閑話 大援軍
自分――ドゥルバ・アダトムは、ノネッテ国中から抽出した援軍と共に整備し終えた山中の道を通り、ペレセ国へ入国した。
一目ペレセ国の景色を見て、自分は残念さから嘆息を抑えきれなかった。
「亡国間近な状況とは、ここまで悲惨なものか……」
現状のペレセ国の国土は、元の十分の一以下になっていると、戦況報告で知っていた。
ペレセ国の軍勢は負け続きであり、国王も戦場の中で討たれ、現状は敗残の徒としか呼べないのだと。そして戦場から焼け出された難民。それらが、その十分の一の国土に押し込められるようにして、集まっているということも。
だが、壊れた鎧と包帯を巻いた姿で路上で寝転がっている兵士、人の眼に入らないよう食料を隠れて食べる家族、占拠した井戸で取水代をせしめようとする男たち、警戒した瞳を持つ十数人の子供たちの集団。
この光景からは、もはや秩序というものが失われた国――いや、国体を成していないようにしか見えなかった。
「国土があろうと、王位継承権者が存命であろうと、もはやペレセ国は国ではなくなったのだな」
ロッチャ地域も、元はミリモス王子に滅ぼされた国である。
だから国が滅亡する姿は目にしていたはずなのに、このような無秩序に堕ちた状況は見たことがなかった。
いや、征服者がミリモス王子でなければ、いま目の前にある状況が、在りし日のロッチャ国の姿であった可能性は十分にあったのかもしれない。
「……進むぞ」
自分は、ペレセ国の状況に目をつむる心持ちで、配下に命令を発した。
ノネッテ国から連れてきた援軍は、気落ちして項垂れる人々の真ん中を割るように、真っ直ぐに行軍する。
我々を見る人々の目は冷めきっていた。そして、それぞれの目は言葉を語っているように思えた。
『また戦争が起こるのか』
『いつになったら、楽になるのだろう』
『これほど苦しいのなら、いっそ国など滅んでしまえばいいんだ』
ミリモス王子という有能な統治者により、発展を続けるロッチャ地域。そこに住まう人々は、明日が今日よりより良くなると信じて疑わない目をしている。
それとは真逆のペレセ国の民の目は、自分には薄ら寒く思えたのだった。
我々ノネッテ国からの援軍が前線につくと、兵から歓迎を受けた。
ただし、その兵とは、ノネッテ国から先遣された部隊の者たちだった。
「お待ちしておりました、ドゥルバ将軍。貴方様と一万の兵があれば、ペケェノ国とカヴァロ国の兵を打倒できること、間違いないはずです!」
「其方が、情けないペレセ国の兵の代わりに、戦線を維持してくれたからこそ、我々はこうしてこの場にこれたのだ。誇るといい」
功労者と聞く千人長を労いつつも、現状把握を優先することにする。
「それで、敵方の戦力のほどは?」
「数だけで、一人一人は大した相手じゃない――と言いたいところですけど、厄介な連中もいなくはないんですよ」
「魔導具使いがいると報告があったが、それか?」
「まさしく。ペケェノ国、カヴァロ国の両軍に、百に満たない程度の魔導具の武器を持った者がいまして。敵側の中では、腕の立つ者ばかりで苦労させられました」
詳しい話を聞けば、その魔導具持ちの敵が出てくると、ペレセ国の兵たちは尻込みして、使い物にならなくなってしまうのだという。
「何度も戦場で相まみえて、苦手意識ができてしまったんでしょうよ。ペレセ国の国王を討ったのも、ペケェノ国の魔導具使いだって噂があるほどですし」
「そうだ、そのペレセ国王が討たれた状況。詳しく知っているか?」
「討たれた現場にいたわけじゃないですが、当時の戦況や、国王が討たれたところに居合わせたっていう兵から話は聞いてます――」
それらの話を組み合わせると、敵が使った戦法は単純だったという。
まずカヴァロ国が攻勢をかけ、戦線を圧迫。やや斜め左側からペケェノ国の軍勢が参戦。さらに戦線が押され、ノネッテ国の援軍とペレセ国の兵が必死に耐える。
こちら側の意識が戦線維持に傾いたところで、ペケェノ国の軍勢から少人数の別動隊が発進し、戦場を回り込緒むように移動しながらペレセ国内部へ浸透する。
そこからは身を隠しつつ移動し、ペレセ国の国王がいる陣営に迫る。
ペレセ国の王も馬鹿ではないようで、そのときは野城の一つに入っていたという。
しかし戦線より大分離れていたことや、戦線維持に兵力の大部分を差し向けていたこともあって、防備は薄かったそうだ。
そこに、ペケェノ国の別動隊が魔導具を使用しながら強襲。魔力増幅の杖で攻撃魔法の威力を倍加させ、野城の外壁を破壊。そこから侵入する。
運悪いことに、その破壊された壁の内側のすぐ近くにあった建物が、国王と側近が会議をする場所だった。
敵別動隊は、身分が高そうな立派な衣服を着た者だけを狙って虐殺。騒ぎを聞きつけて集まってくる兵に囲まれる前に、素早く野城から離脱した。
「――ペレセ国の指導者の多くが討たれたことで、情報統制することができず、国王が討たれたという情報が前線まで伝わり、ただでさえ低かったペレセ国の兵の士気が完全に失墜しました」
「そうして戦線を維持することが困難になり、ノネッテ国の兵のみで維持可能な場所まで後退した、ということだな」
話を聞くに、ペレセ国の兵は使えないと判断せざるをえない。それも戦力としてだけではなく、戦場の賑わい程度の役目すら負わせることが無理なほどだと。
「自分の国のことだからこそ、敵を追い出すのだと奮起して欲しいのだが」
「そんな気骨のあるペレセ国の兵は、ここまでの戦場で死んでしまっていますよ。残っているのは、ペレセの王太子と同じく、安全な後方へと逃げた腰抜けだけです」
頭が痛いことだが、我々が主体となって戦わねばならないことが確定した。
「頭が痛いといえば、ミリモス王子も迎えに行かねばならぬのだな」
「敵の師団との間で、休戦が成っているとは聞いていますが、ノネッテ国の大援軍の到着で、向こうが条約を破るかもしれませんし」
ミリモス王子を心配してそうな千人長の言葉に、自分は笑ってしまった。
「ふふっ。ミリモス王子自身のことは心配あるまいよ。いざとなれば、お一人で脱出してくる方だからな。むしろ、付き合わされている兵たちのことを、哀れであると心配せねばいけないだろう」
「そういう人なんですか?」
ミリモス王子の人となりを知らなさそうな物言いに、自分は首を傾げかけ――目の前の人物がロッチャ地域の民ではないのだと見当がついた。
自分と同じような肌の色を見るに、褐色の物が多いアンビトース地域はあり得ず、恐らくはフェロニャ地域の者だろうな。
「其方も、ミリモス王子に滅ぼされた国の兵であれば、その恐ろしさは知っているのでは?」
「国を短期間でいくつも落とすほど優秀な指揮を発揮する、とは聞いています。でも、戦場から一人で帰還できるほどに、個人的な力があるとは知りませんでした」
「ミリモス王子は魔法を操る上に騎士国の騎士に手ほどきを受けている。そう言った話が各地で噂になっていると、ロッチャ地域で暮らす自分すら聞いたことがあるが?」
「それって本当のことなんですか? 冗談や尾ひれの類ではなく??」
どうやら、ミリモス王子に対する認識は、各地で色々と違っているらしい。
ハータウト国という属国を間に挟むとしても、フェロニャ地域でその程度の認識であるとすると、他国の連中もミリモス王子の事を話半分にしか信じていない可能性はあるな。
「となると、休戦協定は破られない可能性のほうが高いか」
「それはどうしてでしょう?」
「ミリモス王子の実力を知っていれば、殺めようとするにしても、捕らえて交渉手札にしようと考えるのであっても、いまが正に好機であるからだ。なにせ、騎士国の騎士であっても、空腹時であれば武力は激減するのだからな」
ミリモス王子の言葉では、神聖術の大本は人が発揮する生きる力なのだという。
だからこそ、空腹という生きる力が入らない状態だと、神聖術の出力も自動的に低くなるのだという。
しかし命の危険があるほどの空腹なら、逆に寿命を燃やし尽くすようにして、莫大な威力を発揮する可能性もある。とも言っておられたがな。
「ともあれだ。我々がやるべきことは、敵を倒して失地を回復し、さらには敵国の領土を手に入れることに他ならない」
「わかってます。次の戦いで、ペケェノ国かカヴァロ国のどちらかの軍勢を、再建不能まで叩くことができたら、万々歳ですね」
「どちらと言わず、両方を狙ってもよいかもしれん。土木作業に使うと無理言って数を作ってもらった、魔導鎧が百領。次の戦場で使い潰す気で用いれば、可能であろうしな」
幸い、件の土木作業によって、我が兵たちの多くが魔導鎧の扱い方を学んだ。
魔導鎧の効率的な動かし方に加えて、 魔力切れで動けなくなる限界がどれくらいの時間なのかを、それぞれが実感で把握できるほどに。
その経験を生かし、そして魔導鎧の破壊力を全面に押し出す戦い方をすれば、敵を壊滅させることは訳がないと、自分は感じていたのだった。