二百四話 休戦中の会談
およそ千人の兵士を砦の門前に置いて、ペケェノ国の第二師団の代表者が砦の中に入ってきた。
人数は五人。兵士風の者が三人に、指揮官っぽい豪華な鎧姿の人が二人。
指揮官っぽい二人の内の片方は、以前に俺と休戦の会談を行った人物だった。
今回もこの人が相手かなと思っていると、もう片方の人物が俺の近くへと進み出てきた。
「お初にお目にかかる。貴殿が、ミリモス・ノネッテ王子であるかな?」
「はい。僕がミリモス・ノネッテです」
王子口調で返事をしながら、目の前の男性を観察する。
身長は百七十センチメートルぐらいだろうけど、横幅がかなりあり百キログラムは優に超えている感じ。かといって脂肪塗れかというと、顔の部分は丸顔だけど脂肪が薄めだ。だからか、優しげな力士のような風貌に見える。
そんな彼は、俺に向かって自己紹介を始めた。
「儂は、元・第二師団の師団長のディヴィザ・ゾーガノーズである。この度、貴殿との話し合いの代表に選ばれた」
ゾーガノーズの言葉に、俺は少し違和感を覚えた。
「すみませんが、『元』なんですか?」
「貴殿に知られるのは気恥ずかしい限りであるが、実は周囲の者によって罷免された身なのだ。復権したとも言い難いため、元をつけさせてもらっておる」
「それはまた――罷免された理由を伺っても?」
「貴殿との戦を回避するため、後退し続ける戦法を選んだためだな。勝ち戦で第一師団は華々しい戦果を上げているのだから、儂ら第二師団にも特段の手柄が欲しいと、部下が反発を起こしてしまってな」
その言葉を聞いて、俺は相手側の事情を察した。
「なるほど。来る時のためまで兵を温存するための作戦だということが、理解されなかったわけですね」
「おお! ミリモス王子は稀代の策略家と聞くが、儂の目的を察してくれうるとは!」
「いえいえ。僕も兵を大事にする方なので、考えが分かるというだけですよ」
俺を名軍師のように言われるのは、座りが悪い。だって俺の戦い方って、個人なら魔法や神聖術に頼るし、軍隊にしても武具で優位を取る部分が大きい。そも用兵に関しては、兵法書を参考にしているしね。
「こうして立ち話では難がありますから、部屋で腰を据えてお話しましょう」
「うむ。誘いを受けるとしよう」
ゾーガノーズは、これぞ師団長と言わんばかりの偉そうな態度で頷った後で、俺の先導に従ってくれる。
その態度は、その豊かな体格と合わさって、前世の映画とかでよく見かけた、無能の上官に見える。
でも、ペケェノ国第二師団の後退策が彼の考えだとすると、真実は部下思いかつ手堅い策を好む良い指揮官に違いないんだよな。
そんな内外のアンバランスさを感じるゾーガノーズとの話し合いは、どんな風に進むのかなと、俺は今から憂鬱な感じがしていた。
砦の中にある指揮官室に、俺とゾーガノーズたちが入った。
「おや。ミリモス王子は、お一人なのであるか?」
部屋の中に、俺以外のノネッテ国の兵士がいないことに、ゾーガノーズは不思議そうにしていた。
それもそうだろう、彼の方は四名もの護衛を連れているんだ。傍目から見たら、俺が一方的に危険に見えることだろう。
「ご心配なく。これは、僕なら護衛なんて要らないだろうっていう、兵士たちの信任の証なので」
俺は冗談のような口調で言ったが、これは本当のこと。
『騎士国の騎士を相手に訓練する人が、並みの兵士に負けるはずがないでしょう。むしろ下手に護衛なんて置いた日には、その護衛がミリモス王子への人質にされるまである』
なんて兵士たちは考えているのだそうだ。
そこまで言われるほど、俺は人間を辞めている気はないんだけどなぁ。
そんな思いと共に、俺は椅子に腰を下ろし、会話を切り出した。
「さて、話し合いということですが、単刀直入にお聞きします。そちらは、僕たちが砦で大人しくしていることを望んでいますね?」
俺が断定的な口調で問いかけると、ゾーガノーズの面白い話を聞いたといった表情になる。
「なるほど、見抜かれていたか」
「ご冗談を。連れてきた千人の兵を見れば、誰でも思いつくことでしょうに」
「ほう。では千人の兵を、どう使うと、ミリモス王子は見ていたのであるかな?」
ゾーガノーズの口調は、なんだか解答に対して問い返す教師のようだった。
なにを試されているのかわからないまま、俺は自分の予想を口にする。
「この話し合いが決裂したら、あの兵士たちは砦の門前に留め置きます。そうすれば必然的に、僕らが砦から出ることができなくなりますからね」
「たった千人だ。押し通れば良いのではないかな?」
「あり得ません。そんなことをしたら、僕らが休戦協定を破ったことにされてしまうじゃないですか」
「いてはいけない位置へと兵を進ませた儂らの方が、先に条約を破った、という見方もできるが?」
「あの兵士たちはあくまで、貴方の護衛として連れてきた人たちですからね。貴方が『自主的に』急な腹痛などになって砦から出られなくなったら、兵士たちがあの場で待機する名目はできますから」
詭弁のような理屈だけど、建前がつけられるか否かは重要だ。
建前があるだけで、騎士国が出張ってくる確率は、ぐっと減るんだから。
「一方で、僕らが門前にいる貴国の兵士を傷つけた場合、これは弁解が難しい。なにせ今は、休戦状態。戦うことが禁じられているのですからね」
弁明できないということは、こちらが条約違反の悪者にされるということ。つまり、騎士国が俺たちを倒そうと出張ってくる可能性がある、ということでもある。
ファミリスの腕前を知っている俺としては、騎士国を相手にするような可能性は、欠片であろうと排除しておきたい心情だ。
だからこそ、こちらから手を出すような真似は、絶対に選べない。
「こんな手段、僕が先に思いついていたら、先にそちらに仕掛けたんですけどね」
ゾーガノーズが討ってきた作戦は、俺たちの立場を逆にしても使えるものだ。
もしも俺が同じ作戦をするなら、俺単身でペケェノ国の第二師団の陣地に行って餌になり、確実に相手に手を出させる方針を取っただろうけどね。
考えが及ばなかった悔しさが俺の口調に滲んでいたのか、ゾーガノーズは愉快そうに口に笑みを浮かべた。
「儂の年の功でミリモス王子の虚を突けた、といったところであるな」
ゾーガノーズは得意げに笑った後で、率直な要求を出してきた。
「ミリモス王子の単刀直入の問いに答えよう。儂らが望むのは、貴殿が言ったように、貴殿らがこの砦の中で大人しくしていること。それも、休戦協定が終わる日まで」
俺はこの要求を、少し意外に思った。
「この砦にやってきたことから、ゾーガノーズ殿はご存知ですよね。ノネッテ国からの援軍によって、ペケェノ国とカヴァロ国の軍勢が押し返されているという事実を」
「知っておるとも」
「では、このままの速度で戦線後退が続けば、休戦協定の終わる日にちまでに、この砦の近くまでペケェノ国とカヴァロ国の軍が下がるのではないかという見方があることも御存じですか?」
「同じ見解をえているとも」
「……仮に僕が大人しくしていると約束したとして、ペケェノ国の第二師団はどう動く気ですか?」
「もちろん、休戦の条件に従って、これより先のペレセ国の国土に踏み入ったりはしないとも」
ゾーガノーズの返答に、俺は意味が分からなくなった。
このまま事態が推移すれば、ペケェノ国とカヴァロ国が奪った土地は取り返され、戦争を始める前の状態に戻る。それどころか、ノネッテ国の援軍の逆侵攻によって、両国が滅びるという未来も見えてくる。
そんな状態にならないようにするためには、ゾーガノーズがいる第二師団の働きが重要になってくるはずだ。
例えば、この砦を攻め落として俺を人質にし、ノネッテ国と協議を持つ。そして俺の返還を約束する代わりに、現時点で戦争は終わりにする。そうすれば、いまならペレセ国の国土のいくらかは手にすることができるうえ、ペケェノ国とカヴァロ国が滅びる未来はこなくなる。
俺は思いつかないけど、他にも良い手段があるかもしれない。
それなのに、ゾーガノーズは第二師団を動かさないことに決めたという。
これでは、まるでゾーガノーズは自国が滅びることを望んでいるようなもので、道理に合わない。
理解しがたいといった気持ちが、俺の顔に出て閉まっていたのだろう、ゾーガノーズは優しげな笑みを向けてきた。
「やはりミリモス王子はお若い。戦場の流れというものを、真に理解はしておられんか」
「流れ……。ペケェノ国が勝つ機は逸した、と言いたいんですか?」
「まさしく、その通り。ペレセ国の腰抜け共を、ノネッテ国が本格的に参戦してくる前までに倒すことこそが、儂らの勝ち目であったのだ。それを逃したとあれば『川の流れが別方向へと変わった』と考えるべきであろう」
潮目が変わる、と似た感じの慣用句を受けて、俺はつい考えてしまう。
「その川の流れは、自力で変えられるものではありませんか?」
「ペレセ国がノネッテ国に援助を頼んだ結果、滅びの運命から逃れた。それと同じように、ペケェノ国とカヴァロ国の運命もまた、変えられる節目がある可能性はある」
ゾーガノーズは顎に手を当てて、運命を変える方法を探る様子になったが、すぐに手を顎から放してしまった。
「どう考えても、逆転の一手は浮かびそうにない。そもそも、この戦いは儂らが負けるよう、仕向けられていたようにすら思える」
「それは、いくらなんでも穿ち過ぎでは?」
「そうとも言い切れんのだ。儂を罷免するという部下たちの蛮行。あれが、川の流れを変える巨石だったような気がしてならん」
「誰かの企みで、裏切るよう操られていたと?」
「どこの誰の企みかはわからぬが、証拠を残すような直接的な行動はなかったであろうな。ただ、ペケェノ国の第一師団の戦果が耳に入って来やすいと、感じなくはなかったのであるが……」
ゾーガノーズが言いたいことは、俺には陰謀論にしか思えなかった。
だってゾーガノーズは『誰かは分からない』と言いつつも、『ノネッテ国が一人勝ちできるよう、帝国が裏で戦況を操っていた』と、主張したいようにしか聞こえないのだから。