二百三話 大援軍の影響
休戦期間が残り三日になったところで、ノネッテ国からの伝令が砦にやってきた。
「ノネッテ国とペレセ国とを繋ぐ道の改修完了し、ノネッテ国からの大規模な援軍が反撃を開始しています」
「その援軍の指揮官は、ドゥルバ将軍だよね。どんな戦いぶりをしているか、わかる?」
「最初に百領の魔導鎧を用いての一当て。魔導鎧の打撃力で敵が混乱している間に、本隊が突入して敵被害を広げます。その後に、魔導鎧の部隊を下げさせ、替えの人員が魔導鎧を着けて出陣して追撃するのです」
ドゥルバ将軍らしいといえばらしいけど、数を生かした力押しな戦法だな。
「それにしても、魔導鎧を百も用意したなんて。俺が出立した頃は、俺が持ってきた五着だけで、他に余分なものはなかったはずだけど?」
「ドゥルバ将軍が、山を貫く道の整備に必要だからと、無理を言って作らせたそうです」
「作成手順は確立していたから、研究部の外の鍛冶師に手伝わせれば可能だろうけど」
でも他者の手を借りるということは、技術流出が起こる懸念がある。
まあ、二大国の片方である帝国でも、魔法技術を秘匿するという意識が薄い部分が見受けられるから、この世界の住民の意識としては致し方がない部分かもしれないけどね。
「それで、戦況はどんな感じ?」
「ペケェノ国とカヴァロ国の両軍共に、敗退からの後退を行っております。現在では、恐らく元のペレセ国の中ほどまで、戦線は移動しているものと」
「戦線の後退があまりにも早いけど、敵側は、接収した城や砦で籠城戦はしていないのか?」
「それを行う敵もいたようですが、そこはドゥルバ将軍の手腕にて」
「あー。魔導鎧で無理やり城や砦の壁とか門を破壊して、内部突撃したわけだね」
籠城は、硬い外壁と扉があってこそ成り立つ戦法だ。もし壁や外壁が突き崩されてしまえば、袋のネズミと変わらない状況に陥ってしまう。
だからこそ、魔導鎧の前には城や砦は役に立たないと悟り、籠城策を捨てて野戦を選ぶしかなかったんだろうな。
「野戦続きとなったら、敵の戦線後退は早いはずだね」
「恐らく四日以内には、ここ――元の国境付近まで押し返せるものと」
破竹の勢いだな。
そうドゥルバ将軍の働きっぷりを褒めようとして、まずい事態じゃないかと思い至った。
「……敵の被害は、どれぐらいかわかる?」
「我が方の勝勢とはいえ、敵は計画的に後退しておりました。ですので、壊滅的な被害を与えられているとは言い難いかと」
「つまり、大半の敵は生き残っているわけだよね?」
「そうなると、思われます」
伝令の返答に、俺の嫌な予感が強まった。
俺は伝令を休憩室へと下げさせると、指令室から出て、砦の物見棟に上り、配置していた兵士に問いただすことにした。
「俺たちと睨み合っているペケェノ国の第二師団の様子は、どんな感じ?」
「特に、これといった動きは見えないかと」
「伝令や、早馬の姿は見なかった?」
「後方――元ペレセ国の領地から来るものは見ましたが、第二師団から出てくる者は見ておりません」
この返答を聞いて、俺はおかしいと思った。
伝令が向かっていったというのなら、ノネッテ国から大規模な援軍がやってきたことは、第二師団の連中は知ったはずだ。そして、このまま座して待つ状況を続ければ、ノネッテ国の援軍はペケェノ国やカヴァロ国へと逆侵攻することも、予想できるはずだ。
そんな拙い状況になりかけているのに、動きが一切ないということはあり得ない。
多分だけど、俺たちの監視の目が届かないほどに、遠くの場所を迂回するように伝令を放っているんだろう。そして、撤退中の本隊と連絡して、逆転の手を狙っているはずだ。
大体の予想がついたところで、俺は監視塔の兵士にお礼を言ってから、指令室へと戻ることにした。
その道の途上で、外壁の上から大声での報告が飛んできた。
「敵陣地に動きアリ! 千人規模の兵士が、こちらに向かってきています!」
俺は下りたばかりの監視塔に戻り、再び敵の陣地へ視線を向けた。
見ると、確かに千人ぐらいの敵兵が、この砦へと向かって、ゆっくりと行進してきている。
『条約破りだ! 迎撃準備!』と叫びそうになる直前で、俺は敵の規模に不思議さを感じ取った。
千人という敵の数は、こちらの手勢とほぼ同等。攻城戦を仕掛けるにしては、あまりにも心許ない数だ。そのうえ、こちらに発見してくださいと言わんばかりに、ゆっくりとした進み方をしている。
その少ない兵数と移動速度に何らかの意図があると考え、俺は近づいてくる敵の様子をよく観察してみることにした。
すると、敵がどんな思惑で行進しているのか、すぐにわかった。
「連中が上げているのは交渉旗。つまりあれは、使者と護衛ってことか……」
上手い手を考えたもんだと感心した。
休戦の条件で、お互いに兵士を敵側に進出させることは違反としていた。
しかし、相手は『交渉の使者』という建前を使うことで、その条件の違反をやり過ごそうとしているわけだ。
護衛の数が多いじゃないかと批判はできるが、こちらとほぼ同数という部分に、相手の悪辣さがある。
『砦に籠る相手と同数の兵力では攻城戦は勝てないことが道理』
そういう兵法の定説の下で、護衛の兵数を正当化することが可能だからだ。
それに対するこちらとしては、交渉の使者を砦に入れる際には、常識的な数の護衛に絞るという手段しかとることができない。なにせ相手は『交渉を望む』と旗を立てているのだから。
「こういう抜け目ない作戦をとってくるあたり、相手の指揮官は元の人物に戻ったってことかな」
この相手とは交渉がやりにくいだろうなと思いつつ、敵の使者を受け入れる準備を行うことにしたのだった。