二百二話 ペレセ国の戦線
交渉で得た休戦によって、ノネッテ国からの本格的な援軍が来るまで必要な日にちの内、都合十一日も稼ぐことに成功した。
そうして手に入れた束の間の平和なのだけど、平和なのはこの場所だけだと分からせられることになる。
休戦から三日後に後方からやってきた伝令からの報告を聞いて、俺は頭を抱えることになった。
「そうか。ペレセ国の王である、ヴィリーズン・デ・ペレセ王が討たれたのか」
「我が軍の第三次援軍が到着する、一日前のことです。多数の将軍と共に、敵の強襲部隊に」
そうしてペレセ国の王が討たれたことで、戦線はさらに後退したという。
今では、ノネッテ国に続くトンネルがある付近の土地のみが、ペレセ国に残った領土なのだそうだ。
「ペレセ国の王権は、ノネッテ国に匿っているイニシアラ王太子に委譲されているよね?」
「問題なく。しかしながら、ペレセ国の軍勢と国土も僅かばかり。その王権にどれほどの価値があるのか……」
意味深な言い淀みに注目していると、伝令は言い難そうにしながらも語ってくれた。
「ペケェノ国とカヴァロ国の兵士たちが、占領した土地で言いふらしているのですよ。イニシアラ王太子は、自分の命が惜しいからと他国へと逃げた、臆病者である。その様な軟弱者が王として相応しいのかと」
「情報操作をしているわけだね。ペケェノ国とカヴァロ国の侵攻こそが正しく、ペレセ王家が統治していたことこそが間違いだったとね」
今後の土地の統治を見据えた、事前工作といったところだろう。
まあ、今のペレセ国の国土は、元の広さに比べたら、小指の先ほどしかないんだ。
大勢は決したと、ペケェノ国とカヴァロ国の双方が考えても、間違いであるとは言い切れないだろう。
「ペレセ国の存続は風前の灯火も同然。こうなると分かっていたから、俺たちと相対している、ペケェノ国の第二師団が休戦を申し込んできたのかもなぁ……」
ペケェノ国の第二師団が俺たちを撃破せずとも、ペレセ国が滅んでしまえば、ノネッテ国は『援軍』という参戦理由を失うことになる。
大義名分のない戦いは、騎士国が出張ってくる案件となるため、無理を押し通すわけにもいかなくなる。
そんな未来予想図があるからこそ、あのペケェノ国の使者は、休戦という手札を切ってきたのかもしれなかった。
敵にも利益があると分かっていながらの休戦締結だったのだけど、色々と俺の目算が甘かったかもしれないな。ペレセ国の軍勢の弱さを見誤っていた辺りは、特に。
「戦績自体は負けてはいないのに、戦略的に負ける事態になる、か。どうも困ったな……」
ここから逆転の目があるとすれば、ただ一つ。
「ノネッテ国とペレセ国を繋ぐ、山脈の道の工事状況はどうなっている?」
俺が尋ねると、伝令は沈んだ顔から一変して笑顔になった。
「お喜びください。今から五日以内に、全面開通する予定です」
「出来上がる道は、もちろん大量の軍隊を送れるほどってことだよね?」
「当然です。馬車も安全に通れるようにしています」
予想よりも大分早い開通予想だな。
「工事が早く終わりそうになった理由は、なに?」
「時間がかかる原因と目されていた、坑道の土砂の運び出しや、坑道を支える柱の運搬。こちらを魔導鎧で行った結果です」
「魔導鎧って、稼働時間の問題は?」
魔導鎧の稼働可能な平均時間は、およそ三十分。
兵の中から魔力量が多い人物を選んだとしても、一時間も稼働できない。
とても作業の手助けになるとは思えなかった。
しかしそれは、俺が考え違いをしていたようだった。
伝令は語った。
「我が軍は人数は多くあり、魔導鎧の数は少ないのです。一領の魔導鎧に対し、十数人で代わる代わる着用すれば、一日中稼働させることが可能です」
言われてみれば、確かにその通りだった。
稼働時間が少ないのなら、人海戦術で伸ばせばいいだけのことだった。
もっとも俺がいる前線でそんな使い方をしたら、魔力切れで使い物にならない兵士が大量生産されることになるから、後方の安全な場所限定でのやり方だけどね。
「話は分かった。つまり五日後から、一転大攻勢をかけられるってことだね?」
「現状を考えると、敵は勝ったも同然と慢心しているはず。そこを強襲するのですから、戦果は甚だしいものになるかと」
「それは楽しみだ。あとは援軍が、少しでも早く、ここまで来てくれることを祈るばかりだね」
「この砦にある食料が、心許ないからでしょうか?」
「それもあるけど、ノネッテ国の援軍が大量に現れたと情報が伝わったら、ペケェノ国の第二師団側が一方的に休戦を破棄するかもしれないからね」
「条約破りを行うと?」
「この砦に、俺が居るって向こうは知っているからね。俺を捕まえて人質にすれば、ノネッテ国の軍勢相手に有利な交渉をつけることができるでしょ」
もし俺がペケェノ国の第二師団の指揮官で、その状況に陥ったのなら、絶対に狙う。
そう考えての発言だったのだけど、伝令が失笑してきた。
「ミリモス王子は神聖術が使えるのです。この砦が陥落しようと、捕まらないでしょう?」
「確かに、捕まる気はないね」
部下の兵士たちを見捨て、人馬一体の神聖術で逃げれば、捕まる心配はないはずだ。
「だけど向こう側は、俺が神聖術を使えると知らない可能性が高い。ここまでのペケェノ国の第二師団との戦いで、騎士国の騎士が行うような派手な真似を、俺はしていないからね」
「知らないからこそ、敵は戦いを選ぶと?」
「さてね。敵の指揮官が、この砦を攻めることを選んだ人物のままなら、確実に攻めてくるだろうね。でも、ここまで後退を指揮していた人が指揮官に戻れば、砦攻めで兵を失うことを恐れて休戦を維持するかもしれない」
どうなるかは、相手次第。こちらとしては、待ちの姿勢を堅持するしかない。休戦の条件もあるし、食糧が心許ないからね。
さてさてどうなるかなと、戦況を見守ることにしたのだった。