されたメンダシウム国はどうなっていくのか。情報を待たないといけないな。
待ちの姿勢で砦で暮らしていた俺だったが、次々と来る鳥文が知らせてくる情報では、事態が急転直下で変化していく。
帝国は占領してすぐに、メンダシウム国の王族と貴族の身分を剥奪し、国民すべてを二等市民という権利が制限される地位に落とした。二等市民の蓄財の権利は制限されているため、過剰分である多くの富が帝国へ接収されていったそうだ。
傍若無人な行いだが、メンダシウム国――いや帝国領メンダシウム地域の民たちは、大人しく従っている。殺されるわけではないし、帝国に歯向かっても一糸も報えないと理解しているからだろう。
こうして瞬く間にメンダシウム地域を平定した帝国は、優秀な代官を統治者として据えると、帝国の軍が班に分かれて各地へ送って綱紀粛正を行っているそうだ。
「ここまでの報告なら、対岸の――山向こうの火事で済んだ話なんだけどなぁ……」
そして今日来た鳥文には、想定外のことが書かれていた。
『帝国の班が一つ、ノネッテ国へ向かう。国境砦に着くのは、五日後の様子』
いや、帝国の部隊がこっちに来るって言われても、どうしようもないんだけど。
諦め気分なのは、俺だけでなく、アレクテムや砦に駐屯する兵士たちも同じだ。
「いよいよ、国が終わる日が来ましたな」
「とりあえず、形だけでも防衛戦はやっておくのか? こちらの力を見せれば、支配される中でも優遇される芽があるんじゃないかい?」
「いっそ砦の扉は開け放っておいて、歓待する方向でどうでしょう」
兵士たちは戦わずに白旗を上げる気、満々である。
かく思っている俺も、帝国に戦いを挑むのは無謀だと判断していた。
「最新式の杖を使われたら、この砦の防壁は一日と持たないだろうから、戦うのは止めだね」
と口で言いながら、ふと疑問を覚えた。
「帝国はなにをしに、ノネッテ国に来るんだろう?」
「そりゃあ、占領するためでしょう」
「どんな口実で? 俺たちが帝国と敵対した事実は一つもないはずだよね? そして理由がない侵攻は、騎士国を呼び寄せる結果に繋がるよね?」
「そう言われてみると、どんな大義名分があるんですかね?」
俺と兵士たちは、自分の国が何か帝国に対して不利益を与えたかと調べていくが、特に侵攻の理由になりそうなものは見当たらない。
「あり得そうなのは、帝国のスシャータ商会のサビレとイザコザがあった点だけど。これは書き付けをもらったから、回避可能な話だよね」
「鉄鉱石を発掘するため、坑道の大規模開発を商会が打診し、こちらが拒否した件を持ち出してくるかもしれませぬが、国と国が開戦する理由には乏しいですな」
攻められる理由が全く見当たらず、俺たちは首を傾げながら、帝国がやってくる日を待たなくてはいけなくなったのだった。