二百五話 時間制限のある包囲
ペケェノ国の第二師団長ゾーガノーズとの会談から二日後。
俺たちのいる砦は包囲されていた。
囲んでいる敵兵の数は、一万人ぐらいは居そうだ。
なんでこんな状況になっているかというと、ゾーガノーズが裏切ったわけではない。
どうして俺がそう言えるのかというと、ゾーガノーズからの知らせが、この砦が包囲される前にやってきていたからだ。
『ペケェノ国の軍勢の大半は掌握したが、カヴァロ国の軍勢と第一師団長のコウガンとその配下までは、御しきれなかった』
謝罪の文に書かれていた通りに、いま砦を包囲している連中は、カヴァロ国の軍勢と少数のペレセ国の第一師団たちだった。
「ノネッテ国の大援軍が追いかけてきているはずだけど、追いつくまで一両日ぐらいの時間は必要って話だしなぁ……」
援軍が足止めされているのは、何もペケェノ国とカヴァロ国の軍勢の足止め策ばかりではない。
道中のペレセ国の民が、食べる物がないと、道を塞いで陳情しているのだ。
どうやら、第一次の援軍が撤退する際中に、村人たちに後々の食糧援助を約束していたらしい。
飢える民を見捨てるわけにはいかない。なにせ飢えて理性を失くせば、俺たちの後方を脅かす要因となりかねないしね。
そうした遅滞行為が積み重なり、ペケェノ国とカヴァロ国の軍勢から離れること、平均的な行軍速度で一両日のところにノネッテ国の援軍は位置している。
「そういう情報を早馬で送ってくれるあたり、ドゥルバ将軍らしく几帳面だよね」
俺は溜息交じりに呟きつつ、包囲する敵の動きを見据える。
敵の行動として一番考えられるのは、数に物を言わせての砦攻めだろう。
ペケェノ国の第二師団の魔導具は奪い取っているけれど、第一師団とカヴァロ国の軍勢にある魔導具は健在と思っていいはず。
それらの魔導具を使われたうえで、物量で押しつぶそうとされたら、砦を守り切ることは難しいかもしれない。
「しかし、本当に行うかな?」
俺が疑問を持つ理由は、敵の陣営の中にある。
どうやらノネッテ国の援軍に手酷い目に合わせられたのだろう、かなりの怪我人が目に入る。
その多くは手足に包帯を巻いているぐらいの軽傷だったけど、中にはありとあらゆる場所に包帯を巻いた状態で地面に寝ている者もいる。
そのため身体を十全に保っている人数となると、全体の半数もいないぐらいだった。
怪我人の戦力を健全者の半分と見積もると、この砦を用いて籠城戦を行った、ペケェノ国の第二師団と同等の戦力とも考えられる。
「うん。案外、悪くはないんじゃないか」
一日だけ守りきれば、後方からノネッテ国の援軍が到着する。そうなったら、敵側は更なる後退を迫られることになり、砦の俺たちは助かるはずだ。
そんな皮算用をしていると、俺と同じく物見の塔にいた兵士が、突然に不思議そうな顔をした。
「どうかした?」
「いえ。敵の動きが妙な風に変わったなと思いまして」
どういうことか説明を求めると、兵士は敵陣営を指さしながら説明する。
「あそこら辺の兵士たちは、この場から離れる準備を行っています。しかし、あちらの兵士は戦う準備をしていますね。そして、少し遠くのアの場所では、こちらを包囲しただけで満足しているように見えます」
「敵兵の足並みがそろっていないってことかな?」
「恐らくは、敵軍全体で意思統一が果たされていなんだと思います。そして各場所の兵士の上官が、独自で兵たちに準備を進めさせているんじゃないかと」
「撤退か、先頭か、継続包囲か、ってことだね」
今の状況を、敵側の視点でみてみると、方針を決めかねる態度も分かる。
砦を包囲したまでは良いが、ノネッテ国の援軍が到来するまで、猶予は一日だけ。
慎重な人なら、その援軍に追いつかれないうちに堅固な砦に入り、万全の態勢で迎え撃ちたいと考えるだろう。
血気盛んな人なら、少数の兵しかいない砦を攻め落として捕虜を取り、援軍相手の盾に使いたいと考えるはずだ。
優柔不断の人なら、双方に良い顔をしようとして、とりあえず包囲継続でお茶を濁しにかかるだろう。
俺なら迷わず、撤退することを選ぶ。
兵数の保全は後の戦闘に役立つし、砦を攻めて捕虜を得てもドゥルバ将軍が取り合うかは未知数だしね。あと、包囲継続を選ぶのだけは、タイムリミットを迎えるだけの握手なので、絶対に選ばない。
そんな俺の考えと希望も含めて、敵陣が包囲を解いて撤退しないかなと期待してしまう。
すると俺の願いが点に通じた彼のように、敵側に明確な動きが現れた。
陣地から数人、全員が見事な鎧姿なので指揮官級の人たちが、砦に近づいてきたのだ。
使者を表す交渉旗は持っていない。話し合いをしたいわけじゃないようだ。
一対何の様だろうと待っていると、こちらの矢が届かない範囲で、その人たちは止まった。
「砦に閉じ籠る者たちに告げる! 聞こえておるか!」
声を大にして吠え掛かっている人物は、目元に睨み筋が深く刻まれた、五十歳がらみの男性。一番立派な鎧を着けていることから、この人が責任者なのだろうと伺えた。
「我が名はコウガン! ペケェノ国の第一師団、師団長のコウガン・クイッタア!」
ゾーガノーズの知らせに出てきた名前だと思い出し、より詳しく彼を見る。
衰えぬように鍛え続けたであろう年齢の割には筋肉がついた体に、戦場で着いたと思わしき汚れのある鎧を着て、見尺と同じ長さの槍を手に携えている。
そんな、見るからに武人といった風体のコウガンが、大音声で言い放ってきた。
「その砦にいる指揮官に、一騎打ちの申し出をする! こちらが勝利した暁には、全員無抵抗で降伏せよ! そちらが勝利した際には、我らはこの場より撤退し、包囲を解く! 返答はいかに!」
なんともまあ、上手い方法を考え付いたものだと感心した。
一騎打ちなら、兵の損耗を気にしなくていい。
そして勝敗はそのまま、砦攻めを行った時と、ほぼ同じ結果となる。
「まあ、受けるしかないよね」
一騎打ちを挑まれたら、応じるのがこの世界での流儀だしね。
さて一丁やったりますかと、俺は手っ取り早く砦の外へとでるために、監視塔から身を投じたのだった。